トワイライトコーヒー

かぷか

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一部

五夜

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 部屋貸しをせざるを得ない状況になった。いつの間にか合鍵を作られ自分で管理できない状況を作られていたからだ。仕方なく週に数回、うちの部屋を提供しお金をもらうことになった。

 そのリスクは高く売りをしている場を提供すれば自分もまた犯罪者。わかってはいたが貰ったお金は実際は使ってしまっていて後戻りできなかった。家賃ぐらいにはならないかと思っていたが食費で殆どが消えていった。

 こんな生活から早く抜け出さないといけない。自分もいつシオンさんのような事になるとも限らない。できる限りそうならないためにも普通に働いて返したいと思っていたがそんなに上手くはいかなかった。

 斎藤さんは俺の所に来ては自分の所に来るように言ってきた。具体的に行くと言う意味がわからなかったので聞いたら別の事務所で住み込みをするという話だった。

「俺んとこ来たら?」

「……嫌です」

「バイト見つけたやん」

「ここの場所代のリスク考えてますか?俺、見つかったら捕まるんですよ。それなのにこの金額…見合いません」

「リスクはつきものやて。それに普通のバイトで稼ぐの限界あるやろ?あんま焦らされると俺も自棄になるかもしれんからここらで本気で考え欲しい」

「この間の方が言ってました。斎藤さんのは3ヶ月だって」

「それには事情が、、今度は本気やて!なんや、すぐ見限るかもしれんから嫌なんか?可愛ええな」

「違います」

 不確かなものに俺はうんと言えずバイト探しに明け暮れた。幸いなことに年齢を偽り居酒屋のバイトが決まって何とかお金の心配はしなくて済みそうだった。だけどこの部屋を貸していると急に部屋が使えなくなることも多々あった。

 そんなある日、バイトが終わり部屋に電気が付いていない事がわかり今日はゆっくり自分のベッドで寝れると思った。早々に眠りにつくと何度もインターフォンが鳴った。

ピンポーン ピンポーン

部屋貸しかと思い何の警戒もなく部屋を開けてしまった。

「いつもの鍵の人ではないですか?」

「……。」

 ドコン!

 気がついた時には床に頭をつけていた。

「ぃって…」

「シオン!」

 しおん?

 考える暇もなく男は馬乗りになり俺は身動きがとれなくなった。

「シオン、待ってたよ~」

「人違い、よく見ろよ!」

 男と目を合わせたが焦点が合わない。ヤバい!と思った。咄嗟に手首を掴み押し問答をした。

行為をする前にたまにこうやってキメて来る客も少なくなく、明らかにおかしい人はいつもなら鍵役のテンダーという男が追い払っていた。ただ、この男は今までと桁違いにヤバいとわかった。テンダーから緊急時は斎藤さんにかけろと言われていた。

「電話!」

 普段からの癖で携帯を手に持ちながら移動するのが当たり前になっていた俺はドアを開けた時も持っていた。馬乗りになられたので落としてしまったが幸い手の届く所に落ちていて必死に携帯を掴みなんとか電話をかけた。

「シオン、シオン!!」

「くそっ」

「美日下か?」

「斎藤さん!あっ!」

 携帯を投げられた。相手は尋常じゃない強さで俺の腕を掴み自由を奪った。

「斎藤さん!!自宅に男が!ヤバい、こいつ!薬で頭おかしい…俺をシオンさんと間違えてるッ」

 一方的に話をすると男に集中した。何故ならどんどん顔を近づけていたからだ。舌を出しまるで狂った犬のような顔だった。

「気持ち悪い!!」

「俺以外の男とやりやがって。なんで、会ってくれなかったんだ~待ってたのに!連絡も毎日毎日してたんだぞ!俺のだ、俺のだ!!はぁはぁ」

「やめ!!」

男が俺の顔を舐めた。

「うまい~うまい~もちもちした肌~可愛い」

「気持ち悪りいんだよ!!触んな!」

ガツン…

 痛さに一瞬気を失いかけたが何とか保っていた。何かで殴られ頭がキーンと鳴り響く中、意識を失ったら終わりだと必死に耐えたけどいよいよ体力も限界だった。ぐぐぐと押されると手を急に外され数回殴られた所で力尽きた。力を入れたくとも入らなくなっていた。

 大人しくなったのを見計らい男はどこに忍ばせていたのかハサミを出して脅しながら嬉しそうに服を切った。その時軽くハサミで鎖骨を斬られた。

「ッ…」

「シオン、凄い…シオン、肌がすべすべ…」

すりよる男の肌は汗ばみ汚かった。体力を使い果たし助けを呼ぶ声も出せなかった。

「…俺は…シオンじゃない…」

「シオン、気持ちよくしてあげるからな」

 ジョキジョキとズボンを斬られ、下着が見えた。震えた手にハサミが握られ、下着に入り込んだ時あそこも間違って斬られるんじゃないかと目を思い切りつむった。肌にハサミの当たる感覚に終わったと思った。

バン!!

「おら!!大人しくしろ!!」

 扉が開き男が入って来た。ハサミ男は暴れたが腕を叩きハサミを落とさせその隙に、手際よく猿ぐつわをして手足を縛った。

「くそが、切れたじゃねぇか。ペッ!」

 その辺にあったタオルで切れた手を巻くとハサミ男に唾を吐いた。

「おい、大丈夫か?」

「あ、はい…」

 危機一髪で助けてくれたのは斎藤さんの事務所に居たテンダーだった。寝起きの体に不意打ちのタックル。抵抗による消耗にハサミの傷と殴られた後。返事をしたが床に体を着けたまま起き上がれなかった。

 テンダーはドアを少しだけ開け周りを確認すると鍵を掛けポケットから注射器を取り男に打った。次第に男はもがくのをやめ大人しくなった。そして、携帯で何人かに連絡をしていた。

「車と毛布。箱用意しろ。後、配達用の、そう。救急キットも持ってこい。急げ」

「間に合いました。はい、とりあえず。はい。多少切り傷と殴られた跡が、はい。わかりました」

「もしもし、俺です。準備できたらここをすぐ出ます。ちょっと足止めしてもらえますか?」

「襲われまして…すみません、それはちょっと…そう言われましても。あ、待ってくださ…。切られた…はぁ…まずい」

 独り言を交えながら一通り電話が終わると話しかけてきた。

「救急キットは」

「絆創膏ならあります」

「そんなんじゃなく、消毒液とかも無いか」

「無いです」

 テンダーは手当たり次第探したがそれらしいものは見つからず結局綺麗な布で切り傷にあてがった。

「すみません」

「思ったより切れてるから動くなよ」

 テンダーは少し落ち着かない様子を見せていた。
誰かが来るのだろうか…

「驚いた」

「?」

「加成さんからの連絡でお前ん所行けと言われた時は。何があったか説明しろ」

 起こった事を全て話した。そして説明を聞くとリビングへ行きテレビ付近、キッチンで何かを探して取ってはポケットに入れた。テンダーは俺を見るとまた電話をかけた。

「今どこだ、早くこい!!鉢合わせる!」

 電話は斎藤さんにかけたつもりだったが手がずれてサ行とカ行を間違え加成さんにかけていたらしい。

「お前、何で加成さんの番号知ってた?」

 そう言われれば一度も交換した覚えはなく心当たりも全く無かった。

「わかりません…」

「まぁ、いいけど。あんまり気安くかけるな、忙しい人だ」

「すみません…後で消しときます」

「そこまでは…それに…今はそれどころじゃ」

ピンポーン

「○○会社です。遅くなりました。すみません」

 作業着に身を包んだ男が二人入ってきた。

「運べ」

 二人は速やかに男を毛布にくるみ箱に入れるとバンテージで固定をして運んで行った。持ってきた救急キットでキズの手当を簡単にされると箱に入るよう言われたが全く動けなかった。痛さとどこに連れていかれるのかわからない恐怖に知らないうちに震えていた。

「大丈夫だ…安心しろ、お前は別の場所に移動だ」

 毛布にくるまれテンダーに箱の中に入れられ蓋を雑に閉じられた。箱に入っていたので音しか聞こえなかったが先ほどの二人が台車に乗せ俺を運んだ。話し声は途切れ途切れだったが時折謝る声が聞こえた。
 
 車の中に入ったようで揺られて気持ち悪い感覚に。どれくらい走ったかわからないが突然止まり箱が開けられた。

「大丈夫か?」

かろうじて頷く事ができた。

 はぁ…疲れた

 全部夢ならとそんなことを思っているとテンダーが何か必死に話していたがもう全部どうでも良かった。
 
 目が覚めると知らないベッドに寝ていた。寝返りをうつも体が痛くて思うように動けない。

「生きてた…」

「動くなよ」

 聞きなれない声に飛び上がった。それもそのはず視界に入ったのはあの加成だった。あの時以来だった。

「…かせ…さん、ぃッ…」

「動くなっつったろ。脳は多分大丈夫らしいが切り傷と殴られた跡がある。全治一週間か?10日、それぐらいだそうだ」

 手当が綺麗に施されていた。急に動いたせいで頭が痛くなり大人しくベッドへ体を落とすと話かけてきた。

「大家になったんだってな」

「……なったというより、勝手に…」

「一人いくらだ」

「1000円です」

「ふっ…親元は和田と斎藤だったな」

「……。」

 パソコンをずっと見ながら話しているこの男の正体は知らないが生活ぶりからして上のほうに間違いないと思った。部屋には高そうな物ばかり置いてある。テンダーが言っていた言葉が頭によぎるがそんな人の家になぜいるのか検討もつかなかった。

「…あの…帰ります」

「やめとけ、二日は安静にだとよ。それに騒ぎになったからしばらく戻るな。大家業も廃業だな」

 俺には好都合だったがとはいえ帰る場所なんてあそこしかない。服も破られ財布も携帯もな…

「携帯はそこだ、財布も。服は明日適当に届く」

「そう…ですか」

「泊めてやる。丁度、一段落ついたとこで俺も暇だ。たまには下の奴らの世話をしてやらんとな」 

 俺は携帯を見たが充電はきれていた。バイトへの連絡も諦め、軽く音楽のかかった部屋で大人しく寝ることにした。何時間たったのだろう、急に体が熱く痛くなり目が覚めた。

「ッ…痛いッ…うっ…」 

「これを飲め、痛み止めだ」

 うなされながら俺は薬をもらったが喉に入れるも水がなく詰まっていた。

「ほら水だ」

 俺が口を開けると生ぬるい水が異物とともに入ってきた。それを何回か繰り返された。拒否も疲れた。俺がなぜ加成に口移しで水をもらわないといけないのか考えるだけ無駄だ。こいつらの考える事なんてろくなことじゃない。痛さからの解放とともに俺は眠りについた。

目が覚めると加成はまたパソコンの前に座り仕事をしていた。

「飯食うだろ?」

「…はい」

「殴られたからあんまり食えねえとは思うがうどんでいいか?」

「はい…なんでも」

「食ったらそこにある薬を飲め」

「はい…ありがとうございます」

 出前でもしたのか暫くしたらうどんがでてきた。それを食べると薬を飲んだ。昨日の事は触れないのがいい。どうせろくなことにならない。

「美日下…だったか」

「はい」

「何でうちに入った」

「…入ったつもりはないです」

「そうか、ならがんばらねぇとな」

「?俺は…いつの間にか巻き込まれて…理不尽にこうなっただけです」

「巻き込まれて、理不尽、どちらも当たり前な事だな」

「元は…俺の盗まれたブレスレットを取り返したかっただけです」

「でも、ここにいるよな?」

「それは、あなた達が理不尽に…必要以上に借金もあって…もう、いいです。俺の気持ちなんて、どうせ話しても意味ないですから」

少しの間があった。

「そうだな、お前の気持ちに意味はない。ヤクザなんてそんなもんだ。理不尽を生業にしてるからな。特に斎藤は優秀だ、目をつけられたら面倒臭い」

「……。」

 確かに自分を利用したいだけだと思った。アパートも結局自分達の利益の為だったし。

「ブレスレット…そんな大事か?」

「……。」

 父親の形見だと言えばまた取られて脅されたりすると思い横になり加成に背を向けた。

「まだ、話は終わってない」

どすの効いた声にビクッとなった。すぐに起き上がり聞く姿勢をとった。

「大事です」

「物に固執するタイプか」

「…これは、」

「父親の形見とか良くあるそんな感じか」

 言い当てられてしまった。

「持っててどうする。もういないのに」

「思い出したり…」

「お前はそれがないと思い出せないのか?」

「違います!これは、死んだ父親が持っていたのを母親が大事にしていたから俺が譲ってもらったんです。大事なものだから俺も大事にしてます」

「母親が大事にしていたから自分も大事にする必要はないだろ?」

「母親が大切にしているものは自分も大切にしたいです」

「何でた?そんなもの持っていたら脅されて取られて金巻上げられる原因になるのにか?大切にしていても取られたらおしまいだ。お前が母親から奪ったのと同じだ。譲ってなんていい言葉で言うな。大切な物をお願いして奪っただ。それにお前がいくら大事にしようが他人には関係ない。明日には取られて二束三文で売られてるかもしれない」

「悪い人がいるとそうなります」

「ふふ、悪い人か。世の中にはたくさんいるだろ?お前は善人だけの優しい世界で生きてきたのか?」

「いえ…」

「理不尽に横柄に勝手にそういうことは起きてる。いくらお前が善人の世界を望んでも世の中がそうさせてくれない、それは命をかけれる物なのか?」

「いいえ…」

「そういう事だ」

「……。」

 まるで自分がここへ来た理由を言われているようだった。

「お前、斎藤をどう思ってる」

「嫌いです」

「ははは、正直でいいな。斎藤と俺どっちがいい」

 どっちなんて大雑把な聞き方に今すぐ決めれなかったが悩む時間も与えてもらえなかった。

「答えろ」

「斎藤さん…」

「今、嫌いだと言ったのに嫌いな奴に俺は負けたのか」

 確かにあの時とは雰囲気が違い穏やかに見えたけどこの加成という男、基本的には優しいがこれ以上近づいてはいけないそんな怖さがあった。

「優しいぞ俺は」

「はい…ご飯も寝るとこも手当てもしてくれたのでありがたいです…」

「ならなんで斎藤なんだ」

「斎藤さんは悪いようにはしないと言ったので…」

「悪いようには…か、それだけか?」

「はい。まぁ…嫌いは嫌いですけど」

「なるほど」

 この質問は何故か怖かった。下手なことを言ってはいけない気がした。斎藤さんの事も加成さんの事も自分の事も、何一つ間違えてはいけないそれくらいの危機感があった。その発言で誰かが傷つく、そんな予感がした。

 次の日も淡々と終わりその後もご飯などの面倒もみてくれた。一瞬優しいのかもしれないと思ったけど俺はブレスレットを噛んだ時のこの人の目が怖かった。だから微塵の隙もこの人には見せてはいけないと思った。この人の周りの空気は他の人より冷たく感じる。できるだけ自分でやれることをして迷惑かけないよう汚さないように気を使いながら時間を過ごした。

 そして、二日間経つと出てけと言われ部屋を出た。
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