トワイライトコーヒー

かぷか

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一部

十四夜 (第一部完)

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 神谷の場所に戻ってきた美日下はまた暫く外に出ることを禁止されていた。時折玄関ドアを叩いたり蹴る音が聞こえ神谷が見に行くも誰の姿もなかった。和田の舎弟もしくはそれを面白く思わない奴の仕業に違いなかったが神谷達は慣れっこで防犯カメラもありここの事務所は警察を呼んでも問題ないから回数が多ければ呼ぶと気にしていない様子だった。

「斎藤さんから連絡は?」

 全く音沙汰がなく首を振った。斎藤から頼まれ美日下を泊める事になったが今回は和田から美日下を庇った事による後始末があると言った。

美日下本人からも事情を聞いたが自分は和田に仕込まれるところを斎藤に助けられたと話した。目が覚めた時には斎藤のベッドにいたぐらいしか覚えていないと言い後の事は何もわからないと答えた。

神谷はこの件に関して情報を集めていたが馴染みは皆、口を割らなかった。ただ和田が失脚して周りが少しごたついたというだけだった。斎藤の名前を出すと勘弁してくれと煙たがれたのでおそらく斎藤が報復したのだろうと推測しその責任をどういう形でとるのか、あるいはもうとっているのかと考えを巡らせていた。

 一度だけ岸が部屋にきた。

 売り上げを一から洗いざらい全て隈無く見ていきその細かさは異様だった。その時美日下がコーヒーを入れたが飲まずに足早に帰って行った。

 何もわからない状況から1ヶ月経とうとしていた。美日下は毎日いつ自分が働くのか気が気ではなかったがそんなある日、ポストに厚手の封筒が届いているのに気がついた。神谷が手に取ると手紙には借金が無くなった事と美日下を解放するようにと書いてあった。そしてこれで好きにするようにと現金も入っていた。

 封筒ごと神谷から受け取り文章を確かめるように見たが宛先はなく文字も直筆ではなかった為、誰が書いて誰が置いて行ったかわからなかった。ただ、この状況を作ってくれたのは紛れもなく斎藤だという事はわかった。自分は売りをするんだと思っていたばかりに突然の出来事で整理がつかなかった。

「良かったな、あっちに戻れるぞ」

「…はい」

 そのうち、いつか、連絡が来ると思って待っていたが美日下はこの文章でもう会えないのだと悟った。売りをしなくて済んだ事は嬉しかったが会ってお礼やら何がどうなったか知りたかったが斎藤がしてくれた自分への数々の事を思うとすんなり引き下がらなければと思った。おそらく電話もメールももうかかってはこない。後味の残る最後ではあったが神谷が喜んでくれたのが自分の救いだった。

次の日

 美日下は支度をして事務所を出て行った。神谷は念のため駅まで送る事にした。

「お世話になりました」

「ああ、いつでも来いっていうわけにはいかないからここでさよならだ、がんばれよ」

「はい」

 お世話になった神谷にハグをした。できなかった事ができるようになり一人で暮らしていける自信ができたのは神谷のおかげだと言っても過言ではなかった。

「お、おい!」

「ありがとうございました!」

 焦っていたのでちょっと面白かったがすぐに離れた。

「飯ちゃんと食えよ。もうこっちに来るなよ!」

 神谷がそういうと美日下は笑顔で手を振り駅のホームに消えていった。神谷もつられて振っていた手を下ろした。美日下が人混みに紛れわからなくなると自分も元の街に戻って行った。

 歩きながら美日下は考えていた。いつから自分を庇っていたのか。なぜ借金がなくなっていて、どうしてそこまでしてくれたのか。もし借金がなくなっていたのなら、なぜあの夜抱いたのか…

 気づけば手首を触わっていたがもうあの感触はなくなっていた。

「黄色い線までおさがり下さい…」

 駅には沢山の人が電車を待って並んでいた。いろんな音が入り交じり何かを書き消していた。

 あちらの世界とこちらの世界に線はないがその線を越えてしまうと見えてしまう世界があるのを知った。一度足を踏み入れれば抜け出したくても抜け出せれない世界。もがいてももがいても、誰かに足を掴まれ手を引っ張られ引き込まれてしまう。自分はその中から知らぬ間に助けられ抜け出せていた。助けた相手の顔を見たかったが振り返るなと背中を押され前に押し出された。 

 言い表しのできない気持ちになり地下鉄の生暖かい風を感じながら電車に乗った。


□□□□□


「いらっしゃいませ」

 店に立つのは黒いシャツに黒のパンツでエプロンをした美日下だった。

 あれから美日下はあのお金でアパートを借り独り暮らしを始めた。元いた自分のアパートは引き払い新たな場所で生活をすることにした。借りた部屋は小さいがそこを基盤に仕事を探した。初めは上手くはいかなかったが運良く自分の好きな珈琲屋がバイト募集をしておりそこに受かり週5で働いている。

嘘のような穏やかな生活だった。


ヴヴヴ ヴヴ

携帯がなる。

メールだった。

『バイトがんばってる?今度買い物付き合ってね!』

 シオンからだった。ずっと使っていた携帯は引っ越しを気に変えてしまったがシオンとはあの帰り道に連絡を交換していたのだった。たまにお互いの様子をメールでやり取りする仲にまでなっていた。

 決して斎藤からの連絡が欲しくて交換したのではなく一人の人としてシオンを好きだと思った。あの経験がなければ出会う事のできなかった人物。そんなシオンも二人の特別な仲は知っていた。携帯を変えたと連絡があった時は斎藤の事を聞きたかったのかと思ったが違った。新しく家を借りバイトを見つけたという報告だった。自分に出会ってなかったら何もできなかったとお礼を言われたのだった。そんな美日下の存在は自分とは違うということだが違うからこそ友達でいたいと思ったシオンは美日下と再会した。

 前より明るく元気な美日下の姿に安心したシオン。お互いの近況を話したり普通の友達と変わらなかった。だが、たまに見せる美日下の表情は何かを想像させシオンの胸を締めつけた。自分の知る範囲で斎藤の情報を言うべきか悩んだが結局は言った所で美日下にはどうすることもできずただ悩ませるだけだと思った。しかしシオンは美日下の表情に耐えきれず一言だけ教えた。 

 斎藤さんは風俗店から姿を消した。

 それを聞いた美日下は「そう」と一言いうだけでそれ以上聞き返す事もなかった。それからその話題は一度もお互い出すことはなかった。

 斎藤の事を考えないようにしていたが気がつけばブレスレットをしていた手首を無意識に触っていた。不意にコーヒーの良い香りがした。

「佐野君、これお願いします」

「はい」
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