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「……しまったな、せめて給仕に茶を淹れさせてから追い出すべきだったか」

 返事を求めたつもりはない。たんに口を突いて出ただけの言葉であったが。

「でしたらルブランテ様のために僭越ながらこのわたくしがお淹れいたしますわ」

 と、ロゼッタ自ら買って出る。

「おお、頼む。ロゼッタが手ずから淹れてくれた茶ならばこの世のどんな甘露よりも極上の一杯となろうな、楽しみだ」

 茶も貴族の嗜みの一つだが、男爵令嬢とはいえ給仕に命令するのではなく自分で用意できるとは驚きだ。
 流石は自分が見初めた女だとルブランテは感心する。

「ええ、ですが恥ずかしながらわたくし実はお茶淹れが不得手でして。ルブランテ様にこのようなことをお願いして大変恐縮ですけれど、不格好なところをお見せしたくございませんので少しの間目をつむっていていただけますか?」
「目を? うむ、分かった」

 イスの上でふんぞり返って腕を組む。
 期待に胸を膨らませ、ニヤニヤしたまま両目を閉じるルブランテの近くでカチャカチャと食器の擦れる音がしていた。
 それにしても、あの完璧だと思われたロゼッタにも苦手なものがあったとは。まあ、この程度のことなど別に克服するまでもないだろうが。

「……お茶のご用意ができましたわ。ルブランテ様、もう目を開けてくださっても結構でしてよ」

 そんなことを考えていると、ちょうどロゼッタから声がかけられた。
 言われた通り目を開けると、目の前に湯気立つ紅茶が置かれていた。
 見たところ、いつも飲んでいる紅茶と見た目は遜色ない。
 とりあえず角砂糖を三つ投入してから、

「では、余の愛するロゼッタが淹れてくれた記念すべきこの一杯をいただくとしよう」

 どうぞと勧めるロゼッタに目で応え、ソーサーごとカップを口元に持っていく。
 鼻に抜ける香りは、いつものと同じ。
 口内に含んだ紅茶の味にも違いがない。

(なんだ、謙遜して茶が不得手と言っていただけで普通に達者ではないか。確かに元々上質な茶葉だとはいえ、これだけできれば見事だ)

 あるいはもしかしたら腕に自信がないだけかもしれない。王太子自ら本人を褒めてやればきっと自信もつくことだろう。

「お味はいかがでしょうか、ルブランテ様」
「うむ、やはりお気に入りのお前が淹れてくれただけあって美味《うま》――」

 最後まで言い切る前に吐き気がこみ上げてくるほど猛烈な不快感がルブランテの体を襲った。
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