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三章 モンブロワ公国編
37話 2日酔い
しおりを挟む目覚めると僕は、ブルクハルト王国の自分の部屋に居た。ベッドではなくその隣にあるソファで、力尽きる様に仰向けで。
横のサイドテーブルに飲みかけの透明なお酒とチーズ、生ハムが置かれている。
何時ものギリシャ風の服を着てるけど、いつ着替えたのかも分からない。気分は最悪だった。
頭の中で小人が力一杯何度もドラを叩いている様な、とてつも無い不快感。頭痛が激しく身体が気怠い、完璧に2日酔いだった。
『……ん?』
(僕はモンブロワ公国に居た筈では?何で戻って来てるんだ?)パーティーに参加した辺りから記憶が朧で、辿ってみても靄が掛かった様だ。
ステファンさんに挨拶しようとして、その後の記憶が全く無い。
「おっはよー!アルバちゃんッ!よく眠れた!?」
「ノックもせずに不敬よララルカッ!…お兄様、おはよう御座います!」
突然部屋の扉が開いて、元気一杯のルカと、焦った様子のシャルが入って来た。
『おはよう2人とも』
弱々しい笑顔で挨拶すると、2人は顔を見合わせる。
「あれぇ?アルバちゃんいつも通りだね?」
「記憶が戻ったのではないのですか?」
2人揃って変な事を言った。(逆に記憶が無くなっちゃったんだけど…)ソファに寝転んだままの僕の周囲に寄り添う様に、ルカは背凭れに座ってシャルは僕の横で膝を折る。
『…昨日、何かあった?』
それを聞いた2人は目を瞬いていたが、其々うっとりする様に話し始めた。
「何があったも何も…、お兄様が矮小で卑しい人間どもに制裁を下しました!」
「格好良かったよぉ!皆を跪かせて一蹴して脅してぇ、私も震えちゃうくらいの殺気で、貴族達を泣かせてぇ」
シャルもルカもテンションが高く声が弾んでいる。しかし、とんでもない。僕はそんな事した覚えも度胸もないよ。
「モンブロワ公国は恐らく属国になる道を選ぶでしょう!それもこれも、お兄様の智謀の賜物…!」
「イシュベルちゃん達が来た時からこうなる様に図ってたの?私が花を焼いちゃったって言った時?アルバちゃん、考えてる事は言ってくれないと私頭悪いから分かんないよぉ」
「更にモンブロワ公国の虫螻同然である平民に救いの手を差し伸べ、尊きブルクハルトへ住う栄誉をお与えになるなんて…慈悲深いです!」
2人が身振り手振りで伝えてくれるが、僕はイマイチ状況が飲み込めていない。いや、確かにモンブロワ公国に住んでる虐げられる平民の人を前にして気持ちが騒ついたけど、まさかそんな。
シャルは手を胸の辺りで祈る様に組んで話を続けた。
「あの時のお兄様は以前の様に泰然とされていて…てっきり記憶が戻ったと思ったのですが…違うのですか?」
『……違うね。逆に、そんな事をした記憶が無いよ。今からでも、モンブロワに戻って謝れば許してくれるかな?』
情け無い事を言う僕に、シャルとルカは訝る様な視線を送る。(あれ?これって昨日の記憶が無い事を怪しまれているのかな?)僕は酒に強くない。
しかしパーティーに浮かれた僕が如何やら酒を飲んだのは明白だった。きっと、アルバくんの身体だから少しなら大丈夫だろうなどと甘い考えで、酒を呷ったに違い無い。
酒を飲んだ僕は、以前の友人の話では手が付けられないらしい。
「え~?もう街の建設始めちゃってるしぃ」
『…街?』
「はい、ブルクハルトに戻られて直ぐ、リリアスに命じてましたよ。モンブロワ公国の平民を受け入れる巨大な街の建設…」
「1ヶ月で王都並みの街を作れって、アルバちゃんも無茶言うよねぇ?」
『うわぁ、泣きたくなってきたなぁ』
へらへら笑う僕に、2人は更に追い討ちを掛ける。
「恐らく少なくとも100万人の受け入れは考えていた方が良いかもしれませんね」
「随時受け入れって事は、まだまだ増える可能性もあるって事だからぁ、中途半端な街は作れないよねぇ?」
「凡そ半数近くの平民が来るとして…1つの街では収まらない…受け入れに合わせて国に随時街を作り徐々に散開させるのが現実的ですかね」
「まぁ其処ら辺はリリア姉様とユーリちゃんがやるからいっかぁ」
何だか、僕が知らない間にとんでもない事になってしまっている。モンブロワ公国から突如帰還した僕にリリスとユーリ、メルは凄く驚いたらしい。
しかも公国の平民を受け入れると言い放ち、王都の西側に大きな街を作る様指示した。期間が1ヶ月、直ちに準備を始めたリリス達は今も忙しく動いてるって話だ。
僕が人間達にとって住み易い、魔大陸でも差別されない国を作れと追加の要望を出したせいで巻物の消費が半端ない。
国の隅々にまで転送された巻物を見せて貰ったけど、国交を行う事、モンブロワ公国の人間の移住を認める事、その人間達を卑下する言動は厳罰に値する事が細かく命令口調で書かれていた。
「幸いブルクハルトの国民は人間と触れる機会があまりなかったので、他国より意識はマシだと思います」
『こんな文書で仲良くやって行けるかな?』
「城から直接転送される巻物なので、効果は絶大です。何せお兄様のお言葉ですし」
僕なら命令じゃなくて弱腰のお願いになると思う。しかもその巻物への返事に、各街から了承の意を示す文書と虐げられる平民を解放したって事になってる僕への賛頌の麗文が添えられているから尚怖い。
これは、モンブロワ公国へ行って謝って済む問題ではなさそうだ。
『…困ったなぁ』
一言愚痴を零した時、部屋の扉がノックされる。ルカとシャルは気配で察していたのか、平然としたものだった。
扉に1番近いルカが、「開いてるよぉ」と声を掛けると「失礼致します、アルバ様」とリリスが入って来る。
『おはよう、リリス』
「おはよう御座いますアルバ様!」
リリスの瞳も何処か輝いていた。そんな期待する様な目を向けられても、僕は何も出来ない。
「アルバ様、モンブロワ公国へ訪問、誠にお疲れ様でした!お早いご帰還、心より嬉しく思います!」
『うん、とんでもない事しでかして帰ってきちゃったみたいだね』
「何を仰いますか、奴隷を解放し偉業を成し遂げられたではないですか!」
いつまでも起き上がる事の出来ない僕を疑問に思ったのかリリスが「お身体の具合が…?」と心配する。
『ただの2日酔いだよ』
それを聞いたリリスは扉に向かってメイドを呼び、水の入った水瓶とグラス、薬を届けさせた。
『有り難う、リリス。少し休めば良くなると思う』
「久々の遠征で疲れも出たのでしょう。アルバ様が2日酔いなど、珍しいです」
成る程、アルバくんはザルだったのね。身体は一緒の筈なのに如何した事か。
『昨日の事、ルカとシャルに聞いたけど、僕が無茶を言ったみたいでごめんね』
「とんでもありません!」
リリスは夢見心地に語り始めた。
「昨日のアルバ様の様子には少し驚きましたが、普段のアルバ様とは違い冷笑を浮かべておられ、有無を言わさない声遣が籠もってました!一瞬記憶が戻られたのかとも思いましたが、平民の処置を聞き慈悲深いままのアルバ様であると確信しました…!」
うん、酒を飲んだ後の僕はアルバくんに似てるんだね。さすが、同じ魂だ。
『昨日は酒に酔っていて…あんまり覚えてないんだよね。僕、他に何か変な事しなかった?』
それを聞いたリリスは少し止まって、意味深に頬を染める。え、何もしてないよね?そうだと言って欲しい。
「リリア姉様ギャップに弱いからなぁ」
『ギャップ?』
「そ。普段優しいアルバちゃんに、例えば暴言吐かれたり詰られたりすると堪んないって事!」
リリスはドMって事かい?いやいや、五天王を束ねる統括である彼女がそんな筈は。
「昨日のアルバちゃんの様子を心配したリリア姉様が近付いた時、アルバちゃん…姉様の顎持って俺の言葉が聞こえなかったか?って迫ったんだよぉ」
『うわ、何か…ごめんね?』
リリスに謝ると、昨日の事を思い出したのか彼女は恍惚とした表情をしている。(痛い…痛過ぎる…!)
誰か昨日の僕を止めてくれ!昨晩の事を聞けば聞く程、抱くのは罪悪感と羞恥心だ。
「い、いえ…強引なアルバ様も、その…素敵でした」
赤面する彼女は僕が掴んでしまったのであろう、頬を抑えてもじもじと身体を揺らしている。何か誤解を受けそうな危ない発言だ。
僕は懲りずに部屋で晩酌してたみたいだし、何も無いよね?
「お兄様、寝苦しくはないですか?また膝をお貸ししましょうか?」
『ん、大丈夫だよ。有り難うシャル』
薬を飲んでグラスに口を付けた僕を、シャルが気遣ってくれた。するとリリスが親の仇を見るかの如く彼女を凝視する。
「今のは如何言う意味かしらシャルル」
「あら、言葉のままよリリアス」
笑顔で遣り取りしているが、何処か黒く見えるのはきっと気のせい。後方に其々、龍と虎を引き連れてバチバチしてるのも、きっと僕の気のせいだ。
『じゃぁ、僕は少し横になるけど後の事は任せて大丈夫かい?』
僕が不遜に打ち出した無茶な施作のせいで、皆仕事に追われている。しかし、今の僕では使い物にならないのだ。なんたって頭が痛くてフラフラだ。
余程のアルコールを摂取したのか、視界もぐにゃぐにゃ回っている。一度体調を万全にしてから、皆に土下座して回るしかない。
「勿論ですアルバ様!我々に全てお任せ下さい」
「アルバちゃんはゆっくりしててね!」
「お兄様にご納得頂ける完璧な街を作ります」
皆笑顔で部屋を後にする。リリスが先頭で扉を開けた途端、小さな影が部屋へ滑り込んできた。ヨロヨロ立ってベッドへ向かっていた僕へ後ろから抱き付かれる。
何だ?と思って身体を捻ると、髪で猫耳を作った小さな少女が此方を見上げていた。
『ニコ!如何したんだい?』
僕は彼女を抱っこして問い掛けると、ニコは暫く僕の首筋に顔を埋めたり頬を擦り付けたりしている。本当の猫みたいだなぁ、と静かに見守っていると不意に「アルバ」と名前を呼ばれた。
『うん…?』
「おかえり」
いつもより柔らかな表情のニコがそう言って、僕をジッと見詰める。
その言葉が僕は此処に帰って来て良い存在なのだと示唆された様で、許されたみたいで心臓がギュッとした。
『…ただいま、』
扉の前に居たリリスにも何も言って無かった事を思い出し、皆に笑い掛ける。
ニコは僕が2日酔いだと知ると、何も言わずに看病してくれた。ユーリが作ったらしい2日酔いに効く毒々しい色のドリンクとか部屋に運んでくれる。
最終的には僕と同じベッドに潜って一緒に眠っていたが、凄く心強かった。
そしてこの日から僕は時々、リリスにお酒を勧められる様になった。
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