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四章 アルバイト編

55話 拷問

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 アルバは久々の魔力封じの指輪の感触に視線を落とした。その動作に勘違いしたのか、サイモンが「無駄ですよ。それは我々の特注品ですので」と冷笑を浮かべる。

「シロさん!そんな…」

 泣きそうな声でクレアが名前を呼んだので、出来るだけ普段と変わらない笑顔を取り繕った。

『…僕は大丈夫だよ、クレア先輩』

 今、自分は魔力は無く魔法など使えないと白状しても嘘だと受け止められるか、彼女達に危険が及ぶかもしれない。
 魔道具アーティファクトの力だと言った瞬間、価値が無いと判断され殺されるだろうし、アルバが殺された後に残る2人が家に帰して貰える可能性は非常に低い。

『2人は如何するの?』

「シロくんが従順になるまで捕まえておくわァ」

 にっこり笑うカレンの言葉に怪訝そうに眉を歪めた。

「あら安心して。殺したりしないから」

「では、シロくん。また後で」

 カレンに歩くように促され、後ろ髪が引かれる思いで2人をそこに残す。クレアはアルバを心配する様に見上げて、彼の姿が見えなくなるまで目で追った。

 間仕切りに使用している薄い布を潜って、通された先は物置の様な狭い部屋だ。隅に木箱が積み上げられ、巻物や新聞の様な情報紙面が見える。

 中央に置かれた椅子に座る様に言われ、背筋にゾクリと嫌な予感がした。本来椅子には不必要な革製のベルトが肘掛けと椅子の脚に取り付けられている。

 (嗚呼、これは)グレンが座らされていた物と似た様な造りの、拘束し自由を奪い拷問する為の椅子だ。

「そんな顔しないで、楽しみましょう?」

『ちょっとこれには勇気が要るなぁ』

 カレンが抱き付く様にアルバの身体に密着し、そのまま体重を掛けて強制的に椅子に座らせる。膝の上に跨ったまま手首のベルトで彼の腕を固定した。

 アルバが試しに手を動かしてみるがビクともしない。自力での脱出は不可能だった。カレンが彼の脚に自身の胸を押し当てる様にして足のベルトを絞めていく。

「ギルドでもとても気になってたのよ。こう言う時、シロくんがどんな声を上げるのか」

『僕そんな目で見られてたんだね』

 カレンはうっとりと熱を帯びた息を漏らした。いつの間にか手には魔力で作ったのだろう独特な形状の短刀が握られている。

 鋭利な輝きに目を向けながら、アルバは密かに息を呑んだ。冒険者ギルドから借りていた制服のベストの釦をゆっくりと外されていく。

「さぁ、私を満足させて?」

 その瞬間カレンが握ったナイフの刃先がアルバの親指の爪の間に入り込んだ。

『…、…ッッ!』

 そのままゆっくりと動かされあまりの激痛に声も出なくなり、固く目を瞑る。足元で爪が転がる音がした。

『…く、…っ…ぁ』

「嗚呼、凄いわ!今ので悲鳴を上げないなんて!」

 まるで少女の様に興奮した様子のカレンは、肩で息をするアルバの顔を至近距離で覗き込む。

「グレンくんは最初からずっと泣き叫んでいたから、煩くて口を塞ぐ程だったのよ」

 悪びれもせずに言う彼女は明らかに可笑しかった。まるで他者を痛ぶる事で性的快感を得ている様なカレンは、正真正銘のサディスティックだと言える。

 次はペンチに似た器具を使って、続け様に2枚。

『……は、ッ、』

 汗が首筋を流れる。血がポタポタと椅子を伝っていた。

「シロくんは、我慢しなくて良いのよ?貴方の声はとても良いわ。その声で悲痛に染まった私好みの声を上げてくれると堪らないの」

 頬を染める彼女は、俯くアルバの顎を指で持ち上げてみる。

『…はは、あまり、良い趣味とは言えないね…』

「ふふ、褒め言葉として覚えておくわ」

 カレンは彼の腕に短刀の刃を滑らせた。

『…いっ…、ッ』

 白い肌に刻まれた線に浮かんでくる赤色を恍惚とした表情で見詰め、刃に付いた血液を舐め取る。
 アルバが歯を噛み締め声を殺す際の視線を手繰ったカレンは彼に同情した。

「まさかあの子達を気にしてるの?自分がこんな状況の時に?」

『……これ以上、怖がらせる必要も無いからね』

 もしも咽び泣いたとしても彼女は止めないだろうし、此処の洞窟は音が響く。
 叫び声を上げたら間違い無くあの2人に聞こえ、要らぬ恐怖を与えてしまう事は明白だった。

 別れ際のクレアの表情が頭にこびり付いて離れない。

「ふふ、良いわ。楽しいわ!意地でも貴方のイイ声が聞きたくなる!」

 声を弾ませたカレンはドレスの裾を捲り上げ、太腿にベルトで固定していた4つの小瓶を取り出した。
 瓶の形状からしてポーションで、色や輝きを見ると上質な物だと言う事が分かる。

「それに、私は低位だけど治癒魔法も使えるの!これで長くじっくりと、シロくんに付き合えるわね」

 初恋を知った少女の様に笑う彼女は、優しい眼差しでアルバを見下ろす。彼は彼女の刺青をぼんやり眺めて、捕食される獲物とはこんな気分なのかと絵空事の様に思った。

 蜘蛛の巣に囚われ身動きの出来ない獲物と、待ち兼ねたご馳走に歓喜するアラクネ。(嗚呼、ぴったりだね)






























 どれくらい時間が経っただろう、もう暑いのか寒いのかも分からなくなっていた。手先は冷たいが、激痛が与えられる度にそこが熱を帯びて汗を掻く程に暑い。 

 足元には小瓶が2つ転がっており、上級ポーションによって2回身体の傷を完治させられ再び壊される事を繰り返していた。

『…っんん、…ッ!』

「ほら、今貴方のお腹の中を触ってるのよ?分かる?感じる?その表情素敵だわ!とっても温かい…」

『…ぅ、ぐッ……、あ゛』

 腹の中を掻き回される感覚、壮絶な痛みが伴う。アルバは自身のシャツの襟を噛み、声を極力押し殺していた。
 生理的な涙が伝い、身体中の痛みに気が狂いそうになる。

「ねぇシロくん、冒険者ギルドの様にまた一緒に働きましょう?私達、きっと良いチームになれると思うの」

『…フー、…、フー、ッ!』

 カレンは彼が死にそうになったら魔法を使い少し回復させた後にポーションを使用した。死ぬギリギリまで身体を切り刻まれ、回復させられまた繰り返す。

 アルバにとっては地獄でしか無いこのループは後何回続くのだろう。意識を失う寸前、また治癒魔法の温かな光が彼を包んだ。











 目を覚ますと、彼は椅子に固定されたままの状態で自身の身体を確認した。腹が切り開かれても無ければ、指は全て付いていてちゃんと爪も揃っている。

 血の跡だけが残っているが、傷は全て癒えていた。(また…)椅子の周りには黒々とした血が迸り、血溜まりまで出来ている。

 またあの耐え難い激痛が繰り返されると思うと、途端に億劫になった。あのまま死ねたら幸せなのに、と幾度と無く思う。

 しかし先程までとは違いカレンが居ない。

「くふふ、シロくん。お目覚めですか?」

『…やぁ、サイモンだったね』

 布を捲って現れたのは、もう1人の男の方だった。

「良い顔になってきてますね。どうです?我々の仲間になりたくなってきましたか?君が懇願するなら【蜘蛛女】を止めてあげますよ」

『……』

「仲間になりたいと言うなら、その証明と忠誠の証にあの2人を殺して見せて貰いますが」

『…ふ、』

「何です?」

『論外だね』

「…ッいつまでその威勢が持つでしょうね」

 もう限界だと思って訪れた筈が、一蹴されて気分を害したサイモンが皮肉を吐き捨てる。アルバは些か安堵した。少なくとも拷問が続いてノーと言っている間はあの2人は無事だと。

 サイモンと入れ替わる様にしてカレンが部屋に入って来た。しかし、手には短刀を握っておらず拘束していたベルトを外し始める。

『どう言う事?』

「また1時間後に遊びましょう」

 そう言ってカレンはアルバの腕を掴んで立たせ部屋を出て、以前猛獣を入れていた様な牢屋の1つへ案内した。

 窓も何も無い牢だが、先程の椅子に座っているより居心地は良い。牢に入ったアルバは壁に凭れる様にして座り、長く息を吐き出した。

「シロさん…?」

 小さな物音がして、クレアの声が耳に届いた。如何やらアルバの隣の牢屋に入れられている様だ。

『クレア先輩、無事かい?ラーク先輩は?』

「あたし達は無事です!ラークさんは疲れて眠ってるみたいで…。それよりシロさんは…」

『僕も大丈夫だよ』

 長時間の拘束で疲労が窺えるクレアに、余計な心配は掛けるべきではない。

「あたし達が捕まってさえ居なければ…シロさんにこんな迷惑を掛けなくて済んだのに…すみません…」

『ううん、寧ろごめんね』

「何でシロさんが謝るんですか…っ」

 やっとアルバと話せて安心したのか、クレアの声が涙声になり始めた。

『如何にかカレンさんに頼んで、2人を解放して貰える様に話してみるから』

「し、シロさんは如何なるんですかッ!?」

『まぁ、何とかなるよ』

 乾いた笑みを漏らし、懐かしく感じるクレアの声に耳を傾ける。

「嘘です!カレンさんに何されてるんですか!?彼女一度、此処に来て…吐き捨てるみたいに言ったんです。シロくんに感謝しなさいって。その時のカレンさん…、」

 思い出したのかクレアの声が震えていた。

「凄い、血が…」

 恐らくアルバの返り血だろう。カレンは嬉々として血を浴び、時には彼の傷口に吸い付いた。首筋に噛み付いて血が滲むほど歯を立てられた記憶もある。

 クレアはその先を言葉にする事が出来なかった。今考えている事が事実で、実際に行われていたとしたら悔やんでも悔やみきれない。
 彼女達が足枷になり、アルバは自身を差し出している事になる。

『……、ほら、』

 アルバは牢の鉄格子の隙間から腕を出した。

『何もないでしょ?僕は何ともないよ。ただ、話をしてるだけさ』

 ひらひらと振られる腕はいつもの彼の白い腕だ。クレアはそれを見て些か安堵した。アルバの方は、此処が横並びの房だった事に安堵していた。
 ワイシャツは血を吸い込んですっかり赤黒い。この姿が見えないのは、幸いだった。

『クレア先輩、何か…楽しい話をしてくれない?そうだな、先輩自身の事を聞きたいな』

「楽しい話、ですか?あたしの事?」

 アルバの精神は限界が近かった。せめて拷問から解放されている時くらい、少しでも楽しい話で逃避がしたい。
 クレアは暫く考えて「楽しいかは分からないですけど」と前置きして自身の事を話して聞かせた。




「ーーなので、前にギルド職員になるのが夢だったって格好付けて話しましたけど、親への反発もあったのかなって」

 クレア・プリムローズはアンジェリカ出身で、ある商会の会長の娘として生まれた。何不自由ない暮らしに充てがわれる使用人、日々の暮らしに満足していなかった訳ではないが、いつも心の中に空虚が居座っていた。

 そんな彼女が衝撃を受けたのが、人間や魔族関係無く書かれた英雄譚だ。其処に描かれた冒険者ギルドの職員は英雄を完璧にサポートして、彼女は酷く憧れた。
 成長し王都ブルクハルトに冒険者ギルドが建設されると聞き、飛びつく様な舞い上がる様な気持ちで親へ夢を語ったクレアに待っていたのは厳しい言葉だった。

 負けん気の強い彼女は親の反対を押し切って、半ば飛び出す様な形で王都にやって来たのだ。

「それに今では、その…新しい夢もあって」

『うん?』

「す、好きな人の…お、お嫁さんに、なりたいなぁなんて」

『素敵な夢だね』

 アルバは穏やかに笑った。その夢を現実にする為にも、彼女をこんな所で死なす訳にはいかない。


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