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八章 冒険者編

119話 鮮血

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 カーベルと別れた一行はアルバの案内で王都を歩いていた。

『王都で他に行きたい所はない?良ければ案内するよ』

「ねぇよ。俺達は小僧を送り届けて報酬貰って旦那の店に行って必要な物を揃えたら、此処からさっさと退散したいんだ」

『そっか。急いでるんだね…』

 残念そうに青年は俯く。

 すると大通りの向こうから6頭馬車が2台此方へ走って来た。周囲に並ぶ竜騎士と、掲げるブルクハルトの旗で王城から来た馬車だと分かる。
 街の人々は慣れた様子で道を譲っていた。

『良いタイミングだ。さっきの竜騎士達がリリスに伝えてくれたのかな?』

 ボソリと言った独り言は【白百合】の誰一人聞こえていなかった。
 王城の馬車は豪華な装いで、それ1台で屋敷が建つ。
 それを引く馬も強靭な身体を誇る二本角のバイコーンだ。漆黒の毛は艶があり、荒々しい嘶きが地を揺らす。

 あろう事かその馬車がレティジール達の横に張り付く形で止まった。彼らはギクリとして武器を構える。

 竜騎士の1人が馬車の扉を開けた。

『やった!これで歩かなくて済むね!』
 
 ニコを抱えたアルバは躊躇いも無く馬車に乗り込んだ。そろそろ肩が脱臼するかと思っていたところだった。

「おい!待て小僧ッ!」

 レティジールが青年の首根っこを掴もうと伸ばした手が止まり、やり場を無くす。彼が叫んだ途端、竜騎士全員が剣に手を掛けたのだ。
 自称剣聖は動けなくなり、集まった視線の厳しさに息を飲んだ。

「………王陛下がお待ちです。大人しく彼方の馬車へ」

 アルバが乗った馬車の扉を閉めた竜騎士が促す。
 【白百合】は顔を見合わせた。重々しい足取りで豪勢な馬車に乗り込む。

 バイコーンが蹄を鳴らして動き出した。6人は座れる大きな馬車だ。長時間乗っていても尻を痛めないであろうシートの柔らかさに加え、座席を区切るクッションが置かれている。
 金糸で刺繍が施されており、誰もが触るのを躊躇った。外を覗けば逃げられないようにする為か、両脇に地竜に騎乗した竜騎士がついて来ている。

「どういう状況だ?」

「そんなの俺が聞きたい…」
 
「現状を整理しましょうよ」

 不安そうな面持ちで会議が始まった。

「王陛下がお待ちって、魔王が僕達を城で待ってるって事ですよね?」

「それ以外にねぇだろ」

 レティジールは窓から見える前の馬車を睨む。

「あの小僧め…勝手な事しやがってクソ」

「まぁ、彼が居ても居なくても結果は変わらなかったでしょう。魔王は僕達に興味を持っていたみたいですし」

 アンドリューは両手の指を擦り合わせた。
 激しく動いてる筈だが全く揺れない馬車が慣れず、尻が落ち着かない。
 その正面に座るゼレスが眉を寄せ「いっその事人違いだって伝えて…」と竜騎士を見た。

「価値が無いと知って生きて帰れるかしら…?」

 ニナの言葉に誰も答える事が出来ない。
 馬車の中を重たい沈黙が支配した。

「ブルクハルトの魔王は雷を操るって噂で聞いた事がある。本当だったら規格外もいい所だ」

 魔導師の立場からして、高位の雷魔法は術師の命を削る。低位であってもゼレスは使用出来なかった。
 莫大な魔力を秘めたルビーアイだから熟せる芸当なのだろう。

「雷神龍を飼ってるとも聞いたわ」

 王国内に居る雷神龍の幼獣は、魔王の所有物だと冒険者ギルドに通達が入ったらしい。
 彼の支配下にある為、手を出す事を禁止。もし不用意に近付き攻撃した者の命は保証しない。それに関して王城側は一切の責任を負わないとの事だ。
 そちらが手を出さなければ雷神龍から攻撃する事は絶対に無いとさえ言わしめた。

「くっそ、そんな奴が何で剣聖に固執するんだ…。雷纏ったスクォンクなんて弱点が分からねぇ」

 夜行性で子供を食べる醜い魔族に、何故こうもビクビクしなければならないのか。レティジールは苛々しながら脚を揺する。

「モンブロワ公国に続いて、ユニオール大陸の国々が属国になりたいと自ら申請してるらしい」

「まぁ、滅ぼされるより良いわよね。モンブロワもブルクハルトの属国だから隣国が手を出せない訳だし」

 雷神龍に命じてしまえば一国を滅ぼす事も訳ない。
 それが魔大陸以外の大陸の国であれば尚更だ。魔大陸の国々と違って、結界や魔導に関する知識、優れた魔導師などの人員が不足している。

「他の魔王が今すぐ奴を殺してくれねぇか…」

 腹が煮えたレティジールは声を絞り出す。

「連邦の魔王が挑んだらしいが逆に国共々滅ぼされているからな。周辺の魔王も警戒して動かんだろう」

 そのせいで数年振りに序列の変動があった。
 1位【不死鳥】2位【琥珀】3位【不滅】4位【鮮血】5位【月】6位【太陽】。【暴虐】が抜けて以下2人が繰り上げになっている。
 魔大陸の国も6カ国と数を減らし、大迷宮があった土地はブルクハルトの領土になった。領土とは言っても熾烈な争いにより何も残っておらず、大穴が空いているという噂だ。

「パロマ帝国とは昔から不仲だと聞いた事があります」

「嗚呼、【不滅】でも【琥珀】でも良い!ブルクハルトのふざけた魔王を今殺してくれるなら、剣聖だと偽って巻き上げた金を全部くれてやる…!」

 奥歯を噛み締めて汗を流す。
 迎えまで寄越して偽物だと露見したら命はないだろう。
 話し合った末、このまま剣聖の勇者パーティーとして魔王と対峙する事にした。

◆◇◆◇◆◇

 門を潜った馬車が王都の中心に位置に聳える王城に到着する。
 竜騎士が左右に列を成し、レティジール達を出迎えた。その誰もが油断ならない実力者だ。冒険者で言えばA級以上は間違いない。

 正面玄関から通された彼らは、ホールに立ち尽くしていた。

 そこへ図書館の司書のような格好をした少女が階段を降りて来る。
 垂れ目で泣き黒子があり、胸が大きい。ワイシャツの膨らみにボタンが悲鳴を上げていた。

 もう一方の廊下から、遅れて走って来た少女は陽気なステップを踏んで階段を降りる。
 金髪の長い髪にカチューシャの役割を果たすリボンがユラユラ弾んでいた。大胆に臍を出した動き易い服装で、先の少女と比べると絶壁だった。

 合流した2人は【白百合】を見下ろした。

「ふふ、こんな人間達を歓迎するなんて。お兄様は何をお考えなのかしら」

「知ーらない!でもアルバちゃんが言う事は絶対だしぃ」

 滲み出る侮蔑を隠そうともしていない。

「お兄様の準備が整うまで私達が貴方達の相手をするわ」

「まぁ相手っていうのは殺し合うとかじゃないから、そんなに身構えなくて良いよぉ?」

 ニィと歯を見せる金髪の少女は、おどけた調子でケラケラ笑った。

「俺達をどうするつもりだ?」

「……さぁ?お兄様の深甚たるお考えは、私にも分からない時があるわ」

「私はいつも分からないけどぉ、アルバちゃんが間違うなんて今までに無いしぃ」

 愚直とも思える絶対的な信頼と忠誠心。

「リリアスが彼らを玉座の間へ通せって」

「オッケー。じゃ、行こうかぁ」

 2人の少女は踵を返してレティジール達に背を向ける。
 今なら彼女達に不意打ちを喰らわし逃亡を図れるかもしれない。冷酷な魔王と対峙するなど御免だ。

 レティジールの剣を握る手に力が篭る。

「…惰弱な人間が私達に敵うと思っているの?」

 溢れ出た殺意を漏らさず感知した2人の少女はゆっくりと此方を振り向いた。
 穏やかな声に含んだ警告の色に【白百合】は息を止める。

「そのなまくらの刃が届くって、本気で思っている?もしそうだとしたら、どれだけ私達を見縊ってるのかしら」

 気の毒そうに顔を歪めて、ニヤける口元を隠した。

「ダメだよシャルルちん。アルバちゃんが殺して良いって言ってない」
 
「いいえ、お兄様はお優しいもの。人間達が先に私達を襲って来たと言えば仕方の無い事だったと判断して下さるわ」

「えー…でもぉ」

 人差し指を顎に当てて上半身を横に傾けた金髪の少女は、躊躇うように眉を寄せていた。
 垂れ目の少女は溜め息を吐き「冗談よ」とレティジールに嘲笑を向ける。

 あからさまな侮辱に対し、彼は憤慨した。

「イボ野郎が寄越した犬共は随分と躾が出来てないらしいなぁ?」

 金髪が言うには、魔王から殺害の命令は受けていないと言う。ならば少なくとも命は取られない筈だ。

 アンドリューとゼレス、ニナの顔が強張る。今の立場でレティジールが反抗するなど予想外だった。

「今、誰の事言ったのぉ?」

 猫撫で声のような甘ったるい声。
 気付けばレティジールの間合いの内側に金髪の少女が入り込んでいた。目が大きく開き、表情が抜け落ちている。

「イボ?それってデキモノの事だよねぇ?」

 自らが犬と言われた件についてはどうでも良いように、一切触れてこない。

「んー?私耳がおかしくなっちゃったかなぁ。さっきの、まるでアルバちゃんの事を言ってるみたいだったぁ」

 突然、小柄の少女がレティジールの胸ぐらを掴んで捻り上げた。爪先立ちになり驚いた剣聖は、少女の顔を見て血の気が引く。

「ざけんなゴミ野郎ッ!!テメーらが今生きてる事だってアルバちゃんの慈悲なんだよボケがぁ!クソ弱いゴミ共の分際で私のアルバちゃんをつまんねー呼び方すんじゃねぇよッ!アァ!?ンなのテメーの事だろうがこのケツイボがぁッ!あーぁ゛ーー殺す殺す殺す、殺すッ!」

 忠犬の皮を被った狼が牙を剥き出しにした。
 たった一言で彼女の理性は瓦解し、内に秘めた激情が吹き荒れる。
 レティジールは次の瞬間にも殺されると思った。しかし目の前の少女は激しく嚇怒しているだけで手を下そうとはしない。必死になって我慢していた。
 彼女にとって魔王がそれ程までに大きく偉大な存在であるかが汲み取れる。

「ララルカ、その辺にして」

 垂れ目の少女の声がして、罵詈雑言が不意に止まった。

「お兄様をお待たせするなんて出来ないわ」

 納得いかなそうな複雑な顔で、金髪の少女はレティジールを床へ打ち捨てる。

「もう変な事言わないでね?次は我慢出来ないよぉ?」

 彼を見下ろした少女は、甘い声とは裏腹に全く笑っていなかった。レティジールの背筋が寒くなる。
 【白百合】一行は2人の少女の案内に大人しく従う他無かった。

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