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八章 冒険者編

120話 対面

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 見上げる程に大きい扉が左右に開く。
 足を踏み入れたソコは、まさに魔王が鎮座するに相応しい玉座のある大広間だった。

 【白百合ホワイト・リリー】は生唾を飲んだ。奥に何者かが居る。

 玉座に座るのは恐らく魔王だ。
 その横に控えるのは絶世の美女。
 左右には異形の魔物が居る。青白い稲妻を纏う一角馬と、体に電流のような光の線が入ったドラゴンだ。

 馬が足を踏み鳴らす度にバチバチと雷鳴がする。
 ドラゴンがゆったりとした動きで魔王に顔を近付けた。その頬に手を這わせたのはブルクハルトの魔王でーー…。

 レティジール達はそれ以上見ている事が出来なかった。玉座の横に居た絶世の美女と言える女性が、それを許さない雰囲気を醸し出していた。
 身に覚えがないが、此方を敵視している。彼女から発される殺気にナイフで全身を滅多刺しにされる幻覚を見た。

 2人の少女に続いて光が降り注ぐ神々しい玉座へ歩き出す。
 階段下へ到着すると横一列に並ばされた。

「…頭が高いようね?」

 玉座の横に居た女性が厳しい声を発する。

「そだねぇ。ホラ、アルバちゃんの前だし?」

 笑顔の脅迫により、面々はその場に膝を突いた。垂れた首に無言の圧力が掛かる。
 此処にいる全ての魔族の眼が、レティジール達に無礼は許容しないと暗に告げていた。

「遅かったじゃない2人とも」

「私は悪くないよぉ?このオッサンが凄ぉーくシツレーな事言ったからさぁッ!」

「お兄様申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか?」

 垂れ目の少女は先程までと違い、愛嬌が溢れ礼儀を弁えた態度だ。

『ん?平気だよ。案内してくれて有り難うね』

 男の声。妙に聞き覚えのある声が頭上から降ってくる。想像していた声より若く柔らかい。

 2人の少女は花が咲いたように笑って、彼の元へ踵を弾ませた。

『それより、膝なんか突かなくて大丈夫だよ。何たって彼らは僕の恩人なんだから』

 耳を疑ったレティジールは恐る恐る魔王の顔を確認する。この声に、この口調…浮かんだ答えを脳が拒絶した。(そんな筈がない…!)
 脳裏に過った考えを打ち消したくて、答えに手を伸ばす。
 レティジールの視界が彼を捉えた。

 それに気付いた魔王がニッコリ笑って『やぁ』と軽快な声を掛ける。
 ルビーアイの悪魔ーー…。そうユニオール大陸で語られる青年が目を細めて此方を見下ろしていた。

 【白百合】全員に怖気が走る。
 ガタガタと体が震えた。

『僕はアルバラード・ベノン・ディルク・ジルクギール=ブルクハルト。今まで黙っててごめんね。ブルクハルトに着いたら言うつもりだったのだけど…』

 正装に身を包む青年は『タイミングが無くて』と肩を竦めた。

『…気分が悪いのかな?大丈夫かい?』

 身を乗り出して此方を窺ってきた。まるで心配しているような素振り。

「……大丈夫…、です」

 アンドリューが言葉を絞り出す。

『良かった。リリス、場所を移そう。僕は彼らと気軽に話をしたいし、此処からだと少し遠いよ』

「そんな事はありませんアルバ様。彼らと我々の立場を明確にする必要があります」

『うーん…』

 困った様子で頭を捻る青年に、美女は続ける。

「何より彼らは急いでいるようですし、このままで大丈夫かと」

『そっか…長居させるのも悪いもんね。流石リリス』

 納得した青年はそのまま話す事にしたようだ。
 リリスと呼ばれた女性はレティジール達を気遣う発言をしたが、彼らに向ける双眸は冷え切っていた。

『僕とニコをブルクハルトまで無事に送り届けてくれて有り難うね。お陰で凄く有意義な時間を過ごせた』

 ドラゴンが「クルルル」と喉を鳴らす。魔王に甘えて前脚を椅子に掛けた。
 あれが噂に聞く雷神龍の幼獣だろうか。バチバチと跳ねる稲妻が気になって話どころではない。

『僕は荷物持ちしか出来なかったけど、冒険者の大変さを少し分かった気がするよ』

 その瞬間空気が凍り付く。紫紺の瞳をした美女、垂れ目の少女、金髪の少女、周囲で見守っていた竜騎士、メイドに至るまでレティジール達を鋭く睨んでいた。

「へぇ~?アルバちゃんに、荷物持ちさせてたのぉ?」

「氷柱で串刺しにしてあげるわ」

 本人は目をパチクリさせているが、周囲からの威圧が増していく。

『僕は大丈夫だよ。何か役に立ってると思ったら気が楽だったし』

 レティジール達が跪く絨毯に染みが出来る。顎を伝った汗が染みて斑点を作っていた。

『そうそう!そこで考えたのが、アイテムボックスが付与された魔法アイテムを冒険者に配れば、生存率もグンと上がるんじゃないかなって』

 荷物に気を取られる心配もない。持ち運びも便利で重宝するだろう。

『これは魔法アイテムに詳しいシャルにアドバイスを貰ってからの決定になるかなー。…どう?』

「慈悲深いお兄様が非力な冒険者の為にお考えになられた事です。私は全面的に賛成します」

『じゃぁ後はコストと、他の魔王が何て言うかが問題かなぁ。僕の考え付く事は甘過ぎるってオルハは大概反対してくるし』

 通常大金貨数3枚は下らないアイテムボックスが付与された魔法アイテムを配ると言うのだ。
 話を聞いた冒険者がブルクハルトに殺到するのが目に見える。

 更に序列上位のパロマ帝国の魔王を愛称で呼んでいた。まるで気心知れた友人のように。
 これも前情報と違う。パロマ帝国の魔王とは険悪な仲だった筈だ。

「A級以上の冒険者に限定してはどうでしょう?」

『うーん、命を落としやすいのはF~B級だから、そこを除外するのはなぁ…。A級以上だと自分達で買えるだけの金銭は持っているだろうし』

 冷酷な魔王の癖に下級冒険者に心を配る振りをしている。

 ニナは玉座に座る彼を盗み見た。 
 スクォンクなどとんでもない。整った容姿の青年だ。
 異国の衣を着ている時にローブの隙間から見える白い肌に何度か目を奪われたのを思い出す。

 惚けたニナの視線に気付いた黒髪の美女の目の下が痙攣する。噛んだ唇の端から血が滲んだ。

『後は冒険者は厩で寝泊まりする事も多くあるみたいだから、早急に宿屋やホテルの増設に取り掛かりたいかな』

「……アルバ様?アンジェリカを経由なされたとお伺いしましたが、その際何方へ泊まられたのですか?」

『?厩だけどーー…』

 美女の問いに魔王が答えた途端、風が走った。
 金髪の少女が一瞬でレティジール達の目前に行き足技を繰り出す。
 咄嗟に尻餅を突いた事で難を逃れたが、そのまま居たら首が折れていたか、飛んでいた。

「私言ったよねぇ?次は無いって。アルバちゃんを厩で寝かせるってどぉ言う事ぉ?」

『たまたま4人部屋しか空いてなくて、仕方なかったんだ。冒険者じゃよくある事なんだって』

「良くないよぉ。アルバちゃんを馬舎に行かして自分達は快適な宿屋の部屋で寝たの?ふざけてるぅ?私を本気で怒らせたいのかなぁ?」

 地面に尻を突いたレティジール達の顔を笑顔で覗き込む。目尻が下がり、一見すれば愛嬌のある表情だがその裏にある殺意が透けて見えて恐ろしさしか感じない。

『こらこらルカ。レティジール様達を笑顔で脅かしちゃダメだよ』

「…様ぁ?アルバちゃんこんなケツイボに様なんて付ける事無いよぉ」

『ケツ…、。ルカ、人様をそんな風に呼んだら相手が傷付くよ』

「だってこのクソゴミ、アルバちゃんをイボ野郎って言ったんだもんッ!いくらオンコーな私でも我慢出来ないよ!」

 少女が喚いた。

『う、うん…グサリときた…。確かに甘い物を食べ過ぎたせいか、肌荒れしてるかもしれないけど』

 胸を押さえて暗く沈む魔王は非常に女々しく見える。

「殺しましょう」

「それが良いわ。ククルもお腹を空かせているでしょう」

 穏やかな微笑みを浮かべた美女が言った。
 彼女がドラゴンに近付き何事か告げると、深いサファイアを思わせる瞳がレティジール達を捉える。

「ま、待ってくれ…!誤解だッ!」

 死を覚悟したレティジールは叫んだ。

「俺の国でブルクハルトの魔王はスクォンクに似てるって書かれた本があるんだッ!」

『スクォンク…?』

 魔大陸には生息しない弱い魔物だ。案の定、魔王はスクォンクを知らないらしい。

「ユニオール大陸に棲息する脆弱な魔物です」

 美女が捕捉する。

「あんな醜い魔物とお兄様が似てるですって?著者は処刑しなければ」

 口々に物騒な事を口にしていた。

『ま、まぁ…誤解は解けたかな?僕の見た目は普通の魔族でしょ?僕は是非とも君達と友好な関係を築きたいと思ってるんだけど…』

「友好な…関係だと?」

 散々味方を焚き付けておいて、仲良くしたいとは可笑しな話だ。
 魔王は此方が偽物だと気付いている。それは間違いない。でなければ、周囲の漲る殺意の説明がつかない。

 それではいつから?旅の途中で?
 奴は本物の剣聖と接触している。その過程で?
 いや、まさか最初からーー…?

 疑心暗鬼になる。

『多くの人に誤解されてるのだけど、僕は皆が思うほど冷酷じゃない。それは一緒に旅をした仲だから分かってくれる?』

 確かに荷物を持たせようが、厩で寝かせようが文句の一つもなかった。噂通りの人物ならば、殺されていてもおかしくない。
 震えるゼレスが大きく頷いた。すると魔王はホッとして息を吐く。

「仲良くしたいとは、具体的にはどのような…?」

 アンドリューが恐る恐る口を開いた。

『んー?そうだな、偶に城に遊びに来てくれたら嬉しいし、折角だからブルクハルトに来たらギルドでS級へ向けたクエストは積極的に受けてほしいかな』

 『適材適所ってね』と魔王は笑う。
 意図が分からない。レティジール達がS級でない事は見抜いている筈だ。しかし、彼はまだレティジール達を【白百合】として扱っている。

『そうだリリス!湿地で竜騎士が苦戦してるヒュドラの相手をしてもらおうよ!報酬は弾んでさ!』

 イリババ山の向こうに広がる湿地に、近頃ヒュドラが棲み付いていた事を思い出す。

『彼らはS瞬く間に片付けてくれるに違いないよ!冒険者ギルドを介して街に案件を落とした方がお金が回るし、竜騎士は魔物の素材に興味ないもんね』

 明るい調子で魔王が続ける。

『今日は急いでるみたいだし、期間は1ヶ月とかどう?それまでは湿地は立ち入り禁止にして…』

「クス…素晴らしいお考えですアルバ様。彼らはですし、きっと直ぐに対処してくれるでしょう」

 美女はあからさまな嗤笑を漏らした。恐らく、レティジール達では対処出来ない事を確信している。

 魔王は此方の反応を見て遊んでいるのだ。
 
 ヒュドラ討伐という名目で死んで罪を償えと告げている。
 魔王にとっては人間の命など玩具も同然なのだろう。
 人間が生きる為に足掻く様を、ワインでも飲みながら観賞するつもりか。

 彼は適材適所と言った。つまり罪人はヒュドラの毒に塗れて死ぬのがお似合いだと言う事か?

 これは最期のチャンスを与えているのかもしれない。意地があるならヒュドラの討伐をして見せよと。
 冒険者で言えばA級以上の力を持つ竜騎士が苦戦する上位魔物を見事倒して力を証明しろと。(無理だ…)

 レティジール達にその実力はない。

「この性悪…」

 レティジールが毒吐く。(冷酷じゃないだと?)ふざけるな。
 偽りの剣聖を前に無茶難題を言い、反応を楽しんでいるではないか。

「え~?何か言ったぁ?」

 金髪の少女もニヤニヤ笑っていた。

『あ、都合が悪いなら良いよ。無理を言って困らせるつもりじゃないし…』

 随分呆気なく提案を取り下げる。
 魔王はにっこり笑って玉座から立ち上がり、階段を降りてきた。

 生きてきた今までで1番、心臓が早く脈打つのが分かる。動悸が激しい。
 レティジールは降りて来た魔王が目前に来るのをたじたじで見詰める。仲間もその様子を固唾を飲んで見守った。

『じゃ、僕と友達になってくれる?』

 (何だコイツは!)何の隠語だ?トモダチとは何だ。手先になると言う事だろうか。
 一気に冷や汗を流したレティジールは必死に頭を回す。この問いに適切な答えを返せなければ殺される。

 ずっと貴族の息子だと思って馬鹿にしてきた。少しは苦労すれば良いと思い、ありったけの荷物を持たせた。
 (ヤバいヤバい…何て返せば…)高価な指輪を盗もうとし、カーベルを救った奴の手柄を横取りした。

 トモダチになると言えば何が待っているのだ。血濡れの殺戮の晩餐にでも招待されるのか?寧ろ殺しを命じられるかもしれない。
 歯向かう国民の駆逐や処刑を任せるのがトモダチという役柄なのか?

 彼の笑顔に惑わされるな。今まで猫を被っていたのだ。
 相手はあの荒地の災厄と言われるアメリア・メイダールを討ち取った魔王なのだから!

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