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7.【SCOOP】王太子殿下には想い人がいるらしい【殿下付き侍女の取材記録】

5.

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 二十四日目。


(ついに……ついにお父様に会える!)


 王宮勤めを始めてから初めての連休。わたしは大きな戦果と共に、実家への凱旋を予定していた。

 この三週間ほどの間に撮り溜めた念写や、殿下の行動録なんかをリュックサックに詰め込み、意気揚々と城を後にする。重たい荷物とは裏腹に、足取りは軽やかだ。



(ん? あれは……?)


 だけどその時、城の裏門から人目を忍ぶ様にして、一台の馬車が出掛けて行くのが見えた。普段出入りしているものより質素な見た目の、なんだか怪しい馬車だ。


(一体どなたが乗っているんだろう?)


 王城の警備は厳しいし、許可を得ているんだろうってことは分かる。
 それでも、わざわざ裏門から出入りする理由や、質素な馬車を使う理由が分からない。そこはかとなく興味を惹かれつつも、徒歩で馬車をつけるのは難しい。気を取り直して城の正門へと向かった。



 王都は沢山の人で賑わっていた。活気に満ちた市場。国内外から集まった様々な品が並んでいて、見ているだけでワクワクする。

 本当はわたしも一応貴族の端くれだし、あんまり市井を歩くのは良くないんだろう。でも、記者として民衆の生の声を聴くことは何より大事なことだ。城の中でじっとしていても、良い記事は一つも書けやしない。
 ……まあ、これまで一度も記事を採用されたこと、無いんだけどね!

 石畳を歩きながら、辺りを見回す。父は今頃、王都にあるタウンハウスで、わたしの帰りを今か今かと待ちわびているはずだ。


 実は、わたしの出仕に一番反対していたのは父だった。雑誌への寄稿なんて必要ない。細々と事業を続けられればそれで良いからと言って、わたしを実家に留めようとしていた。


(でも、雑誌が売れたらお父様の懐も潤うし)


 親族筋の発売する雑誌を刷っているのがわたしの父だ。雑誌の売り上げが伸びれば、当然父の収入も増える。そうすれば領地の立て直しも容易いし、わたしが結婚する時の持参金にも困らないと思う。良いこと尽くしだ。


(ん?)


 その時、わたしは城を出る時に見かけた、質素な馬車が停まっているのに気づいた。馬車の中は空っぽで、近くには従者らしき人物すら見当たらない。もしかしたら盗られないような魔法が掛けられているのかもしれないけど、不用心な印象は拭えなかった。

『念写』

 なんとなく気になって、馬車を含めた付近の様子を念写する。だけどその時、わたしは視界の端に信じられないものを見つけた。


(殿下⁉)


 町人っぽい服装をしていらっしゃるし、髪型なんかも変えていらっしゃる。だけど、あの煌びやかなオーラに、整った顔、端正な身体つきは間違いない。殿下だ。


(一体こんなところで何をしていらっしゃるのだろう?)


 細心の注意を払いながら、わたしは殿下の後を追った。殿下は人目を避けるようにして裏通りを進んでいく。時折後を振り返るので、ある程度距離を取らなきゃならない。
 生憎わたしには殿下のようなキラキラオーラはないし、めちゃくちゃ自然に町人に溶け込んでいる。殿下が振り返ったところで、ビクッてしなきゃ大丈夫だ。


 やがて殿下は、とあるお屋敷の敷地の中に入っていった。見るからに裏口というか、入り口とも呼べないような隙間。もしかしたら、無理やり抉じ開けたのかもしれない。

 しばらくの間わたしは、少し離れた所から様子を見ていた。だけど、待てど暮らせど殿下の後に続く人間は現れない。本気で護衛をつけていないのかもしれない。


(殿下ったら、護衛も付けずにこんなところで一体なにを? ……っ!)


 その時、わたしの頭に一つの仮説が閃いた。
 質素な馬車。護衛すら付けず、人目を憚るそのご様子。
 もしやこれは……殿下は…………!


(逢引き中なのでは⁉)


 千載一遇の取材チャンス。
 わたしは急ぎ、殿下が使った入り口へと駆け寄る。顔を突っ込んで確認してみても、見張りがいる様子はない。わたしは迷わず、敷地の中へと潜り込んだ。

 入り口から屋敷までは少しばかり距離があった。時間が経ってしまっているため、殿下の姿は見えない。わざわざ裏口を使っているあたり、玄関から屋敷の中に入っている、なんてことはないだろう。だとすれば、屋敷の裏口も存在しているのではなかろうか。


(殿下! 殿下は一体どこにいらっしゃるの!)


 心の中で叫びながら、必死で庭の中を駆け回る。貴族のタウンハウスらしく、随分と趣向を凝らした造りだ。お蔭で身を隠す場所には困らない。

 だけどその時、茂みの中から唐突に手が引っ張られた。そのまま口元を押さえられて、驚きと恐怖で目を見開く。


(何⁉ わたし、見つかっちゃったの⁉)


 逃げなきゃ、と思いつつ、必死に手足をバタつかせる。スクープに目が眩んで、危険を顧みなかった。自分が馬鹿だってことは重々承知だけど、それでも何とかなるって思ってたんだもの!怖くて怖くて堪らない。


「ん~~~~! ん~~~~~~~!」

「マイリー、俺だよ。落ち着いて」


 聞き慣れた声。振り向けばそこには、アスター殿下がいた。人差し指をそっと立て、静かに、と口にする。わたしは更にパニックに陥ってしまった。


(バレた! 殿下を付けてたことがバレてしまった!)


 とてもじゃないけど、落ち着くことなんてできやしない。

 最早これまで。少なくとも侍女はクビだろうし、きっと国内にはいられなくなる。
 この状況を誤魔化すための何十・何百もの言い訳を考えながら、わたしは殿下を見つめる。冷や汗が流れ出し、顔からサッと血の気が引く。
 だけど殿下は、わたしに関心がないらしい。屋敷の一点をじっと見つめながら、神妙な表情を浮かべていた。


「――――見つけた」

「えっ?」


 殿下はそう言って真っ白な紙片を一枚取り出すと、静かに目を瞑った。


(何だろう)


 数秒後、白紙だった紙の上に、何処からともなく文字が浮かび上がった。
 インクとは全然違う。まるで炎が燃え広がるみたいに真っ赤に光り、ややして漆黒に染まっていく。神秘的なその光景に、わたしは目が離せなかった。


『確かに受け取った』

『はい。次も宜しくお願いしますよ、大臣』


 束の間、文字が刻まれていく様子ではなく、その内容の方に目を奪われた。


(えっ? 何? 何なの、これ)


 少しずつ、少しずつ文字が増えていく。それはまるで、今、まさに行われている誰かの会話を、そのまま文字に起こしたかのようだった。


(もしかして)


 殿下はずっと、神妙な面持ちのまま、じっと目を瞑っている。神経を一点に集中し、耳をそばだてているのが見て取れる。


(今まさに、あの屋敷で収賄が行われている⁉)


 今すぐ殿下から状況を聞き出したい。けれど、邪魔になるのが分かっているから、黙って口を噤むしかない。


(もどかしい。もどかし過ぎる)


 胸がバクバクと鳴り響いていた。


『国王が不急の公共工事を減らそうとしている』

『目障りなことだ。前国王はあなた様の傀儡――――言いなりだったというのに』


 その途端、殿下の表情が険しくなる。


(やっぱりこれ、ただの文字じゃない)


 きっと殿下にはこれと同じ内容が聞こえているんだ。


「腹立たしいことだ」


 しばらく経ってから、殿下はそう口にする。眉間に皺を寄せ、鋭い眼差しをした殿下はすごく貴重だ。こんな時に言うのは何だけど、とてもカッコいい。笑顔も良いけど、怒った表情も、物凄く魅力的だった。


「ここまで分かっていて、俺にはあいつらを糾弾する術がない」

「えっ? でも、こんなに証拠が揃っているのに」

「……確かに、奴らの会話はこうして残っている。文字だけでなく、音声を他者に聞かせることも可能だ。
けれど、音声というのは証拠として、とても弱い。言い逃れがいくらでも出来てしまう」


 殿下はそう言ってため息を吐いた。


(そんな……とっても素敵な能力なのに)


 我が国には、魔力を持つ人間は多くいる。だけど、わたしや殿下のような特殊な能力を持つ人は数少ない。

 わたし自身、自分の特別な瞳を気に入っている。だけど、同じかそれ以上に、殿下の耳を羨ましく思う。
 遠くにいる人間の会話を聞き取れて、それをそのままの形で残せるなんて素敵だもの。殿下が悔しそうにしていることを、とても勿体なく思う。


「あの! このまま現場を押さえることはできないんですか?」

「……正面突破は厳しいな。それこそ幾らでも言い逃れができてしまう。
第一、現段階で父上の力は弱い。国は今、有力貴族たちに良いように牛耳られている。糾弾しようにも、重鎮たちから良いように言いくるめられてしまいかねない」

「そう、ですか」


 もどかしさの余り、わたしは唇を噛む。
 いつの間に、国王の力はそんなにも軽んじられていたのだろうか。正直わたしは政治のことに疎いけれど、陛下や殿下を敬っているし、なんだかとっても腹立たしい。


(なんとかしたい)


 その時、一つの案が頭の中に浮かび上がった。


「あの……二人が会話をしている部屋はあそこですか?」

「……? ああ、そうだが」

(カーテンが開いていれば或いは)


 わたしは急いで、近くにある大木に上り始める。


「マイリー?」


 殿下は目を丸くし、小声でわたしの名前を呼んだ。困惑しているらしい。


「殿下は二人の会話に集中していてください」


 口をハクハクと動かし、太くて丈夫な枝にしがみ付く。部屋からは少し遠いけれど、カーテンは開いている上、会話をしている二人の姿もバッチリ見える。


(あっ、ナイスタイミング!)


 見れば、男の片方が大金の入ったアタッシュケースを閉じようとしている所だった。どうやら酒宴に向けて、会場を移そうとしているらしい。

『念写』

 わたしは急いで、己の瞳にその光景を焼き付けた。何枚も何十枚も。

 やがて二人が部屋からいなくなると、するすると木を降りる。胸がドキドキしていた。
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