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一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,11 芽生える疑問
しおりを挟む『私は、あなたを妻として迎えたいのです!』
『まぁ、なんて物知らずな!
貴方はわたくしが何者なのか少しも理解していないのね。
そう言う筋違いな思い入れは誰でもご自分の胸の中に仕舞っている分にはご自由ですけど、決して口に出すべき事ではありませんわ。
貴方がはっきりとそこまでおっしゃった以上、わたくし達の友情は完全に破綻してしまった。何もかも、全て貴方のせいですわ。
大切な友人を無くした悲しみに、今宵わたくしは泣くのでしょう』
『そ、そんな……』
『明日の夜会へのご招待は取り下げさせていただきますわ。
友人でもない方に来ていただくいわれは有りませんもの。
さようなら、もう二度とお目に掛かりません』
辛辣なまでの彼女の言葉に青年は青ざめた顔を引きつらせ、言葉を失っていた。
そして彼女は、呆然と立ち尽くす青年に見向きもせず、静かにその場を立ち去って行った。
────────────
その夜、やはり明彦は中々寝付く事が出来ず、悶々としていた。
一体、彼女は何者なのか?
彼女は一見して先程の青年より、そして明彦よりもずっと若々しく見える。
まだあどけ無ささえ残るあの可愛らしき姿からは、到底あんなにも辛辣で大人びた物言いは想像も出来ない事だった。
自分は彼女の事を何も知らない──そんな当たり前の事実に今更気付く明彦。
どうやら彼女は、ただ美しいだけの普通のお嬢さんではないらしい。
彼女のひと言が、妙に明彦の胸にくすぶる。
『わたくしのような者はね、初対面で一も二も無く承諾するか、或いは命を懸けられても永久に不承諾か、そのどちらかしか無いものなのよ?』
(初対面でも一も二も無く承諾するって……それは昨夜のオペラ座のように?
いきなり初対面の俺を夜会に招待してくれたような、そんな事を言っているのか?)
『貴方って本当に世慣れず、物分かりの無い方ね』
(それは俺にも当てはまる。
大体、普通あの若さでそんなに世慣れるものだろうか……)
確かにあの様な状況であれ程の会話が出来るのだから、その世慣れ振りは大したものだ。
うら若い普通の娘ならあれ程の美青年に愛を乞われ、平然としていられる筈もない。
そして彼女のあの態度は、どう見ても虚勢や背伸びとは思えなかった。
しかし──彼女に対して芽生えたそんな数々の疑問も、結局明彦の明日を期待する心に水を差すには至らなかった。
(くよくよ考えても仕方がない。全ては明日だ。明日こそ俺は正面から向き合うんだ!)
すべては明日──。
明日の夜にはきっと何等かの形で決着が着く。
まんじりとも出来なかった明彦がようやく眠りに就いたのは──時既に侯爵邸での夜会の当日──その早朝の事だった。
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