「あの…お話がございます」妻にそう言われる度に、僕は逃げ続ける

Kouei

文字の大きさ
1 / 6

第1話 恋の始まり

しおりを挟む
「あの…お話がございます」

 朝食中、妻であるラフィーニャが手を膝の上に置き、意を決したように話を切り出す。

「す、すまない、仕事がたまっているんだ。先に失礼する」

 僕は慌ててナプキンで口を拭き、席から立ち上がった。
 もう何度、彼女の言葉からこうして逃げただろう。

「ま、待って下さい! どうしていつもお話を聞いて下さらないのですか!?」

 いつもは『わかりました』と悲し気にうつむきながらも引いた彼女が、今日は声をあげた。そして潤む瞳で僕を見つめる。

 「なぜ…聞いて下さらないの…っ…」

 彼女の緑黄色りょくおうしょくの瞳からポロリと光るモノが落ちた。
 そうだよな…何度も何度も話しを聞かずに逃げ続ければ腹も立つだろう。
 それでも僕は……っ

「……いやだ…っ」

「え?」

「僕は…僕は受け入れられない!」
 
「……そ…んな…っ…」

 僕の言葉に妻の目からとめどなく涙が零れる。
 彼女が何を言いたいか分かっていた。

 
 僕と離縁したいという話だろう。


 君はまだ…兄上の事を忘れられないのか ―――――……



 ◇



 僕はセネック・オルノアス。
 オルノアス伯爵家の次男であるが、後継者でもある。

 それは後継者であった兄ファビオが、婿入りしたからだ。
 相手は侯爵令嬢。
 そして兄上の元婚約者であったラフィーニャは、僕の婚約者となり結婚した。

 たった数行で説明がつく現状。
 それでも詳しく話したいから聞いて欲しい。


 話は少し過去にさかのぼる ――――――



 両親は、嫡男であり後継ぎでもある兄上をいつも優先していた。
 次男の僕は、まさにいつでも二の次だ。

 僕は自由という名の無関心の中で生きてきた。

 けどそれは仕方がない事…と、物心ついた時から理解していたさ。
 時折心の中に寂しさが通り過ぎる時もあったけれど、自分の立場に納得はしていた。

 そんな日々の中、出会ったのがケレス伯爵家の長女ラフィーニャだった。
 その時、僕が12歳、彼女は15歳。

 彼女は兄上と同じ高等学院アカデミー同級生クラスメート
 他の友人たちと一緒に遊びに来た時に出会った。

「初めまして、ラフィーニャ・ケレスと申します」

 彼女は子供に接するように、腰をかがめて僕に挨拶をした。
 彼女より僕の背は、ずっと低かったから。
 まるで幼い子供に対するその仕草に腹が立ち、僕は何も言わずに立ち去った。
 こんな行動が一層自分の未熟さを思い知らせる。
 僕は自分の茶褐色の髪をかき上げながら、溜息をついた。

 後で兄上にこっぴどく叱られたけど…

 悔しかったんだ、恥ずかしかったんだ。
 あんなきれいな女性ひとに子供扱いされた事が。

 かがんだ時に、彼女の銀色の髪がサラリと揺れ、深い緑黄色りょくおうしょくの瞳が僕を見つめ、薄紅色うすべにいろの唇が言葉を紡ぎ、金木犀の香りが僕の鼻をくすぐった。

 そんな彼女に、見られたくなかった。
 赤くなったであろう僕の顔を。

 それから時々、他の友人たちと一緒に遊びにくるようになったラフィーニャ。
 いつも僕に声をかけてくれるけど、会釈をしてその場を立ち去るのが常だった。
 そんな彼女の大人の対応が、余計に僕の心をかたくなにさせた。

 彼女を前にすると心が落ち着かない。
 体温が上がる。
 言葉が出ない。

 唯一できたのは彼女が帰る時、窓から見送る事だけだった…


 初めてまともに彼女と話すようになったのは、兄上の誕生日パーティー。

 実は一日違いで、翌日が僕の13歳の誕生日でもあった。
 けれど、いつも兄上の誕生日とまとめてパーティーは開かれた。
 一緒にお祝いされるけど、主役はいつも兄上。

 そんな光景を友達にみられるのはしゃくだから、誕生日パーティーに招待した事はなかった。

 今年もついでの誕生日を過ごさなければならないのは気が重かった。
 そう思っていたのに……

「お誕生日おめでとうございます。セネック様」

 ラフィーニャがリボンをかけたプレゼントを僕に差し出した。

「え?」

「ファビオ様にお聞きしました、明日がお誕生日と。気に入って下さるとよろしいのですが…」

「……っ」

 僕は戸惑いながら、ラフィーニャの手からプレゼントを受け取る。

 彼女とまともに話すのはこれが初めてだった。
 
 いつも…彼女に見つめられると顔が熱くなって、うまく話せない。
 だから今も、口籠くちごもり言葉が出なかった。

 僕は無言のままリボンを解き、包装紙を広げるとそこにはクラヴァットとその色い合わせたピンが入っていた。

 通常、クラヴァットは大人の男性によくプレゼントされるアイテムだ。
 実際身に付けるのは成人してから。
 まだ少し早いけど…なんだか大人として扱われた気がして嬉しくなった。

「これ…」

「セネック様のセピア色の瞳に合わせたんです。将来いくつあっても邪魔にはならないと思って、あ、でも、無理にお使いにならなくても丈夫ですからっ 好みってありますものねっ 私ったら…っ」

 僕が黙っていたから気に入らないと思ったらしい。
 いつも何も言わずに避けていた僕なのに、彼女は僕のためにこのプレゼントを選んでくれたんだ。

 彼女にお礼を言いたい。
 きちんと彼女と向き合いたい。

「…ありがとうございます、とても嬉しいです。あと…ずっときちんと挨拶もせずにいて、ごめんなさい」

 僕はクラヴァットを胸に抱き、お礼を言い、謝罪した。
 やっと伝えられた。

 僕の言葉にラフィーニャは一瞬目を見開くと、嬉しそうに微笑んでくれた。

 この時、自分の想いを自覚した。
 もうとっくに君を好きになっていた事に。



 けれど…この先、兄上とラフィーニャが婚約するなどとは思いもしなかった ――――――…

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の婚約者は失恋の痛手を抱えています。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
幼馴染の少女に失恋したばかりのケインと「学園卒業まで婚約していることは秘密にする」という条件で婚約したリンジー。当初は互いに恋愛感情はなかったが、一年の交際を経て二人の距離は縮まりつつあった。 予定より早いけど婚約を公表しようと言い出したケインに、失恋の傷はすっかり癒えたのだと嬉しくなったリンジーだったが、その矢先、彼の初恋の相手である幼馴染ミーナがケインの前に現れる。

初恋のひとに告白を言いふらされて学園中の笑い者にされましたが、大人のつまはじきの方が遥かに恐ろしいことを彼が教えてくれました

3333(トリささみ)
恋愛
「あなたのことが、あの時からずっと好きでした。よろしければわたくしと、お付き合いしていただけませんか?」 男爵令嬢だが何不自由なく平和に暮らしていたアリサの日常は、その告白により崩れ去った。 初恋の相手であるレオナルドは、彼女の告白を陰湿になじるだけでなく、通っていた貴族学園に言いふらした。 その結果、全校生徒の笑い者にされたアリサは悲嘆し、絶望の底に突き落とされた。 しかしそれからすぐ『本物のつまはじき』を知ることになる。 社会的な孤立をメインに書いているので読む人によっては抵抗があるかもしれません。 一人称視点と三人称視点が交じっていて読みにくいところがあります。

【完結】救ってくれたのはあなたでした

ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。 アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。 ようやくこの家から解放されるのね。 良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。 そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ

猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。 そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。 たった一つボタンを掛け違えてしまったために、 最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。 主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません

天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。 ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。 屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。 家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

貴方でなくても良いのです。

豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

処理中です...