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第12話  君がいないグリフォンド家

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 ※12話から最終話まで、モートン視点になります。



 ◇◇◇◇



「タラをモートンの愛妾にする。結婚して一年過ぎても妊娠の兆候がないのだから仕方あるまい」

 家に帰る早々、話があるからリサーリアとすぐに来いと呼び出され、父から言われた言葉。
 本当は朝、事前にリサーリアに話したかったけれど、体調が悪く布団から出られない彼女に話せる状況でもなかった。

 この話は前夜、父に言われてとりあえず了承した。
 そうしなければ、リサーリアをこの屋敷から追い出すと脅されたからだ。

 ここ数年、父の代わりに領地の経営や予算管理、施設の修繕手配その他ほとんどの仕事を僕がになっていた。

 それでもこの屋敷での権限は、現当主である父が持っている。
 リサーリアを追い出すと言われたら、抗うすべがない。

 だからとりあえずタラを愛妾にする事を了承した。
 あくまで形だけだ。
 本当にタラを愛妾にする気も、子を儲けるつもりも毛頭ない。

 僕の妻はリサーリアだけだ!
 
 話を終えると、僕だけ部屋に残された。
 早くリサーリアと話がしたいのに…

「タラと早く跡継ぎを作れ」と急き立てる父のくだらない話を延々聞かされた。

 やっと話が終わり、部屋に戻るとリサーリアの姿がなかった。

 代わりに机の上に、一通の手紙が置かれていた。

 宛名は僕。
 少し右上がりの文字は、リサーリアの筆跡だ。

 嫌な予感しかしなかった。

 開けるのもまどろっこしく乱暴に封を切り、急いで中身を取り出した。

「そ…んな…リサーリア!!」

 僕は部屋を飛び出し、二人でよく夕日を見に行ったあの場所へ駆け出した。

 空が夜にゆっくり移り変わろうとしている切岸には、僕がプレゼントした靴が揃えられていた。


「う、嘘だ…リサーリア! リサーリア―――――ッ!!!」


 答えるはずもない海に向かい、僕は愛する人の名を叫び続けた…



 ◇◇◇◇



 すぐに自警団を呼び捜索に当たらせたが、全てが波に呑み込まれリサーリアの痕跡は何一つ見つからなかった。


「何と恥さらしな!」

「病死として葬儀を出すしかないわ」

 両親の言葉には怒りしかなかったが、リサーリアがいなくなってしまったという現実に僕は腑抜け状態になっていた。

 自殺では教会で葬儀をあげられないので父は自警団に金を握らせ捜査内容を隠蔽し、後日簡単な葬儀を執り行ったらしい。

 けれど僕はリサーリアの死が受け入れられず、葬儀には参列しなかった。

 そして一人、リサーリアと過ごした部屋に佇んでいた。

 ここには君と過ごした思い出がたくさん残っている。

「このソファに座って、いろんな話をしたよな」

 ポケットから取り出したハンカチを見て、彼女の言葉を思い出す。

『今、このブーゲンビリアのデザインであなたのハンカチを作っているの』

「リサーリア…」

 僕はハンカチを握り締めた両手を祈るように額に当てた。

『刺繍は母に教えてもらったのよ』
『この裁縫道具は母の形見なの』

「…!」

 僕はある事に気が付き、部屋中を探したがどこにも見つからなかった。

「裁縫箱がない…」

 母親の形見という裁縫道具が。

 海にはリサーリアの痕跡は何一つ見つかっていなかった。
 全て波にさらわれたのかもしれない。
 だが…

 さらにクローゼットの中、宝石箱の中を見るとなくなっているものがある事に気がついた。
 旅行用の鞄にいくつかの宝石類がない。
 上等な生地で仕立てた洋服も数着なくなっていた。

「……全く、君って人は…」

 僕は苦笑するしかなかった。



 ◇◇◇◇



「ずっと部屋に閉じ籠っていたかと思えば、急にわしたちを呼び出して何のつもりだ」

 そこには父ととタラがいた。

「リサーリアの葬儀も終わった事だし、ほとぼりがさめたらさっさとタラと跡継ぎを作れ」

 当然のように命令する父。

「タラを愛妾に迎えるとは言いましたが、タラと跡継ぎを作るとは言っておりません」

 そんな父に僕は反論した。

「な…っ おまえっ! そんな屁理屈が通ると思って居るのか!」

「僕がタラを愛妾にする事を受けたのは、そうしなければリサーリアを追い出すと父上が言ったからです。彼女はこの家を追い出されたら行くところなどありませんし、何より僕の妻は彼女だけです。なのに、彼女はいなくなってしまった。ならば、父上との約束も無効です」

「モートン!」

 バンッ!!

 青筋を浮き立たせ、怒鳴りながら机を叩く父。

「そんなに跡継ぎが欲しければ、父上がタラを愛妾にして跡継ぎを儲ければいいでしょう」

「モートン様! そんな…!」
 タラは青い顔をして、拒否していた。

「けど、そうしたくてもあなたにはできない。なぜならあなたは跡継ぎを作れないから」

「! …おまえ…まさか…っ」

 僕が思いもしない事を言い出し、驚いている父。

「昔、高熱で三日三晩寝込んだ事があるらしいですね。その後、熱は引いたけれど医師からは“今後お子さんを儲けることはできないでしょう”と、そう言われたのですよね?」

「ど…どうしてそれを…」

 こんなに狼狽する父を見るのは初めてだ。
 男としての能力がない事を暴露され、さぞプライドが傷ついた事だろう。

「だから、あなた方二人の息子が亡くなった時に、僕が必要だった。あなたの血を引く息子は僕だけだったから。はした金を握らせ追い出したメイドの女の血を引いていても…。ですよね、

 義母は伝説の魔物クランプスのような顔をしながら、ブルブル震えていた。
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