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13 忘れられない
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あれからどのぐらい経ったのだろうか。
もう夜遊びはしていない。
あの夜から何をするにも気力が湧かなくなっていた。これで良かったんだ。そう思うのに心が痛い。
気を抜くとすぐに彼の顔が頭をよぎる。
また今夜も嵐だった。窓の外は豪雨で空は真っ黒だ。本当に最近天気悪いな…。やっぱり雷の日は苦手だ。
「ひどい雨だな」
「お帰りなさい」
グレイさんはこの天気のためか、今夜は早く帰ってきた。勿論ちゃんと夕食の準備はしている。
俺は彼にタオルを手渡すと、お風呂に入るように勧めた。
その間に鍋に作っておいたシチューを火にかけた。コンロの火がゆらゆら揺れる。
あれ…だめだなんか頭がぼーっとする。いけない。いけない。
最近こういうことが多い気がする。寝不足だからだろうか。
主人はお風呂からあがるとシチューを無言で食べ始めた。一緒に食事を摂ることはもう許されていない。
「酒」
「はいっ」
酒は確か戸棚の上だった気がする。
やはりキッチンの一番高い戸棚の上にそれはあった。なんであんなところに…。
俺じゃ背が低くて届かないから、仕方なく脚立を持ってきた。なんかグラグラするけど仕方ない。早くもっていかないと主人の機嫌が悪くなるし。
ガタッ。
不安定な足場の中、俺は脚立に登って手を伸ばした。
ん…届かない。
もう少しだ。指先を伸ばせば…届くかも…?
あ、やった。うまく引き出すことに成功した。指先にひんやりとした酒瓶の硬い感触がする。
あとはこのままこっちに倒して…っと。
「わっ…っ」
しかしその瞬間、クラリと目の前が霞んだ。やばい…落ちる。
そう思ったときにはもうすでに遅く、カシャンと酒瓶が割れる音と俺が地面に頭をぶつける音がリビングに響いた。
やばい。起き上がると床には瓶の破片が散らばっており、アルコールのきつい匂いがした。
どうしよう早く代わりのお酒を買いに行かない…と。
「おい」
「ぁ…あ…」
背後から低い声がして振り返る。するとそこにはグレイさんが立っていた。
「ご、ごめんなさい…す、すぐに…っっ」
…。カシャンッ。カシャン。
彼は酒をだめにしたことに腹を立て、コップを投げつけ怒鳴り散らした。
「このクズが!よくも貴重な酒を…」
「ごめんなさいすぐに新しいものを買ってきま…」
「俺の金だろ?!」
「誰のおかげでお前は生きていけると思ってんだよ!」
「ゴミが。使えねぇなら殺してやるからなこの奴隷が」
彼は俺をリビングに引きずり出すと、そう言って何度も殴りつけた。
机が倒れてガラスが散らばって。カーペットもぐじゃぐじゃだ。シチューの鍋も床にこぼれている。
あぁ片付け大変だろうな…。
「もっと役に立てよこの糞が!ほら立てよ」
彼の言っていることは正しい。ボロボロの俺を拾ってくれたのはグレイさんだし、そのおかげで今、食事をとれるし服だって着れる。人間に必要な最低限の生活ができる。
俺がやらかさなければ彼はとても優しいんだ。俺が悪い。
「ごめんなさいっごめんなさいっ…」
やり返してはいけない。不公平でいい。理不尽でいい。奴隷にとってはそれが当たり前なんだから。普通なんて求めちゃいけない。
彼に殴られているとき、俺はいつもそれを自分に言い聞かせた。じゃないと逃げたくなるから…。
『ライア』
その時、なぜかわからないけどヴィルの声を思い出した。
『好き』
『ライア』
…。
…。
そういえば前…寝不足の俺を気遣って一緒に添い寝してくれたことあったっけ。
楽しそうにデートに誘っていたのも思い出した。
そして
『最低だね』
傷ついた顔をしたヴィルの姿が浮かぶ。
俺って本当に最低だな。
せっかく良くしてくれる主人を怒らせ、不快にさせ、こうやってサンドバックになるぐらいしか役目を果たせない。そして優しくしてくれたヴィルを傷つけた。
ヴィル…。なんでいつも彼のことを考えてしまうんだろう。
もう夜遊びはしていない。
あの夜から何をするにも気力が湧かなくなっていた。これで良かったんだ。そう思うのに心が痛い。
気を抜くとすぐに彼の顔が頭をよぎる。
また今夜も嵐だった。窓の外は豪雨で空は真っ黒だ。本当に最近天気悪いな…。やっぱり雷の日は苦手だ。
「ひどい雨だな」
「お帰りなさい」
グレイさんはこの天気のためか、今夜は早く帰ってきた。勿論ちゃんと夕食の準備はしている。
俺は彼にタオルを手渡すと、お風呂に入るように勧めた。
その間に鍋に作っておいたシチューを火にかけた。コンロの火がゆらゆら揺れる。
あれ…だめだなんか頭がぼーっとする。いけない。いけない。
最近こういうことが多い気がする。寝不足だからだろうか。
主人はお風呂からあがるとシチューを無言で食べ始めた。一緒に食事を摂ることはもう許されていない。
「酒」
「はいっ」
酒は確か戸棚の上だった気がする。
やはりキッチンの一番高い戸棚の上にそれはあった。なんであんなところに…。
俺じゃ背が低くて届かないから、仕方なく脚立を持ってきた。なんかグラグラするけど仕方ない。早くもっていかないと主人の機嫌が悪くなるし。
ガタッ。
不安定な足場の中、俺は脚立に登って手を伸ばした。
ん…届かない。
もう少しだ。指先を伸ばせば…届くかも…?
あ、やった。うまく引き出すことに成功した。指先にひんやりとした酒瓶の硬い感触がする。
あとはこのままこっちに倒して…っと。
「わっ…っ」
しかしその瞬間、クラリと目の前が霞んだ。やばい…落ちる。
そう思ったときにはもうすでに遅く、カシャンと酒瓶が割れる音と俺が地面に頭をぶつける音がリビングに響いた。
やばい。起き上がると床には瓶の破片が散らばっており、アルコールのきつい匂いがした。
どうしよう早く代わりのお酒を買いに行かない…と。
「おい」
「ぁ…あ…」
背後から低い声がして振り返る。するとそこにはグレイさんが立っていた。
「ご、ごめんなさい…す、すぐに…っっ」
…。カシャンッ。カシャン。
彼は酒をだめにしたことに腹を立て、コップを投げつけ怒鳴り散らした。
「このクズが!よくも貴重な酒を…」
「ごめんなさいすぐに新しいものを買ってきま…」
「俺の金だろ?!」
「誰のおかげでお前は生きていけると思ってんだよ!」
「ゴミが。使えねぇなら殺してやるからなこの奴隷が」
彼は俺をリビングに引きずり出すと、そう言って何度も殴りつけた。
机が倒れてガラスが散らばって。カーペットもぐじゃぐじゃだ。シチューの鍋も床にこぼれている。
あぁ片付け大変だろうな…。
「もっと役に立てよこの糞が!ほら立てよ」
彼の言っていることは正しい。ボロボロの俺を拾ってくれたのはグレイさんだし、そのおかげで今、食事をとれるし服だって着れる。人間に必要な最低限の生活ができる。
俺がやらかさなければ彼はとても優しいんだ。俺が悪い。
「ごめんなさいっごめんなさいっ…」
やり返してはいけない。不公平でいい。理不尽でいい。奴隷にとってはそれが当たり前なんだから。普通なんて求めちゃいけない。
彼に殴られているとき、俺はいつもそれを自分に言い聞かせた。じゃないと逃げたくなるから…。
『ライア』
その時、なぜかわからないけどヴィルの声を思い出した。
『好き』
『ライア』
…。
…。
そういえば前…寝不足の俺を気遣って一緒に添い寝してくれたことあったっけ。
楽しそうにデートに誘っていたのも思い出した。
そして
『最低だね』
傷ついた顔をしたヴィルの姿が浮かぶ。
俺って本当に最低だな。
せっかく良くしてくれる主人を怒らせ、不快にさせ、こうやってサンドバックになるぐらいしか役目を果たせない。そして優しくしてくれたヴィルを傷つけた。
ヴィル…。なんでいつも彼のことを考えてしまうんだろう。
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