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 フェリシアはマーサに紅茶を出すと、それと一緒に店からお菓子を持ってきた。

 色々と貰った中で割とたくさん入っていたクッキーの箱をチョイスすると、マーサは嬉しそうに笑っていた。

 「いやー、さすがフェリ。うん、信じていたわ。昔からよく、おじいちゃんおばあちゃんにお菓子をもらうタイプだったけど、筋金入りと言うか、天然と言うか…」

 「お薬の値段を少しまけてあげるくらいしか出来ないのに…みんな普通に支払ってくれるし、お菓子まで持ってきてくれるよ?」

 「フェリ。フェリの薬は正直に言って、安すぎるくらいだよ? こんなに効き目があるのに体に優しいし、精霊術師並みにすごいのに」

 マーサは紅茶を味わい、クッキーを味わってふにゃりと顔を緩めた。

 「はぁ、美味しい。これ、どこの?」

 「えーと、確か…首都で修業してきた菓子職人さんが出店したビスケット専門店、『ロガーシュ・ビスケ』のソフトビスケットのコーナーに陳列されていたクッキーの詰め合わせセット…と言っていたような」

 「ヒュー。うちのレティも最近出店してきたロガーシュ・ビスケの3号店! 首都にもできたけど、そこのお菓子をうちのママンに買ってもらうとすごい喜んじゃって、今じゃあその店のファンなのよ」

 フェリシアも席について紅茶を一口飲み、フフッと笑った。

 「レティちゃん、写真で見たけど大きくなったね」

 「うん、そう。でも、この調子だと、『紹介したい人がいるの』って恋人を連れてきてダーリンが卒倒する日も、そう遠くないかもって思っちゃうかな」

 マーサはのんびりとそう言ってもう一つクッキーをつまんだ。

 「ん~、サクッとして軽い口当たりと、いくらでも食べられちゃいそうな絶妙な砂糖の加減が最高ね」

 フェリシアはポリッと一口小さく食べ、紅茶を啜った。

 「マーサ。ごめん…子供の話題、これ以上はちょっと辛い…」

 「…っ、あ、ごめんね。あたしったら、ホント…気が回らないって言うか」

 「ううん。カミルさんが記憶をなくす前だったら、二人で一緒に孤児院を見に行って、うちによさそうな子がいたら引き取って育てようかって話もしていたから、全然よかったんだけど…」

 フェリシアは椅子の上で膝を抱えると、俯いた。

 「マーサの前だと気が緩んじゃうせいかな? 涙がにじんできちゃった」

 マーサは立ち上がってカップを置き、フェリシアの傍に膝をついた。

 「大丈夫?」

 「全然大丈夫じゃないけど、私は大丈夫。本当はもっと早くに『眠る』はずだったんだけど、気まぐれにそうしたら、全然だめになっちゃっただけの話だもん。けど、やっぱり辛いな…」

 ポロポロと涙が流れ落ちながらも気丈に笑うフェリシアを見ながらマーサは優しくその背を撫でた。

 「うん、大丈夫。大丈夫だからね」

 「マーサ…私、どうすればよかったのかな? カミルさんが記憶喪失になって、離婚すればカミルさんのためになったのかな? でも、でもね。私…カミルさん以外の人なんてもう、愛せないよ。大好きなんだよ? カミルさんが大好きで、大好きでたまらないんだよ? だから、無理を言って傍にいさせてもらって…でも、カミルさんと全然一緒にいられなくて寂しくて、辛くて…苦しいよ」

 フェリシアは我が身を抱えて目を閉じた。

 「前みたいに…カミルさんの笑顔が見たいよ……。私のために笑ってほしいし、他の人なんて見てほしくないし、尽くすこと以外に何もしてあげられないけど、でも、他の誰でもなく、私のことを見てほしいよ…!」

 マーサは表情が崩れてきて、涙の量が増えてきたフェリシアをそっと抱きしめてやると、彼女は声を上げて泣き出した。

 「フェリ…」


 「ううっ、…前みたいに戻りたいよ。……もっと、もっと傍にいたい……目が覚めて一人きりだなんて…耐えきれないよ。一人ぼっちは嫌だよ…」


 胸の内に溜まった澱を吐き出すように泣きながらそう呟いたフェリシアの背中をあやすように優しくトントンと叩いてやりながらマーサは何度も頷いて相槌を打った。

 「このマーサ様が来たからにはもう大丈夫だからね、フェリ。たっぷり泣いて、抱えてきたものを全部吐き出していいんだから」

 フェリシアはコクコクと何度も頷き、そして胸を絞るような嗚咽をしばらく漏らしていた。



     ☆



 「ただいま…」

 定例会議を終えて疲れ切った顔でカミルが帰宅すると、いつものように出迎えてくれるフェリシアの姿はなく、彼は少しだけ苦い笑みを浮かべた。
 ただ、視線を落とすと、来客があるのか見慣れない靴が綺麗にそろえられて置かれており、それが女性ものであることに気が付いてホッとする。
 しかしながら、それもつかの間。妙に落ち着かない気分でリビングに向かった。

 「フェリシア? いないのか?」

 か細い声でそう声を掛けた途端、気配を感じて咄嗟に飛びのくと、先ほどまで頭があった部分に握り拳が突き出されていた。

 「静かにして。眠っているんだから」

 誰が? と思ったが、カミルは息をのんだ。
 フェリシアが涙の痕の残る顔で穏やかに眠っており、だが、カミルがフェリシアを寝ぼけて引き倒した時並みに安心しきった顔をしていた。

 「って、マーサ?」

 「あら、あたしのことは忘れていなかったんだ?」

 「あたしのことは、って、別に10年以上も前からのつるみだからな」

 「まあ、よかったわ。あたしとベンのことまで忘れていたらマジでぶっ殺していたところだから。――それにしても、フェリのことどうするつもり?」

 マーサは不思議そうな顔をしている幼馴染を見上げながら怪訝そうに顔をひきつらせた。

 「フェリシアのこと、離婚するの? それとも、もう少し関係を続けるの?」

 「…よくわからないから、知ろうと思って色々と調べている。彼女の生い立ちとか、どうして結婚したのかとか。けど、あまりよくわからない」

 カミルはそう言うと、手前側にあった冷めきった紅茶を飲み干した。

 「あ、それ、フェリの飲みかけ」

 マーサがそう言った瞬間、カミルはむせかえったがもう飲み干してしまった後だった。

 「まあ、当人がこんな感じだし、いいんじゃない? せっかく淹れたのにもったいないでしょ?」

 「それはそうなのだが…」

 マーサはひらひらと手を振った。

 「そんなに知りたいなら、一緒に出掛けてみればいいんじゃない? カミルに誘われたら、フェリは喜ぶと思うわよ。思い出の場所に連れて行ってほしいっていうのよ? それも、『夫婦の思い出の場所』に」

 「…そう、だな」

 カミルはフェリシアをとりあえずベッドに寝かせてやろうと手を伸ばしたが、マーサに首を横に振られた。

 「動かさないで上げて。疲れているみたいだし。…それにしても、あんたさぁ、どんだけフェリにストレスを掛けているわけ? もっと気遣ってやりなさいよ。――次、泣かせたら命がないと思いなさい」

 「彼女と…友達なのか」

 「親友よ。あんたは忘れているけど、あたしがあんたにこの子を紹介したんだから。しゃーないから、あたしが代わりに晩御飯くらいは作ってあげるけど、風呂掃除と洗濯は自分でしなさい」

 「わ、わかっている」

 カミルが少し意地になって言い返したので、マーサは呆れ顔を浮かべていた。

 「それが終わったら帰るから、フェリによろしくね」

 「帰るって…あんたの実家は首都じゃないか」

 「今日はホテルに泊まっているのよ。ったく、ちゃんと嫁を労わりなさいな。あんたが思っている以上にフェリシアだって頑張っているんだから」

 マーサは約束通り料理を作ってすぐに帰っていったが、カミルは風呂掃除だけでギブアップし、洗濯は明日やるから置いておいてくれというメモを残して夕食を取り、ベッドに倒れこんで眠りに落ちて行ったのだった。

 そして、フェリシアも朝まで眠っていた。

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