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第409話 ノアの弱点?
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「ノア様?」
「ん? いやいやこれ置いて逃げるのは勿体ないでしょ。アリス、印つけた所の床ぶち抜いてくれる?」
そう言ってノアは足元を指さす。それを見たアリスはコクリと頷いて何の躊躇いもなく思い切り床を踏み抜いた。鉛筆で書かれた全ての印がアリスによって踏み抜かれた途端、ノアはアリスの腕を引っ張って抱き寄せると、それと同時に床が大きな音を立てて抜ける。
「……ここはラウンジか」
「うん。ここなら大きな家具も無いし大丈夫かなって思って。さて、それじゃあ屋敷に火を放った犯人を探そうか」
そう言ってニコッと笑ったノアを見て、ゾルがゴクリと息を呑む。ノアのこの笑顔は騎士団では魔王の微笑みと言われていて有名だからだ。
「けれど一体誰が? ここにはレヴィウスとルーデリアの騎士しか居ないはずだ」
「そうだね。でもアメリアの信者は世界中のどこにでも居たみたいだから、騎士団の中にも一人や二人は今もあちら側の人間が居るのかも。アリス、キリ、聞き込み開始するよ」
「うん!」
「はい」
ノアの言葉にアリスとキリが床に開いた穴から飛び降りて駆けていく。そんな二人の後ろ姿をゾルがただ呆然として見ていると、脇腹をノアに肘で突かれた。
「ゾルさん、これは戦争だから。どこに敵が居て誰が味方か分からない。騎士団にもアメリアの崇拝者が居ても何もおかしくない」
「そう……ですね。俺たちも行きますか」
「うん、と言いたい所だけど僕はここで待ってるよ。皆が行ってる隙にここの物を持ち出されたら困るしね」
「確かに。それではお願いします」
ゾルはそれだけ言って冷たい顔をしてアリス達の後を追った。裏切ったり裏切られたりはゾルが一番許せない事だ。
アリスは途中でキリと別れて屋敷の二階に駆け上がった。突然の火事に驚いたのか、屋敷内では騎士たちが右往左往している。そんな騎士たちを見てアリスは大声で怒鳴った。
「慌てるのは後! 火を消すのが先! 者共、かかれ!」
アリスが叫ぶとようやく騎士たちはハッとした顔をして動き出した。ゾルがアリス達と一緒に居たので咄嗟に動けなかったのかもしれないが、いざという時にそれでは困るのだ。
アリスは火の元を探しに寝室に向かうと、寝室のドアの前で騎士たちがドアを開けるべきかどうかを悩んでいた。
「待て! 『ばっくどらふと』という現象が起きるかもしれん!」
「で、ですが! 開けないことには火は消せません!」
騎士たちは以前アリスに受けた講習を思い出していつまでもドアを開くことが出来ないでいた。あの時アリスは完全に火から身を守るためにドラゴンの革で作った防護服に身を包み、自らその恐ろしさを教えてくれたのだ。一瞬で火だるまになったアリスを今思い出しても震える。
「大丈夫だよ! 兄さまが先に窓開けてたから!」
震える騎士団の脇をすり抜けながらアリスがドアノブに手をかけると、まだ怯えている騎士団の一人がそんなアリスを止めた。
「ま、待ってください! では『ふらっしゅおーばー』が起きるかも!」
「ないない! 寝室で窓も開いててヤバいガス出そうな物無かったから! それに煙の量からしてそこまでの火じゃないよ。多分、本当の火事じゃないんじゃないかな」
不安がる騎士団の制止を振り切ってアリスがドアを開けると、そこは火の海……になどなっておらず、アリスの言う通り煙だけが部屋の中に充満していた。
「火元はあれだね。よっと」
アリスは口元を抑えて煙を吸い込まないように気をつけながら寝室に入ると、鉄製のバケツの中で燃える藁と薪に持ってきていた水をかけた。
「はい、完了っと! 多分下の火事もこんなだと思うから見てきてくれる?」
「は、はい!」
アリスの言葉に騎士たちは急いで部屋から飛び出した。燃えていたのがただの藁と薪だと分かって一安心である。
「ふむ……わざわざ藁と薪まで持ってきて何が目的だったんだろ……」
アリスが呟いたその時、下からボウガンの矢が何かに刺さる音がした。その後も続けて二発。ノアだ。
「兄さま!」
アリスはその音を聞くなりノアが先程降りてきたドアから下に降りてこっそり覗くと、狭い部屋の中でノアが何かにまたがって意地悪く微笑んでいる。
ノアの視線を辿るとそこには騎士団の制服を床に縫い止められて身動きが取れない一人の青年が青い顔をしてノアを見上げていた。
「こ、こんな狭い所で至近距離でそんなもの撃つなんて……」
「まぁ手っ取り早いからね。で、所属と名前は?」
青年はレヴィウスの制服を着ていた。セイが居ないのでノアにはこれが誰だかさっぱり分からない。
「だ、誰が名乗るか! 殺すなら殺せ! どうせ俺は――うぐっ」
「残念だけど、何も喋らずに簡単に死ねるだなんて思わないでね?」
ノアは青年の口の中にボウガンの矢を咥えさせてニコッと笑った。少しでも騒げば磨き上げられた矢で口の中が切れる事がわかっているのか、青年は真っ青な顔をしてノアを凝視している。
「僕はアリスと違って短気なんだよね。口を割らないならそれでもいいけど、頭は確実に吹っ飛ぶと思っておいてね」
言いながらノアは真顔で矢をギリギリ引っ張ると、青年は何か言いたげに視線を送ってきた。
「なに? 名乗る気になった?」
怯えた様子の青年の口から矢を外したノアが言うと、突然青年は泣き出し、何故か自分の生い立ちなど話しだす。
「――だ、だから俺は……俺は仕方なく! 妹を助ける為に……! わかるはずだ! 同じ妹を持つ兄として、妹の幸せが一番だと! だから俺は妹を守るために!」
青年はノアの事を知っていた。噂に聞くバセット家のノアは正真正銘の悪魔なのだと。
けれどそんな悪魔にも弱点はある。それは妹の存在だ。彼は妹を溺愛していて、その妹を守るためなら何でもすると言われていた。青年には奇しくも妹が居た。もうよそに嫁いでしまったので、ここで多少の嘘をついてもノアには調べようがない。
青年は涙を零しながら掠れた声で一生懸命ノアに伝えた。悪魔の弱点、妹の話を使って。
やがて青年が全てを話し終えた時、ノアはもう一度ニコッと笑った。
「20点」
「は?」
「君のお話の点数だよ。おまけして20点。そんなお粗末なシナリオを持ってこられたら僕なら秒で追い出すレベル」
「……うぐっ!?」
青年は一瞬ノアが何を言っているのかが分らなかったが、そんな青年の胸をノアは勢いよく踏みつけた。突然の衝撃に胸に鋭い痛みが走り、その直後盛大に咽る。
「そもそも僕のアリスと君の妹を同列に考えないでほしいな。僕のアリスは僕が守らなくても十分一人で生きていけるし、もしアリスが君の妹みたいに弱い存在だったら、僕はさっさと捨ててるよ。僕の人生は僕のものだ。誰かの為に生きるなんてしないよ」
「……なんで……なんでだよ! 妹溺愛してんだろ!?」
「してるね。でもそれとこれとは別。僕の人生の足を引っ張るような妹は僕には居ない。ていうか、アリスを僕が守るだなんておこがましくてとてもじゃないけど言えないよ! 君、アリスに特訓受けてたんでしょ? あれを守るとか言える?」
「……そ、それは……」
確かに青年はアリスの特訓を受けていた。あれは最早人間ではない。覚悟しておけとセイに言われていたが、実際のアリスは本当に人間ではなかった。
「僕がアリスを溺愛するのはね、尊敬しているからだよ。彼女は色々失ってしまった僕の唯一の光だ。守るとかそういうのじゃない。僕は追いつきたいんだよ、アリスに」
まぁ、一生かかっても無理そうだがそれはあえて伏せておいた。
「ん? いやいやこれ置いて逃げるのは勿体ないでしょ。アリス、印つけた所の床ぶち抜いてくれる?」
そう言ってノアは足元を指さす。それを見たアリスはコクリと頷いて何の躊躇いもなく思い切り床を踏み抜いた。鉛筆で書かれた全ての印がアリスによって踏み抜かれた途端、ノアはアリスの腕を引っ張って抱き寄せると、それと同時に床が大きな音を立てて抜ける。
「……ここはラウンジか」
「うん。ここなら大きな家具も無いし大丈夫かなって思って。さて、それじゃあ屋敷に火を放った犯人を探そうか」
そう言ってニコッと笑ったノアを見て、ゾルがゴクリと息を呑む。ノアのこの笑顔は騎士団では魔王の微笑みと言われていて有名だからだ。
「けれど一体誰が? ここにはレヴィウスとルーデリアの騎士しか居ないはずだ」
「そうだね。でもアメリアの信者は世界中のどこにでも居たみたいだから、騎士団の中にも一人や二人は今もあちら側の人間が居るのかも。アリス、キリ、聞き込み開始するよ」
「うん!」
「はい」
ノアの言葉にアリスとキリが床に開いた穴から飛び降りて駆けていく。そんな二人の後ろ姿をゾルがただ呆然として見ていると、脇腹をノアに肘で突かれた。
「ゾルさん、これは戦争だから。どこに敵が居て誰が味方か分からない。騎士団にもアメリアの崇拝者が居ても何もおかしくない」
「そう……ですね。俺たちも行きますか」
「うん、と言いたい所だけど僕はここで待ってるよ。皆が行ってる隙にここの物を持ち出されたら困るしね」
「確かに。それではお願いします」
ゾルはそれだけ言って冷たい顔をしてアリス達の後を追った。裏切ったり裏切られたりはゾルが一番許せない事だ。
アリスは途中でキリと別れて屋敷の二階に駆け上がった。突然の火事に驚いたのか、屋敷内では騎士たちが右往左往している。そんな騎士たちを見てアリスは大声で怒鳴った。
「慌てるのは後! 火を消すのが先! 者共、かかれ!」
アリスが叫ぶとようやく騎士たちはハッとした顔をして動き出した。ゾルがアリス達と一緒に居たので咄嗟に動けなかったのかもしれないが、いざという時にそれでは困るのだ。
アリスは火の元を探しに寝室に向かうと、寝室のドアの前で騎士たちがドアを開けるべきかどうかを悩んでいた。
「待て! 『ばっくどらふと』という現象が起きるかもしれん!」
「で、ですが! 開けないことには火は消せません!」
騎士たちは以前アリスに受けた講習を思い出していつまでもドアを開くことが出来ないでいた。あの時アリスは完全に火から身を守るためにドラゴンの革で作った防護服に身を包み、自らその恐ろしさを教えてくれたのだ。一瞬で火だるまになったアリスを今思い出しても震える。
「大丈夫だよ! 兄さまが先に窓開けてたから!」
震える騎士団の脇をすり抜けながらアリスがドアノブに手をかけると、まだ怯えている騎士団の一人がそんなアリスを止めた。
「ま、待ってください! では『ふらっしゅおーばー』が起きるかも!」
「ないない! 寝室で窓も開いててヤバいガス出そうな物無かったから! それに煙の量からしてそこまでの火じゃないよ。多分、本当の火事じゃないんじゃないかな」
不安がる騎士団の制止を振り切ってアリスがドアを開けると、そこは火の海……になどなっておらず、アリスの言う通り煙だけが部屋の中に充満していた。
「火元はあれだね。よっと」
アリスは口元を抑えて煙を吸い込まないように気をつけながら寝室に入ると、鉄製のバケツの中で燃える藁と薪に持ってきていた水をかけた。
「はい、完了っと! 多分下の火事もこんなだと思うから見てきてくれる?」
「は、はい!」
アリスの言葉に騎士たちは急いで部屋から飛び出した。燃えていたのがただの藁と薪だと分かって一安心である。
「ふむ……わざわざ藁と薪まで持ってきて何が目的だったんだろ……」
アリスが呟いたその時、下からボウガンの矢が何かに刺さる音がした。その後も続けて二発。ノアだ。
「兄さま!」
アリスはその音を聞くなりノアが先程降りてきたドアから下に降りてこっそり覗くと、狭い部屋の中でノアが何かにまたがって意地悪く微笑んでいる。
ノアの視線を辿るとそこには騎士団の制服を床に縫い止められて身動きが取れない一人の青年が青い顔をしてノアを見上げていた。
「こ、こんな狭い所で至近距離でそんなもの撃つなんて……」
「まぁ手っ取り早いからね。で、所属と名前は?」
青年はレヴィウスの制服を着ていた。セイが居ないのでノアにはこれが誰だかさっぱり分からない。
「だ、誰が名乗るか! 殺すなら殺せ! どうせ俺は――うぐっ」
「残念だけど、何も喋らずに簡単に死ねるだなんて思わないでね?」
ノアは青年の口の中にボウガンの矢を咥えさせてニコッと笑った。少しでも騒げば磨き上げられた矢で口の中が切れる事がわかっているのか、青年は真っ青な顔をしてノアを凝視している。
「僕はアリスと違って短気なんだよね。口を割らないならそれでもいいけど、頭は確実に吹っ飛ぶと思っておいてね」
言いながらノアは真顔で矢をギリギリ引っ張ると、青年は何か言いたげに視線を送ってきた。
「なに? 名乗る気になった?」
怯えた様子の青年の口から矢を外したノアが言うと、突然青年は泣き出し、何故か自分の生い立ちなど話しだす。
「――だ、だから俺は……俺は仕方なく! 妹を助ける為に……! わかるはずだ! 同じ妹を持つ兄として、妹の幸せが一番だと! だから俺は妹を守るために!」
青年はノアの事を知っていた。噂に聞くバセット家のノアは正真正銘の悪魔なのだと。
けれどそんな悪魔にも弱点はある。それは妹の存在だ。彼は妹を溺愛していて、その妹を守るためなら何でもすると言われていた。青年には奇しくも妹が居た。もうよそに嫁いでしまったので、ここで多少の嘘をついてもノアには調べようがない。
青年は涙を零しながら掠れた声で一生懸命ノアに伝えた。悪魔の弱点、妹の話を使って。
やがて青年が全てを話し終えた時、ノアはもう一度ニコッと笑った。
「20点」
「は?」
「君のお話の点数だよ。おまけして20点。そんなお粗末なシナリオを持ってこられたら僕なら秒で追い出すレベル」
「……うぐっ!?」
青年は一瞬ノアが何を言っているのかが分らなかったが、そんな青年の胸をノアは勢いよく踏みつけた。突然の衝撃に胸に鋭い痛みが走り、その直後盛大に咽る。
「そもそも僕のアリスと君の妹を同列に考えないでほしいな。僕のアリスは僕が守らなくても十分一人で生きていけるし、もしアリスが君の妹みたいに弱い存在だったら、僕はさっさと捨ててるよ。僕の人生は僕のものだ。誰かの為に生きるなんてしないよ」
「……なんで……なんでだよ! 妹溺愛してんだろ!?」
「してるね。でもそれとこれとは別。僕の人生の足を引っ張るような妹は僕には居ない。ていうか、アリスを僕が守るだなんておこがましくてとてもじゃないけど言えないよ! 君、アリスに特訓受けてたんでしょ? あれを守るとか言える?」
「……そ、それは……」
確かに青年はアリスの特訓を受けていた。あれは最早人間ではない。覚悟しておけとセイに言われていたが、実際のアリスは本当に人間ではなかった。
「僕がアリスを溺愛するのはね、尊敬しているからだよ。彼女は色々失ってしまった僕の唯一の光だ。守るとかそういうのじゃない。僕は追いつきたいんだよ、アリスに」
まぁ、一生かかっても無理そうだがそれはあえて伏せておいた。
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