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第665話

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 地上に出ると、辺りは戦場だった。ヴァニタスは大きな翼を広げて大きく鳴く。 すると、それに呼応するかのようにリセットされて行き場を亡くした魂たちが大空に舞い上がった。

「さあ、我と共に新しい世界へ行こう! そなた達の未来は、これからも永遠に続くのだから!」

 初代と魂の融合をする前は口など利けなかったので、思いを言葉として発する事など出来なかった。

 けれど今は違う。思う存分言語を操り、心を皆に伝える事が出来るのだ。

 ヴァニタスはどんどん大きくなった。やがてその影は地表をゆっくりと覆う。地上を見下ろすと、兵士たちが驚愕したり喜んだりしながらヴァニタスの動きを見守っているのが見えた。

 ヴァニタスはそのまま空を優雅に舞った。一羽動かす事に一つの国を飛び越える。

「ヴァニタスー!」

 どこからともなく聞き覚えのある声が聞こえて地上を見下ろすと、そこにはアリスが居た。遠目過ぎて豆粒ぐらいのサイズしか無いけれど、声はしっかりとヴァニタスの耳に届く。

「ありがとねー! 気をつけてねー! またねー!」

 こんな遠くからでもはっきりと見える大きな怪鳥ヴァニタスにアリスが叫ぶと、ヴァニタスは高らかに笑い声を上げた。

「またな、アリス! 次に会う時は我の羽根を毟るのは止めてくれよ!」
「も、もう忘れてよ! 毟らないよーだ!」
「はははははは!」

 表情は分からなくてもアリスが笑っているのが簡単に想像出来てヴァニタスは笑った。そうして最後にもう一度大きく羽根を羽ばたかせると、最後の魂たちが舞い上がる。それを飲み込んでヴァニタスがさらに舞い上がろうとすると、どこからともなく不思議な声が聞こえてきた。

 それと同時に幾何学模様で出来た丸い光がヴァニタスの目の前に現れる。

『危ないよ! 右に避けて!』
「む?」

 言われた通り右に旋回すると、羽根の先を金色の光が掠めた。何事かと思い地上を見ると、そこには古代妖精の肩に乗り初代の錫杖を握りしめたアメリアが顔を歪めてこちらを睨みつけて叫んでいる。

「待ちなさい! この出来損ないが! 逃さないわよ! あなたはこの星と共にもう一度眠りにつくのよ!」

 ここでヴァニタスを逃がす訳にはいかない。アメリアはそれからもヴァニタスめがけて次々に攻撃を仕掛けるが、そのどれも掠りもしなかった。

「無駄な事を。我に攻撃するという事がどういう事かを、そなたはそう遠くない未来に思い知るだろう。無知な者よ、そなたには残念だが未来は永遠に訪れない。たとえ妖精王の錫杖を持っていようともな」

 ヴァニタスはそう言って前を向くと、幾何学模様の玉が今度は左に移動した。それと同時にやっぱり声が聞こえてくる。

『次は左だよ! 私についてきて! こっち!』
「ああ、ありがとう。そなたはもしかして――」
『AMINASだよ!』
「そうか。そなたにも世話になったな。礼を言う。さあ、では行こうか!」
『うん!』

 そう言ってAMINASはヴァニタスのすぐ前を右に左に旋回しながら空へ空へと昇っていく。その後をヴァニタスが寸分の狂いもなくついてくる。

 未だにアメリアの叫び声が聞こえてくるが、その全てをヴァニタスは無視した。


 やがて雲を突き抜け、青暗い懐かしい光景が目に飛び込んでくる。

『私が案内できるのはここまでだよ! またね! ヴァニタス』
「ああ、十分だ。ありがとう。またなAMINAS! 息災であれよ」

 ヴァニタスはそう言って羽根を羽ばたかせて一気に大気圏を突き抜けた。すると、そこには懐かしくて美しいソラの世界が広がっている。

 空には虹がかかり、地上は緑豊かな大地だ。その草木の一本一本が、名前もないような花の一つ一つがそれぞれの星だ。妖精王達は普段はその中に住み、管理する星を枯らさないよう管理している。

 ヴァニタスはこの草木、花の一つ一つに満遍なくミツバチのようにエネルギーを送り込んでいく。

 ここは、ソラの楽園なのだ。

「ああ……我が故郷……皆は元気にしているだろうか……」

 思わず涙を零したヴァニタスに、今度は男性とも女性とも言えない、年齢不詳な声が聞こえてきた。

「おかえりなさい、12723。さあ、皆、手伝ってやりなさい」
「ソラ! 遅く……なりました。ただいま戻りました」
「ええ。ソラは全て見ていました。いえ、今も見ています。あなたの為に全土からこれだけの者達が手助けをしたいと集まりました。これだけの者達があの星の行く末を見守っていたのですよ」
「っ!」

 ヴァニタスはソラに言われてようやく周りを見渡して目を凝らして息を呑んだ。そこにはヴァニタスのような役職の仲間たちを初め、様々な役職の者達が地と空をを埋める程に集まっている。

「12723! 少し魂をよこせ!」
「17356?」
「皆! 手分けして割り振るぞ! さあ、早く!」

 17356の声を皮切りに、四方八方からアオサギが集まってきてヴァニタスを取り囲んだ。

「ど、どうしてこんな事」
「お前はもう一度あの星に戻りたいんだろう?」
「それはそうだが……」
「生物はあっという間にエネルギーに変わる。のんびりしてたら誰にも会えないままだぞ。さあ、ありったけ吐き出せ!」

 からかうように17356はそう言って羽根でヴァニタスの背中を叩く。それに驚いて思わず吐き出した魂は、そのまま17356に吸い込まれていった。

「17356、その魂はうちの星で預かろう。あのチビが頑張って守った魂だ」

 声を上げたのはあの星の先代の妖精王だ。

「し、しかしあなたはもう隠居されたのでは……」
「ははは! チビを見ていると、もう一つぐらい星を育成しても良いかと思えてな! まだ生物の居ない星だ。それなりのエネルギーが欲しいのだ」

 先代が言うと、隣でまだ若い妖精王が先代の脇腹を小突いてきた。

「嘘言うなよ。今回の為にわざわざ星買ってただろ! なぁ、俺の所にも少し分けてくれないか? 最近どうも発展が遅いんだ。ここらで一つ、余所の星のエネルギーを仕入れたい」

 そう言って次から次へとヴァニタスが吸収した魂たちがそれぞれの星に振り分けられていく。そして彼らは自分たちが管理する草木や花に戻って行った。

 全てを吸い取られたヴァニタスは、小さな小さなアオサギに戻ってしまう。

「ソラ、これは……」

 流石にここまで小さくなる事は今まで無かった。これを回復しようとすると、一体どれほどの年月がかかるのだろうか。

 愕然としながら自分の姿を見下ろしたヴァニタスに、ソラが言う。

「12723、期限を過ぎても戻らなかったあなたと、禁忌を侵した妖精王への罰を言い渡します。あなたは元の大きさに戻るまであの星に住み、エネルギーを回収しなさい」
「!」
「争いが終わったら真っ直ぐに戻り、まずはあなたを助けた不思議な生命体と共に生きるのです。彼女にはいずれ、ソラの元に来るよう伝えておいてください。あの星にソラは今は手出しが出来ません。頼みましたよ、12723」
「はい!」

 ヴァニタスは小さな体をさらに小さく折り畳んでソラに頭を下げた。

 初代妖精王とヴァニタスはすっかり融合していしまっていてどんな罰を受けるのか予想もつかなかったけれど、どんなに重い罰でもそれを甘んじて受けようと思っていた。

 だというのに、ソラはどうやらヴァニタスの心を汲み取ってくれたようだった。

「また会える! また……会えるのだな!」

 小さな体から発せられた声は蜂の羽音よりも小さくか弱いにも関わらず、ソラ全体に響き渡った。
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