48 / 376
第三章 水無月(六月)
45.六月十一日 日中 少し違う日常
しおりを挟む
この地方で六月初旬だと梅雨入りにはまだ早いが、それでも今日は雨模様だ。学校へ行くには車で送ってもらうので雨だからといってどうということはないが、それでも憂鬱であることに違いはない。
なぜならば、すでに雨の中で当番の見回りをこなしてきたからだ。おかげで朝からシャワーを浴びる羽目になり、長い髪を乾かすのに大分時間を取られた。
そもそも学校とお役目の両立が難しいのは間違いない。今までの当主たちは早くても三十代、歴史的には四十代での継承が多い。こんなことになったのも全て先代のせいなのだと思うといつもいつも血がたぎる気分である。
「板倉さん、今日はこの辺りで降ろしてくださいますか?
美晴さんたちがこの路地からやって来るのを待ってみようと思います」
「お嬢、かしこまりました、傘はお持ちですか?
なければ私の紳士物ならあるんですがねぇ」
「ありがとう、折りたたみ傘くらい忘れずに持ってきているから平気ですよ。
準備はいつも万全に、心構えはしっかりと、視線と姿勢はきっちりと、です」
「承知、ではこの辺りで止めますね。
そこそこ水たまりが出来ていますから足下お気を付けくださいね」
そう言って車を止めた板倉は、すばやく運転席から降りると後部のスライドドアを開けて右手を差し出した。その手を取って八早月が優雅に降り立つと、まるで――
「車から降りてくる姿は、まるで雨の中で可憐に咲く紫陽花のよう……
なんちゃってね、おはよう八早月ちゃん」
「おはよう、夢路さん、あいにくのお天気ね。
でも紫陽花に例えていただけるなら悪くないかもしれないわ。
ところで美晴さんは? 寝坊かしら」
「ハルは今日お休みだって。
なんか風邪ひいて熱があるみたいでさっき連絡あったの。
最近は調子よかったんだけど、前から結構休みがちでね。
意外かもしれないけどああ見えて実は体弱いんだよ」
「あら、それは大変です、酷くならないといいのですが。
それにしても体弱いのは確かに意外ですね。
学校が終わってからお見舞いに行きましょうか」
「そうね、きっと喜ぶと思うよ。
給食のデザートが持って帰れるものだといいけど、今日はなんだったかなぁ」
「プリンかゼリーならちょうどいいわね。
私の分も美晴さんへ持っていってあげたいわ」
「ハルっていやしいからきっと喜ぶね」
あのいつも元気な美晴が病弱で欠席なのは意外で心配だったが、それもまた日常生活の中で一つのエッセンスと言ってしまえばそんなもの。タダの風邪なら深刻になることもないと、八早月と夢路は学園までの短い道のりを談笑しながら歩いた。
こうして今日はいつもと少しだけ違う朝からはじまった。午前の授業を普通に終えると、希望通り給食にはフルーツゼリーが出たので持って帰るためにこっそりカバンへ入れておく。板倉へ迎えの時間はまた連絡すると伝えていると、少しだけ悪いことをしている気がしてワクワクドキドキするのだった。
学校では特にいつもと変わらない時間が流れ、待ち焦がれていた放課後がやって来た。今日の授業で八早月が板書した美晴分のノートと給食のゼリーはバッチリカバンに入っている。それから書道部の部室へ行き夢路が部活を休むことを直臣へと伝えているのを眺めていた。
やはり夢路は直臣のことが好きなのだろうか。まあそんなことがあったとしてもまだ中学生の拙い恋心だ、将来に繋がるなんて考えるのはまだ早い。直臣だって四宮家で嫁を取ることの重要性はわかっているだろうから軽はずみなことはしないと思うが、将来的に夢路が泣くようなことにならなければいいと考えていた。
ただ八早月と違って、直臣は鍛冶師の道を進む気配はあるので、相手が風習や伝統、お役目や妖について理解すれば済むだけまだマシかもしれない。恋愛でも見合いでも相手を探すだけなら困らないはずだ。
八早月の場合は鍛冶師を継ぐ気が無いので、どこかの鍛冶師の次男坊や、新たに取り組む気のある婿を探さなければならない。現代の基準に当てはめれば時代錯誤であることは承知しているが、それでも守っていかなければ地域全体の安寧が失われることになるのだ。
その点、ごく普通の一般家庭に生まれ育った美晴や夢路は悩みが少ないだろう。別に羨ましいとは思わないが、わずらわしいことが少ないに越したことはない。だからこそ夢路が八家に関わらないように、なんて考えてしまう八早月だった。
なぜならば、すでに雨の中で当番の見回りをこなしてきたからだ。おかげで朝からシャワーを浴びる羽目になり、長い髪を乾かすのに大分時間を取られた。
そもそも学校とお役目の両立が難しいのは間違いない。今までの当主たちは早くても三十代、歴史的には四十代での継承が多い。こんなことになったのも全て先代のせいなのだと思うといつもいつも血がたぎる気分である。
「板倉さん、今日はこの辺りで降ろしてくださいますか?
美晴さんたちがこの路地からやって来るのを待ってみようと思います」
「お嬢、かしこまりました、傘はお持ちですか?
なければ私の紳士物ならあるんですがねぇ」
「ありがとう、折りたたみ傘くらい忘れずに持ってきているから平気ですよ。
準備はいつも万全に、心構えはしっかりと、視線と姿勢はきっちりと、です」
「承知、ではこの辺りで止めますね。
そこそこ水たまりが出来ていますから足下お気を付けくださいね」
そう言って車を止めた板倉は、すばやく運転席から降りると後部のスライドドアを開けて右手を差し出した。その手を取って八早月が優雅に降り立つと、まるで――
「車から降りてくる姿は、まるで雨の中で可憐に咲く紫陽花のよう……
なんちゃってね、おはよう八早月ちゃん」
「おはよう、夢路さん、あいにくのお天気ね。
でも紫陽花に例えていただけるなら悪くないかもしれないわ。
ところで美晴さんは? 寝坊かしら」
「ハルは今日お休みだって。
なんか風邪ひいて熱があるみたいでさっき連絡あったの。
最近は調子よかったんだけど、前から結構休みがちでね。
意外かもしれないけどああ見えて実は体弱いんだよ」
「あら、それは大変です、酷くならないといいのですが。
それにしても体弱いのは確かに意外ですね。
学校が終わってからお見舞いに行きましょうか」
「そうね、きっと喜ぶと思うよ。
給食のデザートが持って帰れるものだといいけど、今日はなんだったかなぁ」
「プリンかゼリーならちょうどいいわね。
私の分も美晴さんへ持っていってあげたいわ」
「ハルっていやしいからきっと喜ぶね」
あのいつも元気な美晴が病弱で欠席なのは意外で心配だったが、それもまた日常生活の中で一つのエッセンスと言ってしまえばそんなもの。タダの風邪なら深刻になることもないと、八早月と夢路は学園までの短い道のりを談笑しながら歩いた。
こうして今日はいつもと少しだけ違う朝からはじまった。午前の授業を普通に終えると、希望通り給食にはフルーツゼリーが出たので持って帰るためにこっそりカバンへ入れておく。板倉へ迎えの時間はまた連絡すると伝えていると、少しだけ悪いことをしている気がしてワクワクドキドキするのだった。
学校では特にいつもと変わらない時間が流れ、待ち焦がれていた放課後がやって来た。今日の授業で八早月が板書した美晴分のノートと給食のゼリーはバッチリカバンに入っている。それから書道部の部室へ行き夢路が部活を休むことを直臣へと伝えているのを眺めていた。
やはり夢路は直臣のことが好きなのだろうか。まあそんなことがあったとしてもまだ中学生の拙い恋心だ、将来に繋がるなんて考えるのはまだ早い。直臣だって四宮家で嫁を取ることの重要性はわかっているだろうから軽はずみなことはしないと思うが、将来的に夢路が泣くようなことにならなければいいと考えていた。
ただ八早月と違って、直臣は鍛冶師の道を進む気配はあるので、相手が風習や伝統、お役目や妖について理解すれば済むだけまだマシかもしれない。恋愛でも見合いでも相手を探すだけなら困らないはずだ。
八早月の場合は鍛冶師を継ぐ気が無いので、どこかの鍛冶師の次男坊や、新たに取り組む気のある婿を探さなければならない。現代の基準に当てはめれば時代錯誤であることは承知しているが、それでも守っていかなければ地域全体の安寧が失われることになるのだ。
その点、ごく普通の一般家庭に生まれ育った美晴や夢路は悩みが少ないだろう。別に羨ましいとは思わないが、わずらわしいことが少ないに越したことはない。だからこそ夢路が八家に関わらないように、なんて考えてしまう八早月だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。
亜瑠真白
青春
「このことは2人だけの秘密だよ?」彼女達は俺にそう言った―――
高校2年の鳥屋野亮太は従姉に「とあるバイト」を持ちかけられた。
従姉はメイドカフェを開店することになったらしい。
彼女は言った。
「亮太には美少女をスカウトしてきてほしいんだ。一人につき一万でどうだ?」
亮太は学年の三大美少女の一人である「一ノ瀬深恋」に思い切って声をかけた。2人で話している最中、明るくて社交的でクラスの人気者の彼女は、あることをきっかけに様子を変える。
赤くなった顔。ハの字になった眉。そして上目遣いで見上げる潤んだ瞳。
「ほ、本当の私を、か、かかか、可愛いって……!?」
彼女をスカウトしたことをきっかけに、なぜか「あざと系美少女」や「正体不明のクール系美少女」もメイドカフェで働くことに。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる