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第四章 文月(七月)
70.七月十九日 夕方 マトリョーシカ
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ここ最近はずっと放課後にお茶会をしてから帰ってくるので、今までよりも帰りが一時間ほど遅くなっている。手繰は娘に寛容だし事前に伝えていることもあって特に何も言わないが、帰りが遅くなって板倉には迷惑をかけている。
そうは言っても、八早月を乗せて帰って来てからは、夕飯の弁当が出来るまで適当に時間を潰して待っているだけなので、今までとそれほど生活が変わったわけでもない。
「八早月ちゃんおかえりなさい。
板倉さんもお疲れさまでした。
今玉枝さんが夕飯詰めてるはずなので土間へ行ってみてね」
「はい、いつもありがとうございます。
もう三日くらいイノシシ食ってますから体力が余って仕方ねえですね」
「あら、それなら朝の鍛錬に参加すると言うのはいかがでしょう。
きっといい運動になりますよ?」
「いやいや、うん、大丈夫、運動不足ではないのでご遠慮させていただきます。
慣れないことをして送迎に影響が出てしまっては大変ですからね」
「それは残念ですね、ご興味あればいつでもどうぞ。
板倉さんはとても運動神経が良さそうですから上達も早いと思いますよ。
そうそう、私のお友達は板倉さんのことをボディーガードだと思っているようですから、もしもの時にはその期待にお応えいただきましょう」
「アンちゃん、弁当出来ましたよ。
毎日焼肉じゃ飽いてしまうと思ったんで今日は煮てみたんさ?
芋とよく合うけん食っちゃみろて」
「こりゃどうも、ありがとうございます。
ふう、ではまた明日の朝参りますね、おやすみなさいませ!」
「はーい、おつかれさまー
あらあら八早月ちゃん、逃げられてしまったわね、うふふ。
そう言えばなにか大きな封書が届いていましたよ?」
母にからかわれながら下駄箱の上を見ると、そこにはたしかに自分宛ての大きな封筒の郵便物が置いてあった。随分とずっしりしているが何が入っているのだろうか。振ってみるとガサガサとなにか小さなものが入っているような音が聞こえるが心当たりがない。
一体これは何なんだろうと裏返して差出人を確認した八早月は、そこに書いてある差出人名を見て驚きのあまり封筒で口を押えてしまった。まさか高岳零愛からの手紙だったなんて!
『〒XXX-XXXX 浪内西郡白波町XXX-X
高岳零愛』
あれからもう二カ月近く経っている。それだけに八早月と真宵は、彼女たちとは縁が無かったのだろうと半ば諦めていた。それだけに嬉しさはひとしおで感激のあまり踊りだしそうな気分である。
だがなんですぐに連絡をくれなかったのだろうか。それにこんなに大きな封筒でいったい何を送ってきたと言うのか。八早月は自分の部屋へ入り制服を脱ぎ捨ててからいつもの半着を羽織った。とりあえず袴は後回しでいい。
とにかくまずは封筒の中に入っている物を確認したい。八早月は文机の袖から鋏を取出すと急いで封を切る。すると中からはまた封筒が出てきたではないか。最初の封筒はノートが入るくらいだが、今度は一回り小さい。
一体どういうことかと思いながらもまた封を切ると、更に小さい封筒が出てきた。たしか海外にこんな民芸品があったような気がする、などと余計なことを考えながら更に封を切ってみる。
すると予想はしていたものの、中からはまた小さな封筒が出てきて八早月はため息をついた。だが今度はごく普通の便箋であり、これでようやく深層にたどり着く。はずだったのだが、中には便箋が四通入っていたため、八早月は思わず謎はさらに深まったと呟いてしまった。しかし――
「待って…… これっておかしいわ。
この便箋に書いてある宛名は全部私宛ではないじゃないの……」
だがよくよく見てみると、これは全て八早月宛てのように見えてくる。
<国木田葵様>
<木田弥生様>
<年田葵様>
<吉田真宵様>
一体誰だと言いたくなるくらいめちゃくちゃだったが、一つだけ真宵の名が入っていたため、これがおそらくは八早月宛てに出してみたものの、戻って行った手紙だろうと閃いたのだった。
全ての便箋には宛先不明のスタンプが押してあるが、そもそも名前どころか住所もでたらめだ。確かに高岳零愛の住む県から見て隣なのかもしれないが、こちらとは反対側の県に出しているものも含まれている。きっと何となく覚えていたのが『○○郡』だけだったため、手近なところの記憶している限り近い名称の住所へ送ったのだろう。
だが八早月も番地まできちんと教えていなかったし、会話もとぎれとぎれだったのだから責めるつもりはない。逆に最後まであきらめず送りつづけ、七度目にして櫛田家まで到達したのだから褒めてあげてもいいだろう。
それにしても郵便局の配達員も良く届けてくれたものだ。最新の投函である一番外側の封筒にももちろん八早月の名は無く、住所も辛うじて八畑村が記載されたところまでで番地は書かれていなかった。
きっと戻ってこなくなるまで適当に書いて送り続けるつもりだったのだろう。しかし八畑村までたどり着ければ、郵便局員が最終的に全村民を把握している八岐神社までは配達してくれる。そのことが功を奏したと言えよう。
それにしても…… 『鉾田十六夜』宛で良く届いたものだ。八早月は宮司に感謝をしつつ一つ一つ中身を読み始めた。
そうは言っても、八早月を乗せて帰って来てからは、夕飯の弁当が出来るまで適当に時間を潰して待っているだけなので、今までとそれほど生活が変わったわけでもない。
「八早月ちゃんおかえりなさい。
板倉さんもお疲れさまでした。
今玉枝さんが夕飯詰めてるはずなので土間へ行ってみてね」
「はい、いつもありがとうございます。
もう三日くらいイノシシ食ってますから体力が余って仕方ねえですね」
「あら、それなら朝の鍛錬に参加すると言うのはいかがでしょう。
きっといい運動になりますよ?」
「いやいや、うん、大丈夫、運動不足ではないのでご遠慮させていただきます。
慣れないことをして送迎に影響が出てしまっては大変ですからね」
「それは残念ですね、ご興味あればいつでもどうぞ。
板倉さんはとても運動神経が良さそうですから上達も早いと思いますよ。
そうそう、私のお友達は板倉さんのことをボディーガードだと思っているようですから、もしもの時にはその期待にお応えいただきましょう」
「アンちゃん、弁当出来ましたよ。
毎日焼肉じゃ飽いてしまうと思ったんで今日は煮てみたんさ?
芋とよく合うけん食っちゃみろて」
「こりゃどうも、ありがとうございます。
ふう、ではまた明日の朝参りますね、おやすみなさいませ!」
「はーい、おつかれさまー
あらあら八早月ちゃん、逃げられてしまったわね、うふふ。
そう言えばなにか大きな封書が届いていましたよ?」
母にからかわれながら下駄箱の上を見ると、そこにはたしかに自分宛ての大きな封筒の郵便物が置いてあった。随分とずっしりしているが何が入っているのだろうか。振ってみるとガサガサとなにか小さなものが入っているような音が聞こえるが心当たりがない。
一体これは何なんだろうと裏返して差出人を確認した八早月は、そこに書いてある差出人名を見て驚きのあまり封筒で口を押えてしまった。まさか高岳零愛からの手紙だったなんて!
『〒XXX-XXXX 浪内西郡白波町XXX-X
高岳零愛』
あれからもう二カ月近く経っている。それだけに八早月と真宵は、彼女たちとは縁が無かったのだろうと半ば諦めていた。それだけに嬉しさはひとしおで感激のあまり踊りだしそうな気分である。
だがなんですぐに連絡をくれなかったのだろうか。それにこんなに大きな封筒でいったい何を送ってきたと言うのか。八早月は自分の部屋へ入り制服を脱ぎ捨ててからいつもの半着を羽織った。とりあえず袴は後回しでいい。
とにかくまずは封筒の中に入っている物を確認したい。八早月は文机の袖から鋏を取出すと急いで封を切る。すると中からはまた封筒が出てきたではないか。最初の封筒はノートが入るくらいだが、今度は一回り小さい。
一体どういうことかと思いながらもまた封を切ると、更に小さい封筒が出てきた。たしか海外にこんな民芸品があったような気がする、などと余計なことを考えながら更に封を切ってみる。
すると予想はしていたものの、中からはまた小さな封筒が出てきて八早月はため息をついた。だが今度はごく普通の便箋であり、これでようやく深層にたどり着く。はずだったのだが、中には便箋が四通入っていたため、八早月は思わず謎はさらに深まったと呟いてしまった。しかし――
「待って…… これっておかしいわ。
この便箋に書いてある宛名は全部私宛ではないじゃないの……」
だがよくよく見てみると、これは全て八早月宛てのように見えてくる。
<国木田葵様>
<木田弥生様>
<年田葵様>
<吉田真宵様>
一体誰だと言いたくなるくらいめちゃくちゃだったが、一つだけ真宵の名が入っていたため、これがおそらくは八早月宛てに出してみたものの、戻って行った手紙だろうと閃いたのだった。
全ての便箋には宛先不明のスタンプが押してあるが、そもそも名前どころか住所もでたらめだ。確かに高岳零愛の住む県から見て隣なのかもしれないが、こちらとは反対側の県に出しているものも含まれている。きっと何となく覚えていたのが『○○郡』だけだったため、手近なところの記憶している限り近い名称の住所へ送ったのだろう。
だが八早月も番地まできちんと教えていなかったし、会話もとぎれとぎれだったのだから責めるつもりはない。逆に最後まであきらめず送りつづけ、七度目にして櫛田家まで到達したのだから褒めてあげてもいいだろう。
それにしても郵便局の配達員も良く届けてくれたものだ。最新の投函である一番外側の封筒にももちろん八早月の名は無く、住所も辛うじて八畑村が記載されたところまでで番地は書かれていなかった。
きっと戻ってこなくなるまで適当に書いて送り続けるつもりだったのだろう。しかし八畑村までたどり着ければ、郵便局員が最終的に全村民を把握している八岐神社までは配達してくれる。そのことが功を奏したと言えよう。
それにしても…… 『鉾田十六夜』宛で良く届いたものだ。八早月は宮司に感謝をしつつ一つ一つ中身を読み始めた。
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