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2. 世知辛い世の中

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 まだ正午前だというのに、空を覆う森の樹木のせいで、辺りは薄暗い。
『帰らずの森』は静寂に包まれ、太陽の光があまり届かない為か、少し肌寒く感じる。

 リアムは、そんな静寂に包まれた『帰らずの森』を、必死に走っている。
 森のあちこちから、鋭い視線を感じる気がするが、今は構ってる場合じゃない。

 ---

『早く、大賢者の遺産を探しださねば』

 俺はあてもなく、ただ闇雲に森を走っている。
 そもそも初めて『帰らずの森』に入ったのだ。
 大賢者の遺産が、何処にあるのかなんて見当もつかない。

 しかし、立ち止まる事など出来ない。
 早く、遺産を探し出さねば、母の遺体が傷んでしまう。

 傷はポーションで治した。
 しかし、母は死んでしまっているので食事を取る事が出来ない。

 食事を取らなければ体は衰弱して、果てには干からびて腐ってしまう。
 大賢者の遺産をもってしても、干からびてミイラ化した人間を生き返らす事は出来ないのだ。

 ガルルルルルル……

 背後から、魔物の唸り声が聞こえてくる。

 しかし、今の俺には振り向く余裕も無いし、時間もない。
 ただ無心に、前を見据えて大賢者の遺産を探すだけ。

 ガルルルルルル!
 ガウ!

 魔物の争う声が聞こえてくる。
 多分、俺を狙っている魔物同士が争っているのかもしれない。

 無い。無い。無い。無い。どこだ?

『帰らずの森』は、広すぎる。
 俺の父も、この『帰らずの森』で、女神の雫を、かれこれ3年以上探し続けているのに、見つける事が出来ずにいるのだ。

 それこそ、今日、初めて『帰らずの森』に入った俺なんかが、いきなり見つけられるものなら、既に、父が見つけてる筈である。

「クソ! 何処に有るんだよ!」

 もう2時間は、走り続けている。
 喉が乾き、息をするのも辛い。
 足も鉛のように重く、痙攣し始めている。
 休みなく走り続けていた俺は、遂に限界を迎え、立ち止まってしまう。

 ガルルルルルル……

 耳元で、生暖かい空気を感じると共に、鼻息荒い獣の唸り声か聞こえてきた。
 右肩に、何か液体のような物が、ポタポタ落ちてきているのを感じる。

 俺は、恐る恐る横を向くと、そこには、2メートルはあろう大きな狼の魔物が、大きな口を開けて、まさに、俺を食べようとしている所だった!

 リアム!

「エッ!」

 俺の名前を呼ぶ、父の声が聞こえたと思った瞬間! 思いっきり後ろに引っ張られ、投げ飛ばされた。

 ガブッ!

 俺がついさっきまで居た場所で、巨大な狼の魔物が、思いっきり空気に齧り付いている。

 ガルルルルルル……!

「リアム! そこでじっとしてろ!
 それから、これをお前に預ける!」

 父が、尻餅をついている俺に向かって、鞄を投げつけてきた。
 この鞄には見覚えがある。
 いつも、父が『帰らずの森』に探索に出掛ける時、持って行く鞄だ。
 何故、今、俺に鞄を渡して来たかは分からないが、そんな事より、父に、母さんの事を話さければならない。

「父さん! 母さんが!」

「分かってる! 皆まで言うな!
 それより、もう何があっても喋るな!
 お前に今から、トゥルーズ家の長男に代々受け継がれる血統スキル【不可視】を渡す!
【不可視】スキルは、お前の爺さんが亡くなった時に、父さんに授かけてくれたスキルだ!
 父さんも、お前の爺さんと同じように、今、お前に、このスキルを託す!」

 父は死ぬつもりだ。
『帰らずの森』の魔物は強い。
 普通に戦って、勝てる相手では無いのだ。
 先程まで気付かなかったが、巨大な狼の魔物の後ろにも、何十匹もの魔物が、ハイエナのように群がっている。
 多分、父は、早い段階から、魔物を引き連れている俺の存在に気付いていたのだろう。
 俺に何かあった時に助ける為、【不可視】スキルを使って、ずっと傍に居てくれたのだ。
 じゃないと、あんな絶妙なタイミングで、俺を助けられる訳がないのだ。

「そんな! 死んじゃヤダよぉ!
 お母さんも死んで、お父さんまで死んじゃったら、俺はどうやって生きていけばいいんだよぉ!」

「喋るなと言った筈だ!
 お前は生きろ! 母さんや父さんの分まで!
 それに、父さんは、母さんが居ないこの世界に未練は無い。
 お前には、ずっと、苦労をかけ続けてきた。
 父さんの我儘のせいで……。
 お前には、父親らしい事を何もしてやれなかったな。リアム、最後ぐらい俺にも父親らしい事させてくれ!そして、これからは、自分の為だけに生きるんだ…」

 ガブッ! 

 話の途中で、巨大な狼の魔物が、父の腕を噛み付いた!
 魔物は、いちいち話を待ってくれない。

「父さん!!」

「だ……黙れ……息を潜めるんだ……」

 ガル! ガル! ガルルルルルル……!

 血を流して弱りながらも、俺を護る為に、両手を広げ仁王立ちしている父に、他の魔物達も一斉に襲いかかる。

 カブッ! ガブッ! ガブッ! ガブッ! ガブッ! ガブッ! ガブッ!

 魔物達は抵抗せず、食べてくださいとばかりに大きく手を広げている父に、無慈悲にかぶりついていく。

 見てられない。
 俺は、ただ唇を噛みして、震える事しか出来ない。

「…生きる…んだ……」

 父さん……

 父は、次々に襲いかかる魔物達に、食べられていく。
 俺は、そんな無惨に食べられていく父を、ただ黙って見守る事しか出来なかったのだ。

 ---

 数分後、父は、跡形もなく魔物に食べられてしまっていた。

 骨さえも残っていない。

 父の遺品は、亡くなる直前に渡された、古ぼけた鞄と、トゥルーズ家に代々伝わる【不可視】スキルだけだ。

 俺は、父が残してくれた【不可視】スキルのおかけで、生き延びる事が出来た。

 父は、【不可視】スキルを使い続けていたら、死ぬ事は無かったのだ。

 馬鹿な俺が、『帰らずの森』なんかに、ノコノコと行かなければ、父は死ぬ事も無かった。

 涙が溢れて止まらない。

 俺のせいだ。

 俺が父を殺したのだ。

 俺は、ただ黙って、見ている事しか出来なかった。生きたまま父が、獰猛な魔物達に食べられていくさまを。
 腕を食いちぎられ、腸を引っ張り出されて、父を美味そうに食べる魔物の姿を。

 俺は、父に託された鞄を握り締め、ただ、見ている事しか出来なかったのだ。

 自分が嫌になる。

 母が死んだのだって、俺がもっと上手くやっていたら、
 母に、俺と借金取りとのやり取りを聞かれる事も無かったのだ。

 母が、直ぐに自殺しようとするから働けないとか言うのも言い訳だ!

 やりようは、いくらでもあった。
 隣のおばちゃんに、母の事を見てもらったって良かったじゃないか。
 隣のおばちゃんは、お人好しで面倒見が良い。

 俺が頼めば、喜んで、母の面倒を見てくれた筈だ。

 それなのに俺は、お金を借りている負い目からか、隣のおばちゃんに頼めなかったのだ。

 他のお金を借りた村人達には、「お金を返せ!」と、よく督促されたが、隣のおばちゃんだけは、そんな事、俺に一言も言わなかった。

 俺が、「お金を返せなくすみません」と、謝ると、「お金なんて、リアムちゃんが都合が良い時でいつでもいいからね!」と、言っていくれた。

 隣のおばちゃんが、なまじ悪人だったら頼めたかもしれない。 
 しかし、隣のおばちゃんは善人だ。
 俺は、人の良い善人に、付け込むような事をすることに気が引けて、母の事を頼めなかったのだ。
 だけどそのせいで、母は死んでしまった。 

 俺はカッコつけだったのだ。
 カッコ悪いから、頼めなかった。
 もっと図々しくあれたら。
 カッコ悪くても、頭を下げれたら。

 世の中、言ったもの勝ちというのは、あながち間違いではない。

 声がデカい者が、得をする。
 母と父が死んで、俺は、今更ながら理解した。
 世の中、世知辛いのだ。
 もう失敗はしない。

「こらからは、図々しく自由に生きてやる!」

 リアムは、父の形見の鞄を握り締め、心に強く誓った。
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