初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

ましゅぺちーの

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5 侍女レイナ

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部屋を出た私は、音を立てないように急ぎ足で廊下を歩いた。
どこに行くかなんて決まっていない。
このまま屋敷の外へ逃げたい気持ちが無いことは無かったが、何の知識も無い私が外に出たところで野垂れ死にするだけだ。


(庭……庭なら誰かに会うことは無いわよね……)


考えた末に、私は侯爵邸の庭へ出ることにした。
あそこなら誰かに会う心配も無い。


ルーカス様に嫁ぐ前、侯爵邸のどこにも居場所が無くて心が折れそうなとき、よくあそこに行っていた。
庭とは言っても、家族の誰も花に関心など無いからか、手入れなどは一切されていない。
特別美しいわけでもないが、何故だか辛いときはいつもあの場所へと逃げてしまうのだ。
一切手入れの行き届いていない、荒れ果てた庭園。
そういうところが自分と似ている気がして、心が落ち着いた。


(三年ぶりなのに意外と覚えているものなのね)


それほどまでに思い出深い場所だったからだろうか。


しばらくして、庭へ到着した。
上着を羽織って外へ出ると、冷たい夜の風が吹き抜けた。


(気持ちいい……)


薄着ではあったものの、そんなに寒くはない。


もうすぐ春が終わる頃だ。
夏がすぐそこに近付いているのだということを肌で感じた。


公爵邸を出てから初めての穏やかで平和な時間。
朝になればまた辛い日々が始まるけれど、この時間だけは私を癒やしてくれる。


空を見上げれば、星がよく見えた。


(朝が来なければいいのにな……)


空に輝く星を見ながらそんなことを考えていたそのとき、突然背後からガサガサと音がした。


「!?」


まさか使用人の誰かが来たのか。


隠れなければ、と思うものの恐怖で体が動かない。
こんな時間にここにいることがバレれば何を言われるか分からない。


(ど、どうしよう!)


そうこうしているうちに、一人の女の子が私の前に飛び出してきた。


「あっ……」
「え……?」


目が合って、お互いに固まった。


(初めて見る顔……)


使用人の服を着ている歳若い少女が、驚いたような顔でこちらを見つめていた。
私は彼女のことを知らない、見たことも無かった。


(新しい人かしら……?)


じっと私を凝視した後、何かに気付いたのかハッとなった彼女はおそるおそる私に尋ねた。


「も、もしかしてその髪の色……アリスお嬢様ですか……?」
「え、ええ……そうだけれど……」


私の返事に、彼女の顔が青くなっていく。


「し、失礼しました!」


そう言って勢い良く床に額を付けた。


(な、何……?)


「私、お嬢様に大変失礼なことを!!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。顔を上げて、私は気にしていないから」


何とか彼女を立ち上がらせるが、怯えたような顔は相変わらずだ。


「あなた、名前は?」
「レ、レイナと申します……」


(やっぱり初めて聞く名前だわ、新入りなのね)


私はひとまず近くにあったベンチにレイナを座らせた。
最初こそは怖がっていたレイナだったが、次第に落ち着いたようだ。


「ねぇあなた、私の噂を知らないの?」
「噂……?私、そういうのあんまり気にしないんです。元々他の侍女たちには嫌われているし」
「……」


よく見てみると、彼女のメイド服はかなり汚れていた。
他の侍女たちから嫌がらせでも受けているのだろうか。


(何か、私と似てる……)


「私、元々お坊ちゃま付きの侍女だったんですけど……」
「まぁ、ラウルの……?」


ラウル、とは私の弟だ。
兄妹ではあるものの、仲良くした記憶は無い。


「お嬢様にこんなこと言っていいのか分からないですけど、とっても辛くって……」
「あー……まぁ、分からなくもないけれど」


私の弟――ラウルの性格はハッキリ言って最悪である。
次期後継者として両親に甘やかされて育ったせいか、幼い頃から超が付くほどの我儘で怒ると手が付けられない。
それに加えて大の女好きであり、面食いでもあった。


(だからこそ、ウチにいるメイドたちって若い美女ばっかりなのよね……)


優秀な人材は全員弟によって辞めさせられたのだ。
私に優しくしてくれたベテランの使用人たちはずっと前に全員解雇になってしまった。


「それで……この間なんてブスは出て行け!って言われたんです……」
「まぁ、それは酷いわ」


ラウルの暴君っぷりは昔から全く変わっていないようだ。


「他の侍女たちもクスクス笑っていて……」
「気にしないで良いのよ、そんなもの。どうせ顔が良いだけで全く仕事が出来ない人たちなんだから」
「アハハッ!たしかに!アリスお嬢様って面白いこと言うんですね!」


(面白い?私が?)


そんなことは初めて言われた。
この子は本当に私のことを何も知らないらしい。
私と仲良くすることでどんなことが起きるか分かっていないようだ。


(ダメよ、被害者を増やすわけにはいかないわ)


もしかしたら似た境遇を持つ者同士良き理解者になるかもしれないとは思ったものの、レイナのことを考えると私がそうするわけにはいかなかった。
彼女がこれ以上の被害を被らないように、ここを去ることが今私に出来る最大限の配慮だろう。


「私、そろそろ部屋に戻るわね」
「えっ……もうですか……?せっかくこうやって会えたのに……」


名残惜しそうな顔をするレイナに、私はハッキリと告げた。


「一つ良いことを教えてあげるわ。あなたはすぐにでもここを辞めるべきよ。この侯爵家に未来なんて無いから。あなたのような優秀な人はもっと別のところに行くべきだわ」
「お嬢様……」


ポカンとしたアンナを置いて、私は踵を返した。


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