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 「私のいない間に、どなたかとお会いになったのですか? 」
 「いやいや、誰とも会うわけがないだろう? 僕にはエスメラルダがいるというのに」
 「ではなぜ、そのような香りが!? 」

 ただでさえ妊娠中ということもあって気持ちが参りそうになっているというのに。
 これ以上余計なストレスをかけないでもらいたい。

 「ああ……そういえば朝に隣国から来賓で来た王女と面会をしたんだ。思い当たる事はそれくらいしかないが……」
 「隣国の、王女殿下……」

 ユーカリ国の隣国であるサーシル公国の王女は大層な美姫で有名であった。
 兄が三人いるため跡を継ぐ必要も無く、外交の手段としてどこか諸外国へ嫁ぐのではないかともっぱらの噂である。

 それにしても、なぜその王女の香りがこれほどまでにフィリップ様の体に染み付いておられるのか。

 「王女殿下と、それほどまでにお近づきになられたのですか……? 」
 「それは……どういう意味だい? 」
 「王女殿下の香りを身にまとうほど、体を密着させていたのですかと聞いているのです! 」

 フィリップ様は私のあまりの剣幕に圧倒されながらも、こう告げた。

 「あ、ああ……半刻ほど膝に乗せていたから、その時に香りが移ったのかもしれないな」
 「はあ!? 何ですって!? お膝に!? 」

 美姫として有名な王女を、王太子であるフィリップ様が自らの膝に乗せたですって?
 それも、半刻も。

 「フィリップ様……あなた様は王女殿下を側室にされるおつもりですか? 」

 私の言葉にフィリップ様は、零れ落ちるほど大きく目を開いて驚いた様子。

 「はあ!? 側室だって!? 」
 「だって、そうでございましょう! ありえませんわ……一国の王太子ともあろうお方が……」
 「いやいやいや、僕は何を言っているのかさっぱり……」

 フィリップ様の顔には困惑の表情が浮かんでいるが、困惑しているのはこちらの方だ。

 「以前あれほど側室はとらないと仰っていたはずなのに……あなた様の私への想いはその程度でしたのね……」

 気付けば私はボロボロと涙を流していた。
 フィリップ様はそんな私の姿を見てギョッとしたように慌てる。

 「え、エスメラルダ! なぜ泣くんだ……ほら、泣かないで」

 そう言って私の涙を拭おうとするフィリップ様の体からは、やはり別のお方の香りが漂っていて。
 ただでさえ匂いに敏感な今、見知らぬ誰かの香りは嗅ぎたくなかった。

 「嫌です、触らないでくださいませ! 」
 「なっ……エスメラルダ、そんな……」

 フィリップ様はまるでこの世の終わりのようなお顔で立ち尽くしている。

 「どうぞ勝手に隣国の王女殿下を側室にでもなさってくださいませ! 私はこのまま実家で一人出産致しますわ。二人のお邪魔は致しませんので、どうぞごゆっくり」
 
 私はそう言うと、呆気に取られたフィリップ様の魔力が弱まった瞬間に結界を張り直した。
 そしてフィリップ様に転移魔法をかけて王城へと送り返す。

 「いや、待ってエスメラルダ、きっと何か誤解を……」

 焦ったように弁明しようとするフィリップ様の声が聞こえたが、それも途中でかき消された。

 「……フィリップ様……」

 私はそのまま寝台に倒れ込むように横になると、泣き疲れて眠ってしまった。

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