トライアングル△ オフィスラブ

sora

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「だぁぁ!終わらないぃー!」

17時30分。
オフィスに響き渡る声の主、瀬戸瑞希(22歳)。

この会社に入社したての新人なのだが、パソコンを前に頭を抱え突っ伏している。
それもそのはず、今日は久しぶりに同期で飲みに行こうと約束しており、誰よりも楽しみにしていた。この日のために、日頃の愚痴をために貯めて。

約束の時間には絶対に間に合わない。
それどころか、参加できるかも怪しい。
他の課に配属された同期の話では、定時で帰してくれるところがほとんどで、自分のように残業三昧は稀なのだ。

「はぁ……」

ため息しかでてこない。なんでこんな課に配属されてしまったのか。自分の不運さに泣けてくる。
いや、しかし自分が悪いのだ。仕事効率の悪い自分が。

傍から見れば、犬のように垂れ下がった耳と尻尾が見えるようだ。
同僚には飲みに行けない旨のメールを送り、再度パソコンに向き合う。

「ごめんね、瀬戸君。手伝えたら良かったんだけど……娘迎えに行かなきゃで。」
「悪い!瀬戸!俺も今日は嫁が……明日日中手伝うからなっ!」
「あは、全然大丈夫っす~」

自分の中では、お疲れ様ですと、笑顔で対応しているつもりだが、その笑顔はかなりひきつっている。

次々と帰宅していく課のメンバー。
多部さんは絶賛子育て中。保育園に迎えに行かなければならない。
鈴木さんは新婚さん。これから幸せな家庭を築く邪魔をしてはいけない。

なにより、会社の方針で残業を減らすよう指示されている。
そのため、基本的に残業はせず帰っていくが、暇な訳ではない。
日中、鬼のように仕事をこなしている。

(新入社員を置き去りにする程にな。)

と、まぁ、新卒で入社した会社は、毎日忙しいものの、何とかやっていけている。

それは……

「瀬戸、大丈夫?」

そう、先輩の佐々木悟(28歳)。この人のおかげで。

6歳年上の佐々木は、仕事が早く丁寧だとみんなに言われている。
新入社員の瀬戸からすれば、何でもこなすスーパーヒーロー。傲慢さも嫌味もない。
いつも優しい笑みを浮かべ、物腰が柔らかく、新入社員の瀬戸を人一倍気遣ってくれるのだ。
瀬戸は仕事の殆どを佐々木に教わっている。

(あぁ~佐々木さんって……なんかいい匂いするんだよな……)

一緒にいるとホワホワとした気持ちになる。佐々木は瀬戸にとって、癒しでもあるようだ。

「佐々木さん、大丈夫っす!」
根拠のない「大丈夫」に、自信満々の表情。
思わず笑ってしまう佐々木。
「今日、同期と飲み行くって言ってなかった?」
「覚えててくれたんですか?」
ただの会社の後輩のスケジュールまで把握してくれている佐々木に、思わず感動してしまう。
覚えてくれていただけで嬉しく、耳と尻尾がフリフリと動いているようだ。
「俺やっておくよ。今日やらなきゃ行けない優先順位が高いの教えて?」

課のみんなは各々忙しく、その中でもフォローしてくれるのは佐々木くらいだ。
しかし、佐々木も相当忙しいはず。なのに毎日毎日……

「おい!佐々木!!甘やかすな!だからいつまでもソイツは仕事覚えねぇんだよ!」

オフィスに響き渡る怒声。
パワハラで有名な課長の加藤だ。
柔道をやっていたからか体格がよく、迫力も相当なもので。

何人辞めさせられたか……

その加藤は、ちょうど帰宅するところだったらしく、普段は遠い瀬戸のデスクに近づいてくる。
佐々木は申し訳ございませんと頭を下げ謝った。

「お前がキチンと指導しないからだろ!クズ!ホントなんの役にもたたねぇ……」

下げられた頭を書類で叩き、その書類を佐々木に叩きつけるように投げつけた。
床に散らばる書類をみて、瀬戸は悔しくなった。

(佐々木さんが仕事が出来ない訳じゃないのにっ!俺の面倒や、パワハラ加藤の対応に追われているからなのにっ!)

「俺は定時だがら帰る。」

傍若無人。
そう思いながらも落ちた書類を拾い、挨拶をする佐々木に瀬戸。

自分のせいでとばっちりを受けた佐々木に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「佐々木さん、すいません……俺のせいで……」
「大丈夫だよ。俺ももともと残業だし。逆に俺の方こそ声かけるタイミング悪かったな。ごめん。」
「いえ!声掛けてもらえて嬉しかったです!」
ははっと苦笑いをする佐々木に胸が締め付けられる。
佐々木の優しさ故か、なぜか加藤に目をつけられ、ことある事に難癖をつけられている。

「自分の分は自分で頑張ってやります!早く仕事覚えたいし。」
「うん、頑張ろう。わからないところある?」
あんな事があった後でも、にっこり笑って接してくれるのだ。
まだ佐々木自身も仕事が残っているはずなのに、わざわざ隣に座り、一つ一つ丁寧に教えてくれる。
「ここは、こうして……」
「なるほど……」
以前教わった通り、メモをとりながら話を聞いていた瀬戸だが、ふと、頭を撫でられ、心臓が止まるかと思った。
「ちゃんとメモしてるね。」
偉い偉い、なんて頭を撫でながら言われ、少し照れくさく、ほわほわした気持ちになった。

佐々木は瀬戸にとって憧れなのだ。

指導しながらも、自分の仕事をこなしている。働く社会人としては当たり前なのかもしれない。それでも、佐々木のように毎日熱心に指導してくれる人はいないと思う。
(俺のせいで昼休憩もまともに取れてない時あったしな……)
そこまでして指導してくれなくてもいいとも思うが、でもやっぱり、指導してもらうなら佐々木が良いとも思ってしまう。
人当たりがよく優しい。一緒にいると和むと言うか、落ち着くというか……

「お~す、お疲れ~」
「望月係長!」
「お疲れ様です。」

コンビニの袋を持ってオフィスに入ってきたのは、係長の望月和也(35歳)。
180cmの長身でルックスもよく、性格は明るく気遣いもできる。女性社員はもちろん、男性社員、上司部下問わず好かれまくっている人物だ。
当たり前にモテるのになぜ結婚しないのか、社内の七不思議に数えられているらしい。

「少し休んだら?」
持っているコンビニの袋から、ガサッと2本コーヒーをとりだし、デスクに置く。
小さいサイズの微糖コーヒーだ。
「ありがとうございます。」
コーヒーを手に取りお礼を言う佐々木とは反対に、コーヒーが飲めないという瀬戸。ココアの方が好きだと言う。
「知らん。」
望月は冷たく言い放つと、袋から、これなら飲めるか?と野菜ジュースをとりだした。他におにぎりが入っていたことから察するに、自分で飲もうと思っていたのだろう。
「佐々木はまた残業か?昼飯食ったのかよ。」
何回も聞いたであろうセリフに、佐々木は苦笑いをすることしかできず。そんな佐々木に望月はおにぎりを手渡した。
「休憩しないと逆に事務効率下がるんだぞ。」
心配そうに佐々木の顔を覗き込んだかと思えば、おでこに軽くデコピンをした。痛いとオーバーにリアクションする佐々木を見て、そんなリアクションもするのかと、瀬戸は意外だと思った。
「残業も反対!」
「残業しないと終わらないですよ。望月さんだっていっつも俺以上に残業してるじゃないですか。それに……俺はいいんです。帰りを待つ人もいないし、帰ってもやることないし。」
「だからって毎日毎日21時、22時じゃ体壊すよ。お前が全て引き受ける必要はないだろ?俺はお前が心配なんだ。」
望月は本気で心配しており、佐々木の回答に少しムッとした様子だった。
(佐々木さん、イエスマンかと思ってたけど、ちゃんと反抗するんだな……望月係長もムッとして意外……)
いつもと違う先輩や上司をみて、たまにの残業なら悪くないかもと思ってしまった。

「望月係長、加藤課長が佐々木さんに仕事押し付けるんです。いっつも怒鳴ってるし……どうにかしてください!」
「加藤さんなぁ。それは俺も何とかしたいんだけど……」
切実です!と声を荒らげる瀬戸に、望月も困ってしまう。
加藤の方が役職が上で、望月が言ったところで変わるかどうか。腕を頭の後ろに組み、天を仰ぐ望月。加藤の存在は相当なようだ。

「てか瀬戸も早く帰れよ!散々俺に言ってた飲み会はどうした?同僚と上司のグチ言ってストレス発散しろ!」
笑いながら言う望月に、あんたも上司だよ、と内心思う。でも心配してくれる、そういう所がモテるんだろうなぁとぼんやり思った。

「よし!俺も手伝うから10分で終わらすぞ!」
「ムリぃ~!」
腕まくりをし、テキパキ指示を出す望月。
結局、残業が終わったのは20時過ぎで、同期との飲みには参加出来た。
ありがたいと思うと同時に、まだ残っている佐々木と望月に申し訳なく思った瀬戸だった。

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