第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

74.紫鷹 外堀を埋める

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「…やり方がえげつない、」

学院の中庭、いつもの場所で、藤夜が頭を抱える。

「相手は日向だぞ。外堀から埋めるしかないだろ、」
「外堀の範囲が広すぎるんだよ、」

今朝、母上の執務室で開かれた会合には、いつも通りこの従者もいた。いてもらわなくては困る。多分、1番影響を受けるのは、お前だから。
執務室を出て、学院のこの場所へ来るまで堪えたのは、流石だなあ。
ここなら、誰の耳も気にせず、話ができる。

「先に言えよ、」
「タイミングが悪かった。お前は実家にいたし、日向を見たら、我慢ならなかった、」
「…そう言うところ、皇帝陛下にそっくりだよ、お前は。」

そうか、と笑うと、藤夜は再び頭を抱えた。



昨日、俺は父たる皇帝陛下に日向と尼嶺(にれ)の王権を強請った。




建前は、属国・尼嶺の王家への不信に対し、帝国が介入すること。そのために、前王の第一王子を半色乃宮(はしたいろのみや)に契約を持って迎え入れること。

本音は、これ以上、日向を傷つけたくなかった。
俺の大事な日向を、どうにかして守りたかった。
俺が、日向を守る理由が欲しかった。


日向を、手段を選ばずに守れる立場がほしかった。


日向は今、16年かけて得るはずだった変化と葛藤を全て受け止めている。それが、どれほどの苦痛を伴うのかは、日向を見ていればと、痛いほどわかった。

1日のほとんどを気を失うように眠るのは、体が持たないからだろう。
声をあげて泣いていたのが、ただ涙を流すだけになったと、俺が気づかないわけがない。
もう日向は、その痛みを自分を傷つけることでしか、誤魔化すことができなくなっていた。

小栗が言ったように、成長の痛みは、和らげることはできても、消えはしない。
日向が成長を望んでいることは、俺だって分かっているし、それ自体を止めたい訳じゃなかった。


「あいつ、尼嶺のことを話すことが増えたんだよ、」
「知ってるよ、鍛錬の時間にもよく話す、」
「自分が普通と違うのも、尼嶺での生活が異常だったというのも、理解しだした。」
「そうだな、」
「爪を立てる時、日向は泣かないんだよ、」

泣けないんだよ。

藤夜の視線が、俺の袖に向かう。
服の下に隠れてはいるが、日向が立てた爪痕が、今も残っていた。

「何で嬉しそうなんだ、お前は、」

この変態、と言い捨てる藤夜に笑う。
嬉しいに決まっているだろう。日向の痛みが一つでも除かれるなら、俺は喜んで受ける。日向がくれるものなら、大瑠璃のブローチも、痛みも、同じくらい嬉しい。

「…亜白様がきっかけだと思ってるのか、」
「年齢の話は亜白がきっかけだが、日向はずっと前から気づいていただろう。俺もお前も同じ歳だし。周りと違うことも、日向はよく見てるからな。時間の問題だったんだろ、」
「じゃあ、何で話が急に外へ飛躍しているんだ、」

「日向の過去が救えないなら、未来を救いたい、」


藤夜が瞳を開く。
たったそれだけのために、と言うだろうか。
日向への執着のためだけに、敵を増やし、王権と言う重荷を負うのか。朱華や尼嶺の王家と争うのか。命をかけるのかと。
そこに、藤夜を巻き込むのか、と。

「…今のひなを助けるだけじゃないんだな、」

言わないよな、お前は。
大きくため息をついて何かを考え出したのは、どうすれば渦中に飛び込んでいく俺を守れるかとか、自分が何をすべきかとか、そういうことだろう。

「尼嶺の王子は、死ぬまでその任を解かれない。誤魔化しも効かない。なら、奪うしかないだろ、」

あの国は、王族が癒しや治癒という特殊な魔法を持つばかりでなく、色々とおかしな性質がある。
王子は生まれながらに王子。
俺とてそうだが、尼嶺の場合は少し違う。
俺は王位継承の権利を捨てて、王子を降りる権利があるが、日向にはない。帝国では王位継承に相応しくないと判断されれば王子も王女もその権利を失うこともある。だが、日向にはそれがない。

王子としての教育など何も受けられなかった日向が王子でいる理由もそこにある。父王が亡くなった後、王位を継いだ叔父が、日向を虐げながらも、王子の任を解けなかった理由も。

「やっぱり亜白様がきっかけだと思っているんだろ。春の式典の件がなければ、ひながこのタイミングで亜白様に会う必要はなかったから、」
「いや、本当にそれは時間の問題だと、」
「じゃあ、何だ、」
「日向が俺の伴侶になれば、俺が日向をどれだけ甘やかそうが、誰も文句は言えないだろ、」
「やっぱり変態か、」
「何とでも言え。日向に愛を注げるんならお前の悪態くらい、何でもない、、」

友の視線が俺を蔑む。
何を勘違いしているのか知らんが、日向を救うためだと言っているだろう。

「人質王子が、帝国の皇子に傷をつければ、処罰ものだろ、」
「萩花にボコボコにされた時、お前は婚姻の話などしなかっただろう、」
「萩花は己を守れる男だろう。俺をぶちのめす理由くらい、自分で作ってる、」
「何で、婚姻、」
「日向に必要なのは愛情だろう。あいつ、自分が大事にされない存在だったと、口にするようになった。今もいらないと言われることにずっと怯えてるんだ。」

なら、それを思い出せないくらいの愛が必要だろう。
思い出しても、過去のことだと思えるくらいの愛が、日向には必要だろう。
絶対的に揺るぎない居場所が、日向には必要だろう。
俺がその居場所になりたい。


だから、日向との婚姻という契約を、皇帝陛下に強請った。


「正式な婚姻は成人を待ってからと母上とは話しているが、婚約は一刻も早く決めたい。俺は日向の伴侶になって、尼嶺の王権を握る。」


日向の心も体も、尼嶺にはやらない。
だが日向は尼嶺の王子だから、俺が尼嶺を奪う。

「そういうところが、皇帝陛下にそっくりで、朱華(はねず)殿下がお前を嫌うんだよ、」
「朱華はどうでもいい、」
「どうでもよくなったか、」

はああああ、と藤夜は大きくため息をついた。
それから、俺を見る。

「…とりあえず、尼嶺の刺客は増えるでしょうから、殿下とひなの護衛の両方で連携しておきます。できるだけ穏便に、尼嶺を説得できることを願いますよ。ひなには指一本触れさせないでください。ひなをあんな風にしたことに、俺も腹を立てているんで。」

日向に聞かせてやりたいな、と思った。
お前のことをこんな風に思ってくれる人間はいるんだよ、と。


尼嶺がお前を愛さなかったとしても、お前は愛されているし、大事だ。


日向のこの先、何十年を全て、俺は幸せにしたい。
だから、お前をもらうよ、日向。




「ところで、」

友人が何かを咎めるように俺を見る。
言いたいことはわかる。

「婚約や婚姻を結んだとしても、ひなの意思を無視して迫っていいという話ではないからな、」
「それは、母上に言われた、」
「…お前、母親にそれを言われるのは、恥ずかしいと思え、」
「侍女と草が、逐一母上に報告するから困っている、」

視線が冷たい。
分かってはいるが、日向に愛情を伝える手段としていくらか許してほしい。
日向が分かるようになるまで、最後まではしない。多分。

「婚約の意味をひなが理解できると思うか、」
「俺たちの婚姻なんて、政略だろ。」
「そうでなく、」
「大丈夫だよ、ちゃんと惚れさせる。」
「…それは、お前一人で頑張れよ、」



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