101 / 209
第弐部-Ⅰ:世界の中の
99.藤夜 翌朝の皇子殿下は混乱する
しおりを挟む
紫鷹の話を聞いて、頭を抱えた。
「…転移魔法?本気か、」
昨日、亜白様を見送りに行ったときに、確かに転移門に転移魔法が刻まれていた。
「たった一度見ただけで…ですか。」
「日向の話ではそうだ。俺も信じ難いが、日向のことだ。ないわけじゃない、」
「それはそうですが…あまりにも、」
萩花(はぎな)も言葉を失う。
燵彩(たちいろ)はひどく険しい顔をしていたし、灯草(ひぐさ)は完全に顔色を失っていた。
今ひなの側にいる東以外の護衛も、皆愕然としたようになっているのが、この事態の重さを物語っている。
何しろ転移魔法だ。
身体強化や身体守護でさえ驚いたが、転移魔法となれば、もう次元が違う。
昨日見た転移門が巨大な鳥居だったのは、飾りでも何でもない。それだけの媒介が必要な魔法だからだ。仮に、人が媒介なしに術式だけを用いて展開しようとすれば、どれだけの魔術師が必要になるかは想像したくもない。おそらく、両手で足りない。
それをもし、ひな一人の魔力で使ったらと思えば、血の気が引いた。
紫鷹が、早朝から鍛錬を辞めてこれだけの人数を執務室に集めるわけだ。
「…俺は、日向を学院に通わせてやりたい、」
今はそれどころではないだろう、と声の主を振り返る。
けれど、恐ろしく思いつめた表情に言葉を飲み込んだ。
「だが、この通り日向は簡単に魔法を覚えるし、無意識に使う。昨日は、日向自身がうまく抑えてくれたが、毎回うまく行くとは限らない。もし学院に通えば、日向の吸収する魔法の量は、とんでもない量になるだろう、」
学院は、壁も天井も、その辺に転がる道具一つにも魔法があるし、構内では誰もが当たり前のように魔法を使う。
図書館の本の背に刻まれた術式を、その違いさえ見分けたひなだ。
おそらくたった一日の訪問で、こちらが想像もつかない数の魔法を吸収したに違いなかった。
それを推測できなかったのは、俺たちのミスだ。けれど。
「俺は、昨日学院へ行ったことを、日向に後悔させたくない。亜白の見送りに行ったこともだ。」
まるで、俺の後悔を見抜いたように紫鷹は言った。
視線が合うと、紫鷹は笑った。こんな時に笑うのか。それも、ひなに向けるみたいな、優しい顔で。
「日向が、外に出て初めて、離宮が近いと分かったと言ったんだ。あいつの中では、今まで近いのは俺で、離宮にいても毎日は会えない者は遠かったんだと。それが、外に出たら、もっと遠いものがあって、離宮は近いとようやく分かったと話していた、…ちょっと泣きそうになった、」
「紫鷹、」
「俺はこの離宮を、もっと日向の近いものにしてやりたい。ここはあいつの内側で、外はもっと広いんだと教えてやりたい。学院で日向は楽しそうだっただろ。あんな風に、たくさんいろんなものを見て、ワクワクさせたい。」
頼む、と紫鷹の頭が下がって、全員が一瞬息を呑んだ。
「外を、日向の怖いものにさせないでほしい。ーーそのために魔法を確実に抑え、安全に使えるようにしてほしい。」
手が、震えている気がした。
ひなが転移魔法を使えばどうなるかは、お前も分かるよな。おそらく、言葉で聞かされるより、目の当たりにしたお前の方が脅威を感じたのだろう。まして、お前の大事なひなだ。
自然と背筋が伸びる。
皇子が、これほど真剣に俺たちに頼むのだ。
俺たちにとっても大事な大事なひなのことを。
「殿下、」
口を開いたのは年長の燵彩だった。
ひなの鍛錬を主導するのは彼だ。
「藤夜様より推薦のあった教授と講師の調査が済んだところです。日向様に関わるとなれば、彼らをこちらへ完全に取り込まねばならないと考えておりますが、構いませんかな、」
「できるか、」
「せねばなりますまい、」
「頼む、」
「護衛の方も、魔力干渉が可能なものを含め、人員を増やしたいと考えております。」
「それは、萩花を信頼している、」
「殿下のご伴侶との前提に立ち、少々大掛かりになりますよ、」
「うん、俺の大事な伴侶だ。何があっても守ってくれ、」
「承りました、」
萩花を先頭に、ひなの護衛が礼を取る。
それを見届けて、紫鷹がこちらに視線を向けた。
俺の隣に座った幸綺(こうき)が立ち上って礼を取り、皇子に了承の意を示す。
紫鷹の護衛にも、最近、魔力干渉が可能な者や魔法に長ける者が続々と加わった。
紫鷹がひなに執着し始めた頃には、すでに幸綺が動いていたから、こちらは彼に任せればいくらでも紫鷹の意向通りにしてくれるだろう。
幸綺に向けた視線が、俺に向いて何か言いたげにする。
だが言葉にすることなく視線を合わせただけだったから、俺も頷くだけにしておいた。どうせ後で何か話したいことがあるのだろう。
紫鷹が何度も頭を下げ、集まった面々がそれに礼を取る。
こんな光景、一年前には想像もしなかったが、これから日常になっていくのかもしれない、と思った。
それを、悪くない、とも。
「聞け、藤夜、」
俺の主がようやく俺に声をかけたのは、執務室から人が消えた直後だった。
何ですか、と振り返ると、ゴンッと音を立てて紫色の頭が机に落ち、驚かされる。
すごい弱ってるじゃないですか、殿下。
「…さすがにビビった。あいつ、転移魔法とか冗談じゃない。本気で何とかしてくれ。」
こんな風に頭を抱えて泣き言を言うのは、ちょっと久しぶりに見る。
手が震えているのがもう隠しきれていないし、顔色もひどかった。
よほど怖かったらしい。
「外に出したいって言ったけど、正直今は閉じ込めたくてたまらない、」
「いつもなら頭を叩いてるとこですけど、」
「叩かないってことは、お前も分かるだろ。日向に外を怖がって欲しくはないが、俺が怖くなった。昨日、他に何を見せた?転移レベルの魔法がいくらでも転がってただろ、」
「…殿下が後悔してるんですか、」
「俺だって学院に連れて行ったことを後悔したくはない。…だけど、日向を失ったら絶対に後悔する、」
昨日、ひなが学院に行きたいと言い出した時は、あんなに嬉しそうだったのにな。
一晩でこの落差か。無理もないが。
「ひなには、」
「まだ何も。あいつは学院に通うつもりで、今頃書き取りでもやってる。」
「ちゃんと褒めたか、」
「は、」
机にのめり込んだ頭が、わずかに上がってこちらを見る。
何の話だ、と分かっていないようだから、少し大げさにため息をついた。
「ひなが自分で無意識の魔法を抑制できたのは、これが初めてだろ、」
俺の主が、きょとんとした後に、はっとする。
ひなが無意識の魔法に何度も傷つけられてきたのは、お前も良く知っているだろう。
初めて魔力暴走を起こしたのはいつだったか。もうずいぶん昔のように感じるが、それだけ長い時間、ひなは自分の魔法が制御できないことに苦悩し続けてきた。
俺は今も、ひなが約束を守れなかったことを悔いて恐慌に陥った時のことは、忘れられないよ。
そのひなが、初めて無意識の魔法を認識して、自分の意思で完全に抑え込んだんだ。
それは、全力で褒めてやるべきことだろう。
「…それどころじゃなかった、」
そうだろうと思ったから、また大げさにため息をついて見せると、紫鷹はようやく覇気を取り戻して、こちらを睨みつける。
「本当にそれどころじゃなかったんだよ、」
「分かりましたから、さっさと部屋に戻って、ひなを褒めてあげてください。そろそろ朝食の時間でしょう。なんなら俺が変わりましょうか、」
「誰が変わるか。でも話は聞け。まだいろ。本当に大変だったんだから、何とかしてくれ、」
思いがけず縋られて、驚いた。
俺を睨みつけていた紫色の瞳が、困惑したように力を失くして、再び眉が下がる。
…本当に、よほど怖かったんだな、紫鷹。
さすがに責める気もなくなって、自分の席に腰を下ろした。
俺が聞く姿勢を見せたためか、再び紫色の頭がものすごい音を立てて、机に沈む。
「…あいつ、どうなってんだ。怖いよ、ホント、」
「ひなに常識が通用しないのは分かってただろ、」
「通用しなさ過ぎて怖い、俺が持たない。日向がやらかすたび、正直、我慢ならない、」
「それも含めて受け入れたんだろ。番いにしたのはお前なんだから、最後まで責任持て、」
「いいの?責任取っていいの?あいつ分かってないだろ、絶対、」
「怖かったのは分かるが…待て、何の話だ、」
いまいち会話がかみ合っていない上に、何やら雲行きの怪しさを感じた。
「だって、日向のやつ、エロいんだよ。何で俺が襲われるんだ、」
「は、」
何の話だ。
「…魔法の話はどうした。」
「魔法の話だよ!あいつ、俺が魔法のせいでどれだけ怖かったと思ってんだ。こっちが混乱してるのに、ちゅうちゅう吸い付いてくるから、感情がぐちゃぐちゃになるだろうが!」
「…帰っていいか、」
「帰るな、聞けよ。何とかしろよ。お前の弟みたいなもんなんだろ。兄らしく責任取れ。こっちは困ってんだ。何なんだよ、あの可愛い弟は。こっちは、いっぱいいっぱいなんだよ。なのに誘いやがって、そんなの襲うに決まってるだろ!」
「…襲ったのか、」
「…殿、下?」
えげつない威圧が、部屋の入口からした。
萩花が、とても良い笑顔で紫鷹殿下に向かって真っすぐに歩いてくる。
多分俺も同じような感じだったから、俺自身に影響はなかったが、二人分の威圧を受けた紫鷹は、流石に青くなって汗を流した。
「ちょっと詳しく聞きましょうか、」
いや、あの、と珍しくどもる殿下に、それで、と萩花が詰め寄る。
いつもならそこで泣きが入るのだが、今日は夜中の混乱を引きづっているせいか、いつもと少し違った。
「…聞いて、ほしい、」
紫鷹は、今にも泣きだしそうな顔で眉を下げて、今度は萩花に縋りつく。
その表情と仕草が、少しだけ「聞いて」と紫鷹に縋る時のひなに似ていて、一気に毒を抜かれた。
萩花も同じだったようで、ぽかんとした顔で、威圧も何もなくなってしまう。
何となく、二人とも腰を下ろし、紫鷹の話を聞く羽目になった。
昨晩は、ひなの魔法の混乱と誘惑で、紫鷹にとっては相当の修羅場だったらしい。
ひなが予想外に積極的だとか、ひなの口づけがどれだけ上手いかとか、ひなの無知ゆえに紫鷹の思春期が爆発しそうだとか、この世の最大の難題かのように紫鷹は語る。
「魔法もそうだが、あいつの性教育も何とかしてくれ。でないと俺がやばい、」
しまいには泣き出してそんなことを頼むものだから、萩花が神妙な顔で承った。
ひなの魔法の解明と性教育、ひなの護衛は大変だな、とぼんやり思う。
俺は一体何を聞かされているのか、途中からよく分からなくなった。
「…転移魔法?本気か、」
昨日、亜白様を見送りに行ったときに、確かに転移門に転移魔法が刻まれていた。
「たった一度見ただけで…ですか。」
「日向の話ではそうだ。俺も信じ難いが、日向のことだ。ないわけじゃない、」
「それはそうですが…あまりにも、」
萩花(はぎな)も言葉を失う。
燵彩(たちいろ)はひどく険しい顔をしていたし、灯草(ひぐさ)は完全に顔色を失っていた。
今ひなの側にいる東以外の護衛も、皆愕然としたようになっているのが、この事態の重さを物語っている。
何しろ転移魔法だ。
身体強化や身体守護でさえ驚いたが、転移魔法となれば、もう次元が違う。
昨日見た転移門が巨大な鳥居だったのは、飾りでも何でもない。それだけの媒介が必要な魔法だからだ。仮に、人が媒介なしに術式だけを用いて展開しようとすれば、どれだけの魔術師が必要になるかは想像したくもない。おそらく、両手で足りない。
それをもし、ひな一人の魔力で使ったらと思えば、血の気が引いた。
紫鷹が、早朝から鍛錬を辞めてこれだけの人数を執務室に集めるわけだ。
「…俺は、日向を学院に通わせてやりたい、」
今はそれどころではないだろう、と声の主を振り返る。
けれど、恐ろしく思いつめた表情に言葉を飲み込んだ。
「だが、この通り日向は簡単に魔法を覚えるし、無意識に使う。昨日は、日向自身がうまく抑えてくれたが、毎回うまく行くとは限らない。もし学院に通えば、日向の吸収する魔法の量は、とんでもない量になるだろう、」
学院は、壁も天井も、その辺に転がる道具一つにも魔法があるし、構内では誰もが当たり前のように魔法を使う。
図書館の本の背に刻まれた術式を、その違いさえ見分けたひなだ。
おそらくたった一日の訪問で、こちらが想像もつかない数の魔法を吸収したに違いなかった。
それを推測できなかったのは、俺たちのミスだ。けれど。
「俺は、昨日学院へ行ったことを、日向に後悔させたくない。亜白の見送りに行ったこともだ。」
まるで、俺の後悔を見抜いたように紫鷹は言った。
視線が合うと、紫鷹は笑った。こんな時に笑うのか。それも、ひなに向けるみたいな、優しい顔で。
「日向が、外に出て初めて、離宮が近いと分かったと言ったんだ。あいつの中では、今まで近いのは俺で、離宮にいても毎日は会えない者は遠かったんだと。それが、外に出たら、もっと遠いものがあって、離宮は近いとようやく分かったと話していた、…ちょっと泣きそうになった、」
「紫鷹、」
「俺はこの離宮を、もっと日向の近いものにしてやりたい。ここはあいつの内側で、外はもっと広いんだと教えてやりたい。学院で日向は楽しそうだっただろ。あんな風に、たくさんいろんなものを見て、ワクワクさせたい。」
頼む、と紫鷹の頭が下がって、全員が一瞬息を呑んだ。
「外を、日向の怖いものにさせないでほしい。ーーそのために魔法を確実に抑え、安全に使えるようにしてほしい。」
手が、震えている気がした。
ひなが転移魔法を使えばどうなるかは、お前も分かるよな。おそらく、言葉で聞かされるより、目の当たりにしたお前の方が脅威を感じたのだろう。まして、お前の大事なひなだ。
自然と背筋が伸びる。
皇子が、これほど真剣に俺たちに頼むのだ。
俺たちにとっても大事な大事なひなのことを。
「殿下、」
口を開いたのは年長の燵彩だった。
ひなの鍛錬を主導するのは彼だ。
「藤夜様より推薦のあった教授と講師の調査が済んだところです。日向様に関わるとなれば、彼らをこちらへ完全に取り込まねばならないと考えておりますが、構いませんかな、」
「できるか、」
「せねばなりますまい、」
「頼む、」
「護衛の方も、魔力干渉が可能なものを含め、人員を増やしたいと考えております。」
「それは、萩花を信頼している、」
「殿下のご伴侶との前提に立ち、少々大掛かりになりますよ、」
「うん、俺の大事な伴侶だ。何があっても守ってくれ、」
「承りました、」
萩花を先頭に、ひなの護衛が礼を取る。
それを見届けて、紫鷹がこちらに視線を向けた。
俺の隣に座った幸綺(こうき)が立ち上って礼を取り、皇子に了承の意を示す。
紫鷹の護衛にも、最近、魔力干渉が可能な者や魔法に長ける者が続々と加わった。
紫鷹がひなに執着し始めた頃には、すでに幸綺が動いていたから、こちらは彼に任せればいくらでも紫鷹の意向通りにしてくれるだろう。
幸綺に向けた視線が、俺に向いて何か言いたげにする。
だが言葉にすることなく視線を合わせただけだったから、俺も頷くだけにしておいた。どうせ後で何か話したいことがあるのだろう。
紫鷹が何度も頭を下げ、集まった面々がそれに礼を取る。
こんな光景、一年前には想像もしなかったが、これから日常になっていくのかもしれない、と思った。
それを、悪くない、とも。
「聞け、藤夜、」
俺の主がようやく俺に声をかけたのは、執務室から人が消えた直後だった。
何ですか、と振り返ると、ゴンッと音を立てて紫色の頭が机に落ち、驚かされる。
すごい弱ってるじゃないですか、殿下。
「…さすがにビビった。あいつ、転移魔法とか冗談じゃない。本気で何とかしてくれ。」
こんな風に頭を抱えて泣き言を言うのは、ちょっと久しぶりに見る。
手が震えているのがもう隠しきれていないし、顔色もひどかった。
よほど怖かったらしい。
「外に出したいって言ったけど、正直今は閉じ込めたくてたまらない、」
「いつもなら頭を叩いてるとこですけど、」
「叩かないってことは、お前も分かるだろ。日向に外を怖がって欲しくはないが、俺が怖くなった。昨日、他に何を見せた?転移レベルの魔法がいくらでも転がってただろ、」
「…殿下が後悔してるんですか、」
「俺だって学院に連れて行ったことを後悔したくはない。…だけど、日向を失ったら絶対に後悔する、」
昨日、ひなが学院に行きたいと言い出した時は、あんなに嬉しそうだったのにな。
一晩でこの落差か。無理もないが。
「ひなには、」
「まだ何も。あいつは学院に通うつもりで、今頃書き取りでもやってる。」
「ちゃんと褒めたか、」
「は、」
机にのめり込んだ頭が、わずかに上がってこちらを見る。
何の話だ、と分かっていないようだから、少し大げさにため息をついた。
「ひなが自分で無意識の魔法を抑制できたのは、これが初めてだろ、」
俺の主が、きょとんとした後に、はっとする。
ひなが無意識の魔法に何度も傷つけられてきたのは、お前も良く知っているだろう。
初めて魔力暴走を起こしたのはいつだったか。もうずいぶん昔のように感じるが、それだけ長い時間、ひなは自分の魔法が制御できないことに苦悩し続けてきた。
俺は今も、ひなが約束を守れなかったことを悔いて恐慌に陥った時のことは、忘れられないよ。
そのひなが、初めて無意識の魔法を認識して、自分の意思で完全に抑え込んだんだ。
それは、全力で褒めてやるべきことだろう。
「…それどころじゃなかった、」
そうだろうと思ったから、また大げさにため息をついて見せると、紫鷹はようやく覇気を取り戻して、こちらを睨みつける。
「本当にそれどころじゃなかったんだよ、」
「分かりましたから、さっさと部屋に戻って、ひなを褒めてあげてください。そろそろ朝食の時間でしょう。なんなら俺が変わりましょうか、」
「誰が変わるか。でも話は聞け。まだいろ。本当に大変だったんだから、何とかしてくれ、」
思いがけず縋られて、驚いた。
俺を睨みつけていた紫色の瞳が、困惑したように力を失くして、再び眉が下がる。
…本当に、よほど怖かったんだな、紫鷹。
さすがに責める気もなくなって、自分の席に腰を下ろした。
俺が聞く姿勢を見せたためか、再び紫色の頭がものすごい音を立てて、机に沈む。
「…あいつ、どうなってんだ。怖いよ、ホント、」
「ひなに常識が通用しないのは分かってただろ、」
「通用しなさ過ぎて怖い、俺が持たない。日向がやらかすたび、正直、我慢ならない、」
「それも含めて受け入れたんだろ。番いにしたのはお前なんだから、最後まで責任持て、」
「いいの?責任取っていいの?あいつ分かってないだろ、絶対、」
「怖かったのは分かるが…待て、何の話だ、」
いまいち会話がかみ合っていない上に、何やら雲行きの怪しさを感じた。
「だって、日向のやつ、エロいんだよ。何で俺が襲われるんだ、」
「は、」
何の話だ。
「…魔法の話はどうした。」
「魔法の話だよ!あいつ、俺が魔法のせいでどれだけ怖かったと思ってんだ。こっちが混乱してるのに、ちゅうちゅう吸い付いてくるから、感情がぐちゃぐちゃになるだろうが!」
「…帰っていいか、」
「帰るな、聞けよ。何とかしろよ。お前の弟みたいなもんなんだろ。兄らしく責任取れ。こっちは困ってんだ。何なんだよ、あの可愛い弟は。こっちは、いっぱいいっぱいなんだよ。なのに誘いやがって、そんなの襲うに決まってるだろ!」
「…襲ったのか、」
「…殿、下?」
えげつない威圧が、部屋の入口からした。
萩花が、とても良い笑顔で紫鷹殿下に向かって真っすぐに歩いてくる。
多分俺も同じような感じだったから、俺自身に影響はなかったが、二人分の威圧を受けた紫鷹は、流石に青くなって汗を流した。
「ちょっと詳しく聞きましょうか、」
いや、あの、と珍しくどもる殿下に、それで、と萩花が詰め寄る。
いつもならそこで泣きが入るのだが、今日は夜中の混乱を引きづっているせいか、いつもと少し違った。
「…聞いて、ほしい、」
紫鷹は、今にも泣きだしそうな顔で眉を下げて、今度は萩花に縋りつく。
その表情と仕草が、少しだけ「聞いて」と紫鷹に縋る時のひなに似ていて、一気に毒を抜かれた。
萩花も同じだったようで、ぽかんとした顔で、威圧も何もなくなってしまう。
何となく、二人とも腰を下ろし、紫鷹の話を聞く羽目になった。
昨晩は、ひなの魔法の混乱と誘惑で、紫鷹にとっては相当の修羅場だったらしい。
ひなが予想外に積極的だとか、ひなの口づけがどれだけ上手いかとか、ひなの無知ゆえに紫鷹の思春期が爆発しそうだとか、この世の最大の難題かのように紫鷹は語る。
「魔法もそうだが、あいつの性教育も何とかしてくれ。でないと俺がやばい、」
しまいには泣き出してそんなことを頼むものだから、萩花が神妙な顔で承った。
ひなの魔法の解明と性教育、ひなの護衛は大変だな、とぼんやり思う。
俺は一体何を聞かされているのか、途中からよく分からなくなった。
225
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで
水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。
身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。
人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。
記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。
しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。
彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。
記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。
身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。
それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。
fall~獣のような男がぼくに歓びを教える
乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。
強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。
濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。
※エブリスタで連載していた作品です
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
勇者は魔王!?〜愛を知らない勇者は、魔王に溺愛されて幸せになります〜
天宮叶
BL
十歳の誕生日の日に森に捨てられたソルは、ある日、森の中で見つけた遺跡で言葉を話す剣を手に入れた。新しい友達ができたことを喜んでいると、突然、目の前に魔王が現れる。
魔王は幼いソルを気にかけ、魔王城へと連れていくと部屋を与え、優しく接してくれる。
初めは戸惑っていたソルだったが、魔王や魔王城に暮らす人々の優しさに触れ、少しずつ心を開いていく。
いつの間にか魔王のことを好きになっていたソル。2人は少しずつ想いを交わしていくが、魔王城で暮らすようになって十年目のある日、ソルは自身が勇者であり、魔王の敵だと知ってしまい_____。
溺愛しすぎな無口隠れ執着魔王
×
純粋で努力家な勇者
【受け】
ソル(勇者)
10歳→20歳
金髪・青眼
・10歳のとき両親に森へ捨てられ、魔王に拾われた。自身が勇者だとは気づいていない。努力家で純粋。闇魔法以外の全属性を使える。
ノクス(魔王)
黒髪・赤目
年齢不明
・ソルを拾い育てる。段々とソルに惹かれていく。闇魔法の使い手であり、歴代最強と言われる魔王。無口だが、ソルを溺愛している。
今作は、受けの幼少期からスタートします。それに伴い、攻めとのガッツリイチャイチャは、成人編が始まってからとなりますのでご了承ください。
BL大賞参加作品です‼️
本編完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる