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五葉紋

小さなコーディーがわんわん泣きながら縋ってきた

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「いらしてくださってありがとうございます、レオン様。リックもありがとう。あの晩の話は後々聞きました」
「ふふ。大変だったけど、今は幸せそうで良かった」

 レオンは微笑みながら言った。
 事件の後、礼と状況報告の手紙は受け取っていたが、顔を合わせるのはダンスパーティー以来だった。内側から輝くように美しくなったと感じるのは、番のおかげかもしれない。それだけで二人が良好な関係を築けていることがわかる。目の前に立つ腹部はまだ平らで特に変化はないようだ。そのまま視線を上げれば、胸元に見覚えのあるブローチが留められていた。

「それ……」

 目を見開いて驚くレオンに、コーディーははにかんだ様に笑う。

「久々に外出するから、少し怖くて。お守りです。〝ピン留めすればいいのに〟ってレオン様に言われたの、まだ覚えてます」

 幼年学校時代、学舎の裏庭に肝試しに行った子供達の中にコーディーもいた。レオンは彼が落としてきたブローチを拾いに行って、シェリーと出会ったのだ。小さなコーディーがわんわん泣きながら縋ってきた様子を思い出し、レオンはクスッと笑う。

「あの頃から泣き虫だったね。もう泣いていない?」
「はい」

 コーディーも同じ光景を思い出したのだろうか、恥ずかしそうに頬を赤らめている。二人のやりとりを聞いていたリックは不思議そうな表情を浮かべ、コーディーに問いかけた。

「外出が怖いって、体調が落ち着いていないの?」
「いえ、まだ変調は……」

  そこまで言ってコーディーはレオンと目を合わせる。その表情には明らかに脅えが含まれていた。

「オズワルド・ヘイリーが行方不明になったと、番から聞きました」
「オズワルド?」

 レオンは聞き覚えのない名前に首をかしげる。すると、コーディーは驚いたように目をぱちぱちと瞬かせた。
「ダンスパーティーでレオン様がやっつけてくださった、男爵家の三男です」
「ああ、あの優男か」

 レオンは頷きながら、目を細める。ジェラルドは優男のことを知っているようだったが、レオンの耳には入れたくないと、その名前を教えてくれなかった。〝オズワルド・ヘイリー〟と、心の中で名前を数度繰り返し、確認する。レオンは続けてコーディーに尋ねた。

「あの男は騎士団で拘置されているんじゃなかったか?」
「牢から忽然と姿を消したそうです」
「いつ頃の話だ?」
「一週間前だったと思います」

  コーディーの返答に、レオンは口元に手を当てて考え込む。彼の番はジェラルドと同じ近衛騎士隊に所属しているが、レオンはそのような話をジェラルドから聞いていない。思わず舌打ちしそうになるものの、気の弱い彼の前でそれをするわけにはいかないと抑えた。

「教えてくれてありがとう、コーディー」
「あの……レオン様も気をつけて下さい」
「わかった」

 レオンは次のテーブルに向かうコーディーを即席の笑顔で見送った後、勢いよくソファーの背もたれに背を預けて、重く息を吐いた。
 オズワルドは質の悪いアルファだった。捕らえたレオンや事件のきっかけとなったコーディーに対して恨みを抱いていることは確かだし〝狩り〟を楽しむような言動から、彼がオメガを無差別に襲う可能性もあると考えられる。
 おそらくジェラルドがレオンに話さなかったのは、団外への情報の秘匿義務があるためだ。コーディーの番がその義務を破ったのは、罰せられても身重の番を守りたいというアルファの本能からだろう。
 ジェラルドもレオンを守りたいと思っている……はずだ。〝いらぬ不安を抱かせない〟という優しさもあるはずだし、それに――。

(さっきのノアは気を張っていたな……迎えを待つようにと念押しもしてきた)

 騎士団と軍は所属は異なるが、根本は変わらない。事件によっては、双方が情報を共有することもある。ジェラルドはこの件をノアに伝えて、レオンを守ろうとしたのだろう。

(堅物な彼らしいが、ノアまで黙っていることはないじゃないか。私は主じゃないのか)

 レオンは鼻にしわを寄せながら、年上のやんちゃな美人間諜の顔を思い浮かべた。

「レオン様、お顔がブサイクになってますよ」
「きみしか見ていないからいい」

 子供っぽく言い放つレオンに対し、リックはため息をつきながら眉を下げる。甘えを受け入れられる心地よさに、胸のイライラがわずかに和らいでいく。

(脱獄……優男が、か)

  レオンはすっかり湯気の見えなくなった紅茶のカップを手に取り、口に運ぶ。それをスイッチにするように気持ちを切り替えて前を向くと、リックも真剣な表情になり、姿勢を正した。

「物騒な話ですね。拘置所は魔術防護がしっかりしているってモーリスから聞きましたが」
「自力で抜け出せるとは思えないな。優男……オズワルドは魔術適正が低かった。手引きした人間がいるのか……」
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