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「お嬢様、お迎えが来ました」
幼い頃から様々な方法で火傷痕を隠す技術を身に着けたリナが着替えを済ませてアフロディーテとしてすっかり姿を変えた頃。
トーマスが部屋をノックすると、リナは唇にリップを塗る所だった。
「はぁい、すぐに行くわ」
出来るだけ大声で返事をしてから鏡に映る自分を確認するリナの目は真剣だった。
左右だけでなく後ろからも姿鏡で厳重に確認すると、リナは鏡に向かって微笑んで見せた。
かすり傷一つでもあれば令嬢としての格が落ちる貴族社会。
異端で閉鎖的な人達と話をする為にリナはメイクで火傷痕を隠し、別人として振舞う事で自分を守る術をみつけた。
その集大成ともいえる完璧なアフロディーテになったリナは仕草さえも変えて扉を開けた。
「お待たせしてごめんなさい」
「全然待ってないよ」
トレードマークでもある艶やかな唇から紡がれた謝罪に迎えに来ていたフィンはアフロディーテの姿にでれっとした表情を浮かべた。
語尾にはハートマークがいくつも踊っているような錯覚を抱いたトーマスが鋭い目線を向けると、フィンは背筋を伸ばす。
「外に馬車を待たせているからね」
「ええ、」
椅子から立ち上がり、差しだされたフィンの手にアフロディーテは自分の手を重ねてエスコートを受けいれる。
「あっと、その前に」
近づいてきたアフロディーテの背中に手を回してからフィンは思い出したようにリナに声を掛けた。
「君にこれを…」
「まぁ…!」
「ゼロから宝石を貰ったって聞いたからね。これは僕から」
そう言ってフィンは懐から取り出した宝石のついた髪飾りをアフロディーテに見せた。
今まで相手にしてきた男性から贈られた髪飾りよりもさらに豪華な髪飾り。
地毛のストレートに伸ばされた髪を緩く巻いてひとつに結われたプラチナブロンドをフィンに見えるようにして差しだしたリナの頭上にフィンは送ったばかりの髪飾りを差し込んだ。
これまで沢山の男性に送られた宝石が付いた髪飾りがリナを動きに合わせて揺れる。
「ありがとうございます、フィン様」
ルビーやガーネットと言った赤い宝石たちが煌めく中、一等ひかり輝くのはリナの赤い瞳だった。
メイクによって目尻を跳ね上げ、ラメで囲われたアフロディーテの特徴ある目元。
瞬きするたびに光を放っているようにも見えるメイクは今ではすっかり貴族令嬢達の流行りにもなっていた。
まなざしの強さに目を奪われてしまえば最後、男達はアフロディーテの虜になる。
「よく似合ってるよアフロディーテちゃん」
細い目を更に細くしてフィンはアフロディーテを褒める。
アフロディーテを褒めていながらリナの美しさを褒めている事に気が付いたのは後に残されたトーマスだけだった。
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