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任務調査編
5.少女 後
しおりを挟むルークは、昼間には人間の姿で今までと同じように屋敷を散策し、夜は子犬の姿で彼女の部屋へ行く日々を始めた。中庭にも行ってみたが、昼間に少女の姿を確認することはできなかった。今日も、扉を引っ掻くと彼女が開けてくれる。
「…来てくれたのね」
彼女が番だと思うと、この強烈な良い匂いも受け入れられる気がした。拒絶しようとするから辛くなる。夜の間ずっと嗅いでいることは難しいが、少し話を聞くくらいの時間は大丈夫だ。
「昨日は中庭に出られたんだけど、今日は部屋に閉じこもっていたの。見つかってしまったから」
ルークが立ち会った、執事に引きずられていたあの場面のことだろう。綺麗に話しているので、頬が腫れている様子はないと見ていい。少し悲しそうなトーンの言葉に、昨日の素っ気ない態度とは違い、今日は少し彼女に慣れた子犬を演じておく。
もし本当にルークの番であるなら、ルークの魔力増強のために、仲良くなっておいた方が都合がいい。鼻先をいい匂いの彼女にこすりつつ、膝の上から顔を見る。
「可愛い子犬さん…、下から見るあなたには、みんなが醜いと言う顔が見えてしまうわね…」
ルークが見たのは、オッドアイではなかった。ヘーゼルの右目と、魔の紋章。書物でしか見たことがないが、間違いない。彼女の左目は白目のない漆黒で、魔の紋章によって封印されていた。
「やはり怖い…?」
そう言って、右目から涙を流す彼女が、ルークの目の前にいる。ルークは子犬姿であっても驚いてしまったことを後悔した。この紋章のせいで、彼女は虐げられているのだ。子犬らしく、彼女の頬を舐めて涙の跡を消す。
「優しいのね…。あなたも、珍しい目をしてるわ、可愛い…」
子犬の姿になっても、オッドアイのままなのが少し難点ではあるが、彼女には怖がられなかったのが救いだった。女性経験がないルークでも、涙を流す彼女をひとりにしておくことはできず、子犬姿なのをいいことに、結局一緒に寝台に潜った。
一旦王都へ帰って書物を見直す必要がある。魔の紋章は、一般的な魔術師であれば知らない可能性もある、伝説に近いような話だ。休暇をアーサーに申し出なければ。すっかり任務で頭がいっぱいになったルークは、番の甘い匂いにすっかり慣れてしまった。
☆
今日も、あの子犬はディムの部屋を訪れてくれた。ディムは子犬をなでているだけで気分が落ち着くけれど、この子犬が綺麗な毛並みをしていてふっくらと健康的なことに気付いてしまった。首輪はしていなかったけど、やはりどこかの家の飼い犬で、抜け出したのだろう。
ディムも、抜け出せたらいいのに。何度思ったことか。
それでも抜け出せないのは、外に出ても連れ戻されてしまうと思うからだ。どうやっても、ひとりで生きていける気がしない。この屋敷で死ぬのも、勇気を出した先で死ぬのも、どうせ死ぬのなら、ここにまだ居てもいいか、と。雨風は凌げる。たまに小説も読める。頑張る気力なんて、そんなにたくさんは持ち合わせていない。
ディムの模様を見た子犬は、身体を強張らせた。動物になら、模様なんて関係ないと思っていたけど、そうではなかった。動物にもやはり虐げられると思うと、どうやってもディムに味方をしてくれる人は作ることができないんだと、思い知らされてしまう。
そのあとの子犬はディムの涙を拭ってくれて、一緒に寝台に入ってくれたけど、明日以降も来てくれるどうかは分からない。意思疎通のできない動物は、気まぐれだ。
小説の中では、珍しくて虐げられていたオッドアイが、この子犬にある。動物だと、虐められはしないんだろうか。だって、この子犬は毛並みも整えられていて丸々していてあったかかったから。寝具の中で一緒に丸くなって、毛並みをなでながら、思った。
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