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魔の紋章編
5.初日 前
しおりを挟むルークは今、小さな鞄とともにひとり、馬車に揺られている。
時間調整のために人気のないところで馬車ごと転移し、移動時間を短縮しつつ向かう先は、半年を過ごしたウェルスリーの屋敷だ。正確には、当主が亡くなったために旧ウェルスリー公爵家と呼ばれている屋敷である。
嫡男が爵位を名乗れるのかどうかはまだ不明らしい。ミアを隠していたことがどう影響するのか、ウェルスリーが魔術師であることを王家に隠し、山賊に手を貸していたことの処分が、まだ決まっていないそうだ。とにかく、ルークとミアの婚約が先に進められたのだろう。
通常であれば、使用人なども一緒に移動するが、ルークは使用人を屋敷に置くつもりはなかった。魔の紋章持ちのミアを不用意に人に晒したくなかったし、ルーク自身も家で眼帯をするのは嫌だった。
騎士の宿舎では、寝る時ですら眼帯をはめたままだったし、風呂もゆっくり入れた試しがない。自分の屋敷に住めるのであれば、眼帯は外して、休息を取りたい。基本的に家事も魔術で解決できるため、使用人は必要ないのだ。
馬車が止まり外に降りると、見覚えのある門の前に、見覚えのある執事がいた。当主が魔術師であることを、おそらく知っていた人物。
ルークが当主を殺したことまでは伝えられていないが、ウェルスリーが屋敷にいないことやルークがこの屋敷に半年滞在したこと、隠されていたはずのミアに婚約の話が来たことなど、点と点が繋がった感覚はあるはずだ。
「お待ちしておりました、ウィンダム魔術爵三男様」
「故人のご冥福をお祈り申し上げます」
一応、礼儀として言った。変な噂は立たない方がいい。感情などは一切表に出さず、ただの礼儀だ。執事が礼を返すのを見てから、本題に入った。
「ご準備は?」
「はい、すぐにお連れいたします」
ルークは門の前に立ったまま、執事がミアを連れてくるのを待った。
おそらく屋敷の敷地すら満足に歩いたことがないであろうミアは、ルークの予想通り、挙動不審に周囲を見ながら門まで歩いてきた。初めて見たときよりは、まともな衣服を着ているものの、新居に着いたらすぐに着替えてもらおうと、ルークは思った。
「…ディム・ウェルスリー公爵令嬢ですね?」
心の中ではずっとミアと呼んでいて、一瞬そう呼びかけたが、ルークはなんとかこらえた。
頷くだけのミアを、執事が睨んでいる。ミアは学校にも行っていないし、外部との接触がなかったのだ。いきなり決められた婚約者と、対面してすぐに話せるわけがないと、ルークは予想していた。声を出さずに硬直しているミアを前に、ルークはさらに言葉を続ける。
「お迎えに参りました、貴女の夫となるルーク・ウィンダム魔術爵三男です」
膝をついて挨拶を。前髪で隠された左目と、ヘーゼルの右目。太陽の下で見るミアは、ルークが知っている質素な室内でのミアよりも美人だ。ミアから何も言葉が返ってこないので、ルークは立ち上がって、先に進めることにした。
「全てお持ちですか?」
「はい、こちらに」
「何か、確認しておくことはありますか?」
「特にありません」
「分かりました。ウェルスリー公爵令嬢、こちらへ」
執事に確認して、ミアを先に馬車へ乗せる。ディムとは呼びたくなかったので、まだ名字のままだ。その後ミアの、予想通りに少ない荷物を受け取って、ルークも馬車に乗った。
「それでは」
形式上、執事は礼をして馬車を見送っていたが、本当は早く屋敷に入りたかったのだろう。そもそも、公爵令嬢を褒賞として、王命で婚約者が迎えに来たというのに、使用人が付いてこないことや、ルーク自身の荷物の少なさには触れてこなかったし、見送りも執事だけという冷遇ぶりだ。
ルークが貴族として格下であることは間違いなく、これも仕方ないのかもしれないが、ミアが常識を知らなくてよかったと、前もって様々な記録魔術を見ていたルークは思った。
屋敷が見えなくなってから、馬車に姿消しの同化魔術をかけた上で、新居の近くまで馬車ごと転移して、行先を知られないようにした。
公爵家から魔力の気配は相変わらずしなかったものの、ルークの褒賞についてよく思っていない人も多いだろう。後をつけられないようにするのは、当然の予防策である。
初めて一緒に転移しても、ミアに変わった様子はなかったため、ルークは安心した。オッドアイの中でも転移魔術を使える者は限られるが、書物には転移魔術を他者にかけると、酔ってしまい気持ち悪さを訴える者がいると記載があったのだ。
馬車に乗っている間、ミアはずっと外の景色を見ていた。転移で景色が途切れたことは気にならなかったようで、初めて見る屋敷の外に目を奪われていた。
ルークにとって、ミアはもう何ヶ月も会ってきた相手だが、ミアにとってはそうではない。ルークの顔を見ようとしないのは、隠された顔を見られたくないからだろうか。そもそも、他人と話したことがないだろうし、目を見て話すことは難しいのかもしれない。
妙な緊張感を保ったまま、馬車は新居に到着した。
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