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魔の紋章編
7.ふたりきりの食事
しおりを挟む「…入っても?」
「はい」
「扉を、開けてくれますか?」
やっと声が聞けた。ひとりの時間を持てたことで、少し落ち着けただろうか。食事を持ってきたのはいいが、扉が開けられず、ミアが開けてくれるのを待った。
魔術で開けてもよかったが、見慣れていないであろうミアの前で、転移魔術は使っていたが、それ以外の魔術をいきなり使うのもどうかと思った。
衣装棚の服を着てくれている。はじめにエリザベスから提案された衣服は、ルークが公爵家で見ていたミアのものとは異なっていて、普通の令嬢が着るものだった。おそらく、そのままだったら、ミアは身に着けていなかっただろう。身に着け方が分からないはずだ。
「食堂もありますが、こちらで食べても?」
「はい」
二人掛けの机に、皿を並べて。ルークについて、机の近くに来たミアに、椅子を引いて座らせる。
「あの」
「うん?」
ルークが反対側に座った途端、声を掛けられ、急で言葉が崩れてしまった。
「これ、ありがとうございます」
「気に入ってくれた?」
「はい」
「それはよかった」
ワンピースの胸の辺りを少し持ち上げて、ミアが礼を言ってくれた。元々ルークが年上だし、何事もなければ結婚する。ルークから敬語を止めるのは、早い方がいいだろうと開き直った。
貴族の爵位的にはミアの方が上だが、もう屋敷の中に、ふたり以外誰もいないのだから、気にすることはない。ウェルスリー公爵家にあんな状態でいたミアが、それを嫌がることもないだろう。
「とりあえず、食事を持ってきたけど、食べられないものはない?」
「大丈夫です」
細いミアの体は、きちんと栄養を摂れば年齢相応の体つきになるだろうと、ルークは書物で調べ、見当をつけていた。
今の細さのまま半年後を迎えるわけにはいかないのだ。折ってしまうのではないかと、考えてしまう。半年で、どこまで健康を取り戻せるのだろうか。きっと、手入れさえすれば、髪や肌も変わってくる。
「食べきれなかったら、残していいから。無理しないで」
「ありがとうございます」
ミアの食べ方は、とても貴族出身とは思えなかった。カトラリーの持ち方なども含め、いろいろと教えることがありそうだ。それは当然で、これもルークは想定済みだった。
何せ、ミアは学校に行っていない。学校で教わることを全て知らないのだ。おそらく、食事を誰かと一緒に取ることもなかっただろう。
「お腹いっぱい?」
「…はい」
ミアは小食で、がつがつと食べ始めた割にカトラリーを置くのが早かった。身体の細さからも、あまり食べている想像がつかなかったから、特に驚きもしなかった。
「あとで食べるなら置いておくけど、食べられそう?」
首を横に振るミアは、気を遣って頑張って食べてしまったらしく、少し辛そうな顔をする。
「残ってるの、僕が食べてもいい?」
「……?」
ルークは、自分でもなぜそんな言葉が出たのかは分からなかったが、そうしたくなったのだ。ミアも驚いて、ルークの右目を見ていたが、すぐに俯いてしまう。普通は、そんなことをしないと知っているのだ。
「あ、いえ、すみません、魔術爵様」
「僕のことは名前で呼んでほしい、ルークと」
「…ルーク様」
「君のことは…ミアと呼んでも?」
「ミア、ですか」
「ディムとは少し呼びづらくてね…」
「分かりました、ルーク様」
ミアの食事をペロリと食べてしまう。もともと、こうなることは分かっていたから、ルークの分を少し取り分けているような量だったのもある。今のところ、想定が当たっていて、ルークとしてはやりやすい。さっと食べ終えて、ミアに声を掛ける。
「よかったら、長椅子に行かないか? 対面だと緊張するだろう」
この屋敷に住み始めてしばらくは、ミアの部屋で過ごすことが多くなると踏んで、部屋が少し狭くなるが長椅子を用意した。ルーク自身も普段話していたのは男性ばかりで、いくら子犬の姿で話していたとしても、対面で女性の顔を見ながら話すのは少し気恥ずかしい。
先にミアに座ってもらって、ルークは隣に腰を下ろしたが、ミアが強張ったのを感じて、すぐに距離を取った。ミアは、未届だが公爵令嬢だ。初夜について知っているのかは分からないが、あの執事なら書物くらい見せているだろうか。
「怯えないで。怖がることをするつもりはないよ」
そう言葉をかけると少し安心したのか、ミアは体の力を抜いた。膝の上で握りしめられた小さな両手に、ルークは片手を重ねた。
「ただ、顔をよく見たいんだけど…、見てもいい?」
任務のこともあるから、これだけは今日中に確認しておきたかった。
他人に見せると虐げられるから、前髪で隠しているその左目。婚約者であるルークに、見せる決断をしてくれるだろうか。対面だと机の分、距離もあった。今は長椅子に移動して、近くで、人間の目で、魔の紋章を確認しておきたかった。
「…はい、ルーク様」
「ありがとう、少し触れるよ」
覚悟を決めたような声だった。やはり、人に見られることに抵抗があるのだろう。できるだけそっと、ミアの前髪をかき上げる。怖いのか、目をぎゅっとつぶってしまっている。
「目を開けて、ミア」
漆黒の、魔の紋章。子犬の姿で確認したときは、部屋自体が暗かったのもあって、少しおぞましいものに見えていたが、実際は綺麗な模様にも見える。魔力は、感じられないままだ。
「…醜く、ありませんか」
「まさか。きっと綺麗な瞳が現れるよ」
「え?」
確定事項ではないが、口に出てしまった。魔の紋章が綺麗な模様に見えたルークには、半年後のミアの本当の左目が見えた気がしたのだ。
その顔に現れる、レッドの瞳を見てみたい。ルークは番であるミアを見て、任務への決意を新たにした。
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