魔の紋章を持つ少女

垣崎 奏

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魔の紋章編

12.確認と不安

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 久しぶりに、台所の横にある食卓を使わずに、ミアの部屋で夕食を取った後、長椅子に座った。ルークはミアの腰に腕を回して引き寄せ、ミアもそれに驚かないくらいには、ふたりの距離は近づいていた。

 初夜を意識するにつれ、ルークはひとつ、ミアに確認しておきたいことがあった。

「ミア」
「はい、ルーク様」
「僕は変身魔術を使えるんだけど、何になるか予想はつく?」

 王都にいた頃、記憶魔術で初夜の内容を見た。その時に、ルークは絶対に、自分なら省略しないと言い切れる行為があった。初夜でいきなり分かるより、少しは知っておいてもらう方が、衝撃が少ないかと思った。

 変身魔術でなれるものはひとりひとつ。やってみないと何になれるかは分からないが、固定だ。

「…心当たりがあります」
「言ってみて」

 とっくに気付いていただろう。ルークに話すタイミングがなかっただけで、ミアは分かっているはずだ。

「犬ではありませんか? ルーク様と同じ瞳の色を持った、珍しい子犬を見たことがあります」
「正解」

 ルークはその場で子犬の姿になって、膝の上に載ってみせる。

「ああ、やっぱり…」
「さすがに、この姿でしゃべるのは違和感があるね」

 膝から降りてミアの隣で人間の姿に戻る。目の前でルークが子犬になり、また人間に戻ったのだ。ルークが子犬であることを分かっていても、ミアが驚くのは当然の反応だろう。

「あの頃、僕は任務でウェルスリー公爵家を調べてたから、半年間あの屋敷にいたんだ」
「半年も、ですか」
「それで、ミアを見つけて、夜になったらさっきの姿で会いに行ってた。人目に触れると困るのは、お互い一緒だったからね」
「そう、ですね」

 少し顔を逸らすようなミアを、ルークは覗き込む。ちょうど、子犬のときによくしていたような角度だ。

「…ルーク様の両目の色を見て、どこかで見たことがあるとは思っていたんですが、最近やっと…。恥ずかしい話をたくさん…」
「そんなことないよ。あの時、話を聞けたから、ミアを婚約者にって国王から聞いたとき、嫌じゃなかったんだ。全く知らない女性じゃなかったからね」

 子犬の姿では絶対にできない、ミアを抱きしめることを、人間の姿ではできる。ミアの頭を撫でながら、ルークは久々ミアの匂いを感じた。さっき子犬になったからだろうか。

 もし会うのが遅れていたとしても、知り合って番であることが分かりさえすれば、結婚はしていたのだろう。様子を見つつ、話さないといけないことだ。

 国王であるチャールズとルークの距離感も、いずれ話さないと。ミアに、知っておいて欲しいことはたくさんある。順番を間違えて、困らせたくはない。


 ☆


 今夜は空が荒れている。強い雨が窓に当たる音がうるさいし、雷も鳴っている。音を遮断したり、窓から見える景色を星空にしたりすることもルークにはできるが、天候にはあまり手を出したくない。

 いつまた同じ状況になるか分からないからだ。今回対応しても、次回同じように対応できるとは限らない。

 すでにミアは自室に戻っているが、こういった天気にミアは怯えたりしていないだろうか。ウェルスリーの屋敷にいたときのミアは、とてもか弱くてすぐに折れてしまいそうだったから、どうしているのか、気になった。

 ミアの部屋の扉をノックしても、返事がない。寝ているならそれでいいのだが、まだ起きている気配がする。

「…ミア?」

 ゆっくりと扉を開けると、寝具の中に頭まで隠れて、少し震えているような。「ミア」と名前を呼びながら、その寝具に触れる。

「ミアさえよければ、子犬の姿で一緒にいようか?」

 初夜が済んでいないため、人間の姿で寝るのは避けないといけない。この屋敷には誰もいないし永久結界もあるから、初夜の前に何があろうと見つからないのだが、ルークは一度決めたことを基本的に曲げない。

「…お願い、ルーク様」

 その場で変身魔術を使って、寝具に潜り込む。ルークはこのミアの匂いが好きだし、ミアのお腹のあたたかさも心地よくて好きだった。

 雷が鳴るたびにミアがぎゅっと力を入れてくるのも可愛くて、最難関の任務が近づいているのに、ますますミアから離れられなくなっている自分に、さすがに呆れた。

 久々見たミアの涙を舐め取りつつ、ルークも目を閉じた。


 ☆


 週に二度ほど、ミアには悪いが、ひとりで屋敷にいてもらって、ルークは市場に買い出しに行っている。ルークは、魔の紋章のあるミアが人の多い市場に出て、物珍しく見られるのが嫌なのだ。

 普段、ミアが部屋で読む小説と食料品の買い出しを主にやっているが、今日はその前に装飾具の店に寄った。

 初夜の日が近いということは、結婚式が近い。寸法や技巧は魔術でどうにでもなるが、魔術をかける実体は必要だ。こういうところに入るのは初めてで、よく分からないまま、簡素なペアリングを買って外に出た。チャールズに言えば王室御用達が手に入るだろうが、それを身に着ける気にはなれなかった。

 食料品を両手に買いこんで、人のいない路地で転移した。夜になってミアが寝たら、この指輪にはルークの魔力を込める。これをミアが離さなければ、雷雨の日でもひとりで寝られるようになるだろう。


 ルークが買い物に行った日は、ミアの部屋で夕食を取ることにしていた。昼間一緒に居られなかった時間を取り戻すように、ゆっくり話したい。

「ねえ、ミア」
「はい、ルーク様」
「初夜は、怖い?」

 最近のルークの考え事は全て初夜関連だ。心の距離を縮めることに関しては、問題ないと思っている。あとは、その行為自体。

「怖くはありません。緊張はしますが…」
「本当?」
「はい」

 ルークは最近、ミアの首元に顔を寄せることが多くなった。ミアを抱きしめながら匂いを嗅ぐのに、ちょうどいい場所なのだ。

 ミアと同じ空間に居ると心地いいし、なんだか妙な気分にもなる。匂いを感じていると落ち着くどころか、少し動悸がしてくるのだが、経験のないルークにはよく分からないのである。初夜を迎えるというのは、こういう気分にもなるということか。

 ミアは、小説で出てくる初夜を自分が体験できることに、期待していた。ルークがミアに酷いことをするとは思えないし、生まれたままの姿を見られる恥ずかしさと緊張はあるけれど、それだけだ。

 ミアの様子を見るに、初夜に不安を持っているのはルークの方だった。

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