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茶会&夜会編
14.夜会当日
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ルークは、人前で踊ることへの抵抗感があり、ミアと一緒に護衛として国王夫妻から離れるつもりはなかったが、当然、護衛は招待客とは別にジョンや他の騎士、魔術師が来ていた。
招待客であるルークとミアがずっとチャールズとエリザベスの横にいるのも、変な噂を呼んでしまうだろうからと、国王夫妻に促されるまま、少しホールを回ってみることになった。
普段使われていないホールは、豪華に飾り付けられ、舞踏向けの音楽が鳴り続け、隅にドリンクカウンターがいくつか設置されている。飲み物はもちろん、軽食も提供され、国王夫妻への挨拶を終えた貴族たちが踊ったり廊下で談笑したりしている。
数メートルおきに騎士が立っていて、結界も感じるためホールの外には魔術師もいる。その警備騎士たちから「ご結婚おめでとうございます」と声を掛けられる。年上でも、役職は王家直属になったルークが絶対的に上だ。
騎士学校を飛び級で卒業しているルークにとって、同期は年上しかいないが、当然役職もルークの方が上のため、全員がルークに対して敬語を使っていた。
ホールの周囲を囲む廊下を進んでいると、ルークとミアに祝福の言葉だけではなく、会話をしようとする者もいた。ここに招待されている時点で、ある程度の地位を築いている貴族だ。誰とでも仲良くしておいて損はないと、教えられている場合もあるだろう。
「ウィンダム魔術爵三男様」
「……」
結婚はしても、ルークは現状、父親の一代爵位しか持っていない。皆が、それでルークを呼ぶ。
「初めてお目にかかります、カートレット侯爵家のレベッカでございます」
「妹のシャーロットでございます」
カートレット侯爵家。ルークと無関係な家ではない。母親の生家だ。ルークに近そうな年齢だし、母親の姪に当たるのだろうか。
ふたりともレッドの両目だから、普段は魔術師として何かしらの任務を受けているのだろう。女性の任務としてあり得るのは、カートレット家の領地警備だろうか。
一般人の母親が魔術師の家系の生まれだったのは本当だったし、その息子で騎士として知られるルークを、どこか見下している感じがした。
「任務へのご復帰、お待ちしておりました。王家直属へのご昇進、おめでとうございます」
「一代爵であのような地位まで上り詰めてしまうなんて、本当に優秀なのですね」
「…ありがとうございます」
言葉自体は丁寧だが、その言い方は嫌味だと、ミアですら思った。ルークへの視線には慣れた方がいいと、ジョンに言われたことを思い出す。
ルークと王宮内を歩くことは多かったが、こういった貴族令嬢に会うのは初めてだ。レッドの両目から、魔術師であることは分かるものの、普段王宮にはいない人なのだろうと、ミアは感じた。
「お美しいのに、その若さでご結婚されてしまうなんて、わたくし悲しかったのですよ」
「…それは失礼いたしました」
ルークは、女性を伴って夜会に出たことがないし貴族との関わりもなかったが、今、目の前にいる令嬢が鬱陶しいことは明らかだった。この令嬢をどう扱っていいのか分からない。
それに、普通に考えるなら、上から二番目の爵位である侯爵家と最下位の一代爵の結婚もあり得ない話だ。しかもルークとカートレット侯爵家はすでに親の世代で親戚関係になっていて、血縁が近い。事実として血縁はないが、ルークに褒賞としてミアが贈られていなくても、この姉妹との結婚はなかっただろう。
さっきから、嫌味しか言われていない。王家直属の騎士となったことへの祝福はあっても、結婚に対しての祝福はなく、それはミアに対する侮辱だ。
「家名も明かさないなんて、そんなこと珍しくってよ?」
「本当に公爵家なのかも怪しいのでは?」
ルークが何もしないでほしいと言っているような気がして、ミアは言い返さなかったし、動じることもなかった。棘のある言い方をされているのは確かで、淑女らしく手を前で組みつつ、ルークがくれた指輪に触れる。
ミアは公爵令嬢であることは公表されているが、それ以外は一般には謎の人物、こうして姿をさらすこともあまりなかった。
ただ、公爵家は多くないとエリザベスから聞いたし、調べてしまえば分かりそうなものだけど、とミアは思っていた。チャールズの口止めやジョンが魔術をかけているなんてことも、ミアが知らないだけであり得る話だ。
「それに、まだ迎えられていないようですし」
「妻としては務まりませんわね」
……また、この話題だ。ルークは自身を落ち着けるために一息大きく吐き出す。特別な存在がミアだけで十分なことを、きっと誰にも理解されないのだろう。
チャールズも、エリザベスの出産の時期的に、初夜から時間が経って授かったはずだが、ルークには意識させるようなことを言ってきた。相談は、できない。
そんなことを思っていたら、侯爵令嬢が動いた。ルークはミアを引き寄せるが、半歩遅かった。
「あら、ごめんなさい。思ったより残っていたみたい」
ミアのドレスに飲み物を撒いた後、姉妹は笑いながら離れていく。ルークは一代爵で、貴族の中でも格下だが、王家直属騎士であるし、何よりミアは元公爵令嬢だ。
結婚して公爵という爵位ではなくなったものの、敬意を払われるべきなのは、騎士や魔術師の言動からも見て取れていたのに。
侯爵という永久爵位で、魔術師の、カートレット姉妹。国王夫妻の御前、魔術を使われることはなかったが、ルークとミアが他の貴族からよく思われていないのは確かだった。
「…ミア、こっち」
ホールや廊下から少し離れた、警備の関係で通常の招待客では入れないところに王家直属騎士の権限で入り、周囲の気配を確認してから結界を張った。
ミアのドレスの汚れを魔術で取り払ってしまう。ホールの警備のための魔術師や、先ほどの令嬢のように招待客の中にも魔術師がいるが、気配に気付ける程度の高い魔力を持つ人は何人いるだろうか。ミアからは魔力も出ていないし、上手く受け流せているのだろう。
「大丈夫?」
「あんなの、小説の中でしか起きないと思ってた。現実に起こるんだね」
「そうだね…」
驚いてはいるが楽しそうに目をキラキラさせるミアを、ルークは引き寄せ、額にキスを落とした。この状況を楽しんでいるミアに、ルークの葛藤が明らかになってほしくはなかった。
魔術学校の卒業生が皆、ウィンダム魔術爵兄弟やカートレット侯爵姉妹のような人だとは思わない。だが、国王夫妻が主催の夜会で、王家直属騎士であるルークとその妻ミアに対してああいうことをできる人物が、いるにはいるのだ。
ウィンダム魔術爵兄弟の他にも、任務につけていないような魔術師がいるのではないかと、疑いたくなる。もちろん、任務ができない程度の魔力しか持たない者は、街の魔術道具屋を経営するなど生計を立てる別の手段がある。
任務をこなせるほどの魔力を持っているという優越感から、人格が歪んだ者に対しては、どう対処しているのだろう。
ミアをひとりで外へ出すのは、まだ早い。ルークがついていないと心配だ。もしひとりのときに何かあったら? ミアの手を引いて国王夫妻のところへ戻りながら、ルークはそんなことを考えていた。
「…見えてたよ」
「そうですか」
チャールズは、戻ってきたルークに声をかけたが、それ以上何も言わなかった。ふたりが普通に振る舞っているから、触れられなかったのだ。
招待客であるルークとミアがずっとチャールズとエリザベスの横にいるのも、変な噂を呼んでしまうだろうからと、国王夫妻に促されるまま、少しホールを回ってみることになった。
普段使われていないホールは、豪華に飾り付けられ、舞踏向けの音楽が鳴り続け、隅にドリンクカウンターがいくつか設置されている。飲み物はもちろん、軽食も提供され、国王夫妻への挨拶を終えた貴族たちが踊ったり廊下で談笑したりしている。
数メートルおきに騎士が立っていて、結界も感じるためホールの外には魔術師もいる。その警備騎士たちから「ご結婚おめでとうございます」と声を掛けられる。年上でも、役職は王家直属になったルークが絶対的に上だ。
騎士学校を飛び級で卒業しているルークにとって、同期は年上しかいないが、当然役職もルークの方が上のため、全員がルークに対して敬語を使っていた。
ホールの周囲を囲む廊下を進んでいると、ルークとミアに祝福の言葉だけではなく、会話をしようとする者もいた。ここに招待されている時点で、ある程度の地位を築いている貴族だ。誰とでも仲良くしておいて損はないと、教えられている場合もあるだろう。
「ウィンダム魔術爵三男様」
「……」
結婚はしても、ルークは現状、父親の一代爵位しか持っていない。皆が、それでルークを呼ぶ。
「初めてお目にかかります、カートレット侯爵家のレベッカでございます」
「妹のシャーロットでございます」
カートレット侯爵家。ルークと無関係な家ではない。母親の生家だ。ルークに近そうな年齢だし、母親の姪に当たるのだろうか。
ふたりともレッドの両目だから、普段は魔術師として何かしらの任務を受けているのだろう。女性の任務としてあり得るのは、カートレット家の領地警備だろうか。
一般人の母親が魔術師の家系の生まれだったのは本当だったし、その息子で騎士として知られるルークを、どこか見下している感じがした。
「任務へのご復帰、お待ちしておりました。王家直属へのご昇進、おめでとうございます」
「一代爵であのような地位まで上り詰めてしまうなんて、本当に優秀なのですね」
「…ありがとうございます」
言葉自体は丁寧だが、その言い方は嫌味だと、ミアですら思った。ルークへの視線には慣れた方がいいと、ジョンに言われたことを思い出す。
ルークと王宮内を歩くことは多かったが、こういった貴族令嬢に会うのは初めてだ。レッドの両目から、魔術師であることは分かるものの、普段王宮にはいない人なのだろうと、ミアは感じた。
「お美しいのに、その若さでご結婚されてしまうなんて、わたくし悲しかったのですよ」
「…それは失礼いたしました」
ルークは、女性を伴って夜会に出たことがないし貴族との関わりもなかったが、今、目の前にいる令嬢が鬱陶しいことは明らかだった。この令嬢をどう扱っていいのか分からない。
それに、普通に考えるなら、上から二番目の爵位である侯爵家と最下位の一代爵の結婚もあり得ない話だ。しかもルークとカートレット侯爵家はすでに親の世代で親戚関係になっていて、血縁が近い。事実として血縁はないが、ルークに褒賞としてミアが贈られていなくても、この姉妹との結婚はなかっただろう。
さっきから、嫌味しか言われていない。王家直属の騎士となったことへの祝福はあっても、結婚に対しての祝福はなく、それはミアに対する侮辱だ。
「家名も明かさないなんて、そんなこと珍しくってよ?」
「本当に公爵家なのかも怪しいのでは?」
ルークが何もしないでほしいと言っているような気がして、ミアは言い返さなかったし、動じることもなかった。棘のある言い方をされているのは確かで、淑女らしく手を前で組みつつ、ルークがくれた指輪に触れる。
ミアは公爵令嬢であることは公表されているが、それ以外は一般には謎の人物、こうして姿をさらすこともあまりなかった。
ただ、公爵家は多くないとエリザベスから聞いたし、調べてしまえば分かりそうなものだけど、とミアは思っていた。チャールズの口止めやジョンが魔術をかけているなんてことも、ミアが知らないだけであり得る話だ。
「それに、まだ迎えられていないようですし」
「妻としては務まりませんわね」
……また、この話題だ。ルークは自身を落ち着けるために一息大きく吐き出す。特別な存在がミアだけで十分なことを、きっと誰にも理解されないのだろう。
チャールズも、エリザベスの出産の時期的に、初夜から時間が経って授かったはずだが、ルークには意識させるようなことを言ってきた。相談は、できない。
そんなことを思っていたら、侯爵令嬢が動いた。ルークはミアを引き寄せるが、半歩遅かった。
「あら、ごめんなさい。思ったより残っていたみたい」
ミアのドレスに飲み物を撒いた後、姉妹は笑いながら離れていく。ルークは一代爵で、貴族の中でも格下だが、王家直属騎士であるし、何よりミアは元公爵令嬢だ。
結婚して公爵という爵位ではなくなったものの、敬意を払われるべきなのは、騎士や魔術師の言動からも見て取れていたのに。
侯爵という永久爵位で、魔術師の、カートレット姉妹。国王夫妻の御前、魔術を使われることはなかったが、ルークとミアが他の貴族からよく思われていないのは確かだった。
「…ミア、こっち」
ホールや廊下から少し離れた、警備の関係で通常の招待客では入れないところに王家直属騎士の権限で入り、周囲の気配を確認してから結界を張った。
ミアのドレスの汚れを魔術で取り払ってしまう。ホールの警備のための魔術師や、先ほどの令嬢のように招待客の中にも魔術師がいるが、気配に気付ける程度の高い魔力を持つ人は何人いるだろうか。ミアからは魔力も出ていないし、上手く受け流せているのだろう。
「大丈夫?」
「あんなの、小説の中でしか起きないと思ってた。現実に起こるんだね」
「そうだね…」
驚いてはいるが楽しそうに目をキラキラさせるミアを、ルークは引き寄せ、額にキスを落とした。この状況を楽しんでいるミアに、ルークの葛藤が明らかになってほしくはなかった。
魔術学校の卒業生が皆、ウィンダム魔術爵兄弟やカートレット侯爵姉妹のような人だとは思わない。だが、国王夫妻が主催の夜会で、王家直属騎士であるルークとその妻ミアに対してああいうことをできる人物が、いるにはいるのだ。
ウィンダム魔術爵兄弟の他にも、任務につけていないような魔術師がいるのではないかと、疑いたくなる。もちろん、任務ができない程度の魔力しか持たない者は、街の魔術道具屋を経営するなど生計を立てる別の手段がある。
任務をこなせるほどの魔力を持っているという優越感から、人格が歪んだ者に対しては、どう対処しているのだろう。
ミアをひとりで外へ出すのは、まだ早い。ルークがついていないと心配だ。もしひとりのときに何かあったら? ミアの手を引いて国王夫妻のところへ戻りながら、ルークはそんなことを考えていた。
「…見えてたよ」
「そうですか」
チャールズは、戻ってきたルークに声をかけたが、それ以上何も言わなかった。ふたりが普通に振る舞っているから、触れられなかったのだ。
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