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後日譚
2.旧東の国の調査 中
しおりを挟む人工オッドアイの手術室。ルイスは自分の手術以外に入ったことのない部屋だ。次期王位継承者として、手術の管理責任者をしていたのは確かだが、中へすすんで入ろうと思える場所ではなかった。
扉の向こうには、いくつか部屋があって、そこで手術が行われていたのは知っている。手前の管理室が、おそらく資料室も兼ねている。
三人でそれぞれ、資料を読み進めていく。ルークとミアは、ルイスがここに入ったのが手術以来だと聞いて驚いていた。
当然だと、ルイスは思った。このふたりを拷問に掛けていたのはルイスだった。人工オッドアイの成功者として、ここで暴走している魔術師たちを、一旦は直接ルイスが治めていたと思っていてもおかしくない。
ここに置いてある寝台には、ルイスの魔術道具が使われ、確かに暴走の鎮静化は図られていたが、魔術道具が万能じゃないこともこのふたりは知っている。暴走前の一瞬の間に、手枷足枷をつけるためだけに、ルイスの魔術道具は使われていた。
暴走してしまった人の、家族は何を思うのだろう。東の国の王子として動いていた時には、考えないようにしていたことだ。
暴走した人は、魔力中和ができない限り元に戻らないし、人工オッドアイの手術で魔力暴走を起こすことは、ひたすら隠されてきた。だから、魔術師の数が減って、国力が弱まった。
「…ルイス、第三王子だったのか?」
「そうだ」
ルークが手術記録を見ながら話しかけてきた。このふたりは、魔術に関する知識は膨大に持ち合わせているが、それ以外、例えば他国の王族の名前なんかは知らない。ルイスの中で、ルークとミアが王家出身ではないことははっきりしていた。
公爵の爵位を持っているのに、それでも自国の貴族の名前をほとんど知らないなんて、中央国の貴族社会の教育はどうなっているんだと、よく分からないまま過ごしていた。
特に関わることもないから、気にしていなかったが、ルークとミアは、ルイスたち東の国の王家の情報を持っていないのだ。おそらく、中央国の王家はさすがに知っていると思うが、オッドアイ魔術師のふたりまで情報が降りていないんだろう。
資料のページを捲りながら、詳しいことを話せと、ルークが目で訴えてくる。その奥で、もちろんミアも聞き耳を立てているんだろう。
「オレの兄二人はそれぞれ手術を受けて、暴走して亡くなった。オレは姉と手術をして、姉は暴走で死んで、オレは生き残った。たぶん、まだ子どもだったから」
「いくつの時だ?」
「手術を受けたのは十三の時。五年前。兄姉は十八を超えてたよ」
ルイスは今、十八だ。聞いたところだと、ルークは二十六、ミアは二十の年だそう。今までの言動、特にミアと一緒にいるところを見ると、ルークが二十六には見えない。
あんなに余裕のない二十六がいるのかと思って、書斎でそのことをジョンと話すと、「任務上はしっかりと責務を果たしている」と言われた。それは、私情には目を瞑っているのと同義だと感じたことは、黙っている。
「…答えたくなければそれでもいいが、交わり始めたのはいつだ?」
「さすが、鋭いな。同じ頃だ。手術してすぐ、もう顔も名前も覚えてねえ人とやった。だから、一回は暴走してるはずなんだけど、その後は魔術を扱えるくらいに落ち着いてる」
「なぜ?」
「オレ的には、血縁の魔力だからって思ってる。オレの左目は、姉のだから」
「なるほどな…」
今ではもう、別れる直前の兄姉の顔を思い出すことも難しい。見るに堪えなかったから。ルークの暴走状態を見た時に、少し蘇った感覚はあったけど、すぐに押し殺した。小さい頃の、兄姉と四人で仲良く遊んでいた頃の記憶だけがあればいい。
「魔力の増強は?」
「適当に女を買ってたよ。女のその後は知らない。王子だと言えば、寄ってくる女は山ほどいたし」
「…まあそうだろうな」
明らかに、ルークが顔をしかめる。ちらっとミアを見たのも、ルイスは見逃さなかった。気持ちは分からなくもない。他の男の交わりの経験を、任務とは言え、妻に聞かれたくないんだろう。
ただ、疑問なのは、そういう立場なのはルークも同じだったんじゃないか、ということ。オッドアイ魔術師であることが公表されたのは、この東の国の一件以来だとは聞いているけど、その前から騎士として新聞を賑わせていたことは知っている。
どうやって、その女たちを振り切っていたんだろう。そんな話、聞ける日が来るんだろうか。
「東の目的は、オッドアイだったのか?」
「魔術師を復活させるために、暴走から回復できた番のオッドアイがいれば万事解決だと思ったらしい。結果はこれだが」
「なぜ中央国を選んだ? 師匠しかオッドアイを公表していなかっただろう」
「中央国の規模で、オッドアイが一人で国を守ってるわけねえよ」
それが、周辺国の中でも人口の多い中央国を狙った理由だ。人口が多ければ、希少なオッドアイが生まれる確率も、人口が少ない国よりは高くなる。軍事力として、魔術師の数も多い中央国には、もう数人オッドアイがいてもおかしくないだろうと、進言したのは誰だったか。
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