これは報われない恋だ。

朝陽天満

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447、師匠それフォローじゃないです

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 俺が持ってきた禁書の中にあるレシピをもとにして、ヒイロさんと悪戦苦闘をすること一時間。

 ようやく『リル中毒中和剤』が出来上がった。でもヒイロさんと二人で作ったにも拘わらず、ランクはC。

 テーブルの上には、ひたすらメモをした紙が大量に残っている。



「中程度の中毒ならすぐ中和できるってことは、ランク上げないと重度の中毒者には効かないってことだよな……」 



 出来上がった瓶をまじまじと見ながら、思わず溜め息を零すと、ヒイロさんが今までメモしていた紙を一か所にまとめて「楽勝楽勝」と笑った。

 何が楽勝何だろう、と首を捻っていると、ヒイロさんは素材を並べて、首を捻ってコキコキ鳴らした。



「マック、俺の手つきをよーく見てろよ。見逃すなよ。ポイントは、三つ目の素材を入れる時と、その時のキットの中の状態確認だ。わかったか」

「はい」



 頷くと、ヒイロさんは早速完成した時と同じ手順で調薬を始めた。

 使うキットは、上級調薬キット3個。俺は一つしか持ってないから真似は出来ない。

 ヒイロさんの手つきは、危なげなく、スムーズで、それでいて繊細だった。

 掻き混ぜ方も、一定じゃなく、気泡の状態を見ては緩やかにしたり、ポコポコし始めたら早めに回してみたりと、熟練のそれだった。

 三つ目の素材を入れた時、下の方に少し黒い沈殿があり、それが熱されると液体の中でその沈殿から気泡が発生し始めた。



「ちょっとだけ匂いが違ってくるだろ。その沈殿物がさっと消えたら次の素材を入れるんだ」

「確かに、甘い匂いが薄れた……?」



 見ていると、瞬きする間にその沈殿物はなくなった。間を置かずにヒイロさんが次の素材を入れる。

 最初に潰してリルの果汁を絞って入れたせいか、部屋は甘い匂いが充満している。でもそこから先は素材を入れるごとに匂いが減っていった。

 その間も、ヒイロさんは状態や匂いを確認して、火の大きさと火からの距離を調整している。最後の素材を入れて、沈殿物を溶かすために棒で小さく掻き混ぜていたヒイロさんは、沈殿物がなくなると「よし」と声に出して火を止めて、「いーち、にーい」と数えながらキットをゆっくりと混ぜた。10まで数えて、そっと棒をテーブルに置く。



「これでどうだ?」



 出来上がった薄い黄色の液体を瓶に移して、ヒイロさんは一本を俺に差し出した。



「鑑定眼」



『リル中毒中和剤:ランクS 重度のリル中毒患者を治すことが出来る中和剤 身体の中のリルの成分を即座に中和する リル以外の中毒には効かない専用中和剤』



 鑑定結果を見て、思わず声をあげる。

 一発でランクSを作るヒイロさんの腕は、一体どれほどなのか、流石師匠。俺も見習いたい。

 尊敬のまなざしでヒイロさんを見て、無言で心からの拍手を送ると、ヒイロさんは「どうだ」とドヤ顔をした。ちょっと俺の師匠が可愛い。



「さ、マックも次々作るぞ」

「待ってください。俺、上級調薬キット一個しか持ってないですし、そんないきなりランクSは作れません」



 俺の言葉に、ヒイロさんはびっくりした様な顔をした。

 その顔に俺もびっくりした。



「マックさ、複合調薬し始めたら、上級調薬キット3つ並べたいと思わねえの?」

「師匠はそんなこと思ったんですか?」

「ああ。だってこのデカいの3つで一気に作ったら大量に出来上がるだろ。そしたら仕事も早く終わるんじゃねえかって思って、そのために3つ使い始めたんだけど、マックは違うのか?」



 まさかの手抜きのための上級調薬キット3つだった。

 あまりにもヒイロさんらしい理由に、俺は思わず吹いた。



「ねえなら仕方ねえ。俺のお古をくれてやるよ。奥の方にあるから好きなもん持ってけよ」

「え、いいんですか!?」

「使ってねえから全然問題ねえ」



 やった! と飛び跳ねてヒイロさんのお下がり上級調薬キットを二つもらった俺。

 喜び勇んで三つ並べて、気合いを入れた。

 これがちゃんと切り抜けられたら、絶対にお礼しますね!





 ヒイロさんと共に三つの上級調薬キットを並べて、さっき二人でやった手順を今度は一人でやってみる。

 上級調薬キット3つの扱いに慣れなくて最初は二つほど黒い物体を作ったけれど、その後は何とか失敗せずに作れて、それから手順を考えながら作ったら、最終的にランクAのものまでは作れた。その間、ヒイロさんは俺の1.5倍のスピードでどんどんランクS中和剤を作っていくので、普通だったらランクが低い物の方が多いはずなのに、ランクが高い物の方が大分多くなった。ううう、まだまだ足元にも及ばない……と肩を落とす。



「すげえ中途半端に煙にやられてるようなやつはマックが作ったやつが大活躍だからそう落ち込むなよ」



 需要はあるよ、と肩にポンと手を置かれて、さらに肩を落とした俺。中途半端って……。まあ、そうなんだけどね。全然フォローになってないよ。

 大量に『リル中毒中和剤』を作った俺たちは、それをカバンに詰め込むと、村を飛び回るぞというヒイロさんの言葉に頷いた。



「まずはヴィデロが行った村だな。避難は終わってるみたいだけど魔物と戦ってるって意味で一番状況が悪いから」

「はい!」



 森に向かって走りながらヒイロさんがこっちを向く。

 さすがというかなんて言うか、ヒイロさんは俺なんか太刀打ちできないくらい速い。さすがユイルの血縁だ。

 息を切らしてヴィデロさんの向かった村に通じる魔法陣に近付くと、ためらいなく木の間の魔法陣を踏む。

 ふっと空気が変わった気がして辺りに目をやると、でっかい魔物が地面を滑っていた。

 あそこだ! と足を進めて、魔物の方に走っていくと、段々と辺りに甘い匂いが漂ってきた。



「くさいなあ、これ。多分あいつら使いもんになってねえぞ」



 足を進めながら、ヒイロさんが顔を顰める。

 確かにこれは匂いだけで中毒になりそうだった。

 地面を滑って木にぶち当たっていた魔物は、だらりと粘度のある血を垂らしながら、身体を起こした。

 地図には数個の黄色いマークと二つの赤いマーク。

 木と草に隠れて、まだヴィデロさんの姿は見えない。

 魔物は立ち上がって、光のない濁った眼を動かして、俺の方を見た。

 目が合った気がしたけど、足は止められない。



 魔物が前足を上げて、勢いをつけてこっちに向かって来ようとするのを見ながら、俺はヴィデロさんたちと合流するべくさらに足を速めた。





 木の間にある大岩を越えると、一気に視界が開けた。というより、木々が倒れまくっていた。環境破壊も甚だしい光景に、俺は息を呑んだ。

 その開けた視界の隅に、うずくまる獣人たちと、肩で息をするヴィデロさんがいた。



「ヴィデロさん!」



 ヴィデロさんは剣を構えたまま、こっちに顔を向けた。その顔はさっきまでの顔とは違って、疲れ切ったような、やつれたような状態だった。

 ヤバい。絶対に状態異常になってる。

 足元には魔物が踏み散らかしたと思われるリルの実の残骸が転がっている。村って、向こうに見える建物がそうだよな。こんなに近くに生えちゃったってことか。



「マックはランクB以上のやつをヴィデロに飲ませろ! 後ろで寝てる奴らには俺のをやるから!」



 ヒイロさんはそう叫ぶと、さらにスピードを上げて身動きとれなそうな獣人さんたちの方に向かった。

 魔物はまだ残ってたリルの実を見るなり、足を止めてそれを口に含んでいる。今だ。

 俺はヴィデロさんに全速力&魔法陣魔法のスピードアップで近付くと、すぐにインベントリから作りたてほやほやの『リル中毒中和剤』を取り出した。

 ヴィデロさんの動きは緩慢で、俺から瓶を受け取るにも落としそうな危うさがあった。こんな状態で魔物と戦ってたなんて!

 ゆっくりと中和剤を口に含んだヴィデロさんは、中身を飲み干すと、ふぅ、と息を吐いた。そして、カバンの中から俺特製スタミナポーションを取り出して、今度はいつものようにガッと一気飲みした。



「……生き返った! マック、ありがとう」

「どういたしまして! 俺も戦う! あの魔物、もうすぐ倒せるから! 二人でならすぐだよ!」



 魔物の頭上のHPバーは、すでに赤に差し掛かっている。復活したヴィデロさんと長光さんの剣なら、そんなに時間を掛けずに倒すこともできるはず。

 俺が腰の刀を抜いて構えると、ヴィデロさんはフッと笑って頷いてくれた。

 ヴィデロさんの剣が立ち上がった魔物の胴体に突き刺さり、俺の刀が魔物の足をスパッと切る。

 ヴィデロさんは刺さった剣をそのまま力任せに横に引いて、魔物の身体をざっくりと割いた。

 それでもまだ魔物のHPは残っているので、さらに刀を縦に振る。

 魔物の身体を覆っている硬い毛皮をものともせず、刀が魔物の身体に線を引く。

 ヴィデロさんが振り下ろされた足をひらりと避けて、またも剣を翻して魔物の身体に突き刺した。

 暴れる魔物の傷口から血が垂れる。

 それがかかるのも気にせず、ヴィデロさんはまたも剣を振り抜く。

 スパッと魔物の身体が半分に切れて、それが決定打となって、魔物のHPがすべてなくなった。

 キラキラと光となって消滅する魔物を見送ると、返り血を浴びたヴィデロさんはがっくりと膝を突いた。

 今度は猛毒にやられてるのは、顔色の悪さからすぐわかった。

 すぐに毒消しを飲ませて回復させると、俺たちは後ろにいた獣人さんたちの所に急いだ。



「お疲れさん。マックもなかなか強かったんだな。ヴィデロ、あっちのやつもやってくれねえか?」



 ヒイロさんは俺たちをねぎらうとともに、もう一つあった赤い点の方を指さした。

 でもさっきからそれは全く動いてない。どうしたんだろう。

 それを口に出すと、ヒイロさんが「中毒末期だろ」と軽く教えてくれた。

 末期って、動けなくなるってこと?



「ああいう中毒性の高いやつってのは、最初は具合が悪くなるんだよ。そこで踏ん張って毒気を抜けばセーフ。その後気持ちよくなって、自制心がなくなってくると、もう中毒もなかなか引き返せねえところまで行って、最後、それなしじゃ何も出来なくなる。目は虚ろ、頭にはもやがかかって、身体も動かなくなる。常に、その中毒の素になるやつのことしか考えられなくなるんだ。あとは何も出来なくなって、野垂れ死ぬだけだな。きっとあっちのやつはそこまでいっちまったやつだろ。体液にさえ気を付けりゃ、すぐに消せる。何せもう動けねえんだからな」



 ヒイロさんの言葉にぞっとした。

 何それ怖い。

 青くなった俺は、さっき作った『生物枯死薬クリーチャーデスドラッグ』をインベントリから取り出した。

 そして、近くに群生していたリルの蔦の方に走ると、ためらいなく枯死薬を撒いた。

 地面を這っていた蔦がサァァァっと一気に灰茶色に変わっていくのを確認しながら瓶をしまう。

 でもあっちにもリル中毒の魔物がいるってことは、そこにもこれが生えてるってことだよな。

 見ていると、辺り一面の雑草も枯れて、地面がまるまる見えている。ピンポイントで蔦にだけ撒くのは難しいのかな。これってあとから草生えてくるのか心配だ。ピンポイントで蔦だけ消すことは出来ないのかな。



「ちょっと成分が強すぎるな。マック、それ、薄めて使うことって出来るか?」



 ヒイロさんにそう注意されて、俺はやってみます、と頷いた。

 空き瓶に零れないように少しだけ枯死薬を入れて、魔法陣で水を出して瓶を満たす。

 ちょっと瓶を振ると、沈殿していた枯死薬が水と混ざっていった。

 鑑定眼で見てみると、『生物枯死薬クリーチャーデスドラッグ希薄液:生物の体内にある水分を枯渇させる薬。希薄32.17% 効果33%』となっていた。効果が薄れるってことは、枯死させることは出来なくなるってことかも。

 瓶をヒイロさんに渡してみてもらうと、ヒイロさんも鑑定眼を使って、その後溜め息を吐いて首を振った。



「薄めて使うのはダメだな。これじゃ枯れねえ。多少水分は減るけど、燃えやすくなるとかそういうやつだ。これはアレだな。薪を乾燥させるのによさそうなやつだ。撒く量を調節するしかねえか」

「そうですね。じゃあ、これはしまっとこ」



 薄めた物をしまって、さっき使った残りの瓶を手にすると、俺はヴィデロさんと共に動かない魔物の方に向かった。



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