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アルファなBL作家にフォローされました
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『なんでΩがαより目立ってんの?』
言葉を受けて初めて、オレは己の身の程を知った。オメガはヒエラルキーの最底辺……表通りで深く呼吸することすら、許されない存在なのだと。
すべてを受け入れて悟ったあと、オレは──。
──ひっくり返って、後頭部をしたたか打ちつけた。
ゴッという音が聞こえたかと思うと、全身に痛みが走る。
「いっ……!」
無意識にうなじを手で押さえて、飛び起きた。
息が上がっていた。心臓が壊れるほどドクドクと脈打って、うるさい。
どこだ、ここ?
カーテン越しに太陽の光が差し込んでいた。
キッチンのシンクには、空になったカップ麺がタワーを作っている。
床には積まれたスケッチブック。
本棚には大量の教本、中量の小説、少量のBL小説。
机にはパソコンと、トレース台と、ペンタブ。デッサン人形が一人。名前はまだない。
状況を確認して、やっと息を吐いた。恐る恐る、押さえていた手をうなじから離す。
オレは自分が作り上げた砦の中に、ちゃんといた。つまり、家に。
襲われたわけでも、物を壊されたわけでもない。悪夢を見て、ベットから床に転がり落ちただけだった。
「あー……寝落ちたんだっけか」
シーツごと床から這い上がって、とりあえずパソコンの前に座った。画面の右下にある時計を見ると、時刻は午後の一時。
とりあえず、SNSに回ってきた絵に『いいね』を送りつけよう……。
日坂部久斗、二十九歳。もうすぐ三十路。
オレの引きこもりライフは、控えめに言っても最強だ。
生きるために必要な食品や生活品はぜんぶECサイトで買えるし、食品配送サービスもある。
公共料金は二次元コードをスマホで読み込んで、決済サービスでペイ。
昼頃に起きても誰にも咎められず、運動はテレビゲームのフィットネスがある。
「この絵、尊い……これもエモい……やば」
趣味や他人との交流も……かくのごとし。
肝心要の絵の仕事は、今どきインターネット上ですべて解決できる。
仕事がネットで完結できるということは、何より、オメガ特有の悩みである発情期──いわゆる『ヒート』に予定を左右されないのが、一番のメリットだ。
体が苦しくたって、発熱したって、のたうち回ったって、苦しみさえ一人で乗り越えれば、誰にも迷惑はかからない。
家にさえいれば、誰彼かまわずフェロモンで誘惑して、アルファに襲われることもない。
つまりオレの生活は、この絶対安全な鉄壁の砦と、パソコンと、通信環境さえあれば最強というわけだ。
パソコンに合掌。ありがたや。
「……昔に比べれば、オメガにもずいぶん住みやすい世の中になったよな」
まあ、底辺絵師である以上、生活は地面スレスレの低空飛行なんだけど……。
そんなことを考えていると、パソコンのバナーからポップアップが出た。スキルサイトからのメッセージ通知だ。
ブラウザに飛んでメッセージを確認してみた。
送り主のアカウント名は『Seiji0812』。
「ん……?」
確かこの人、二ヶ月くらい前にBL小説の表紙(健全なやつ)を依頼してきた人だ。
本文は公開できないらしいから読んでいないけれど、小説が商業ベースだとかで、絵を納品したあとは著作権譲渡をした相手だった。いまだに初期のID名から名前を変えてすらいないのをみると、普段はスキルサイトを使わない人みたいだけど……。
何かトラブルかな。
「ええと……『以前納品いただいた表紙絵の小説が無事に校了したので、お知らせします』……『あなたの絵にはどこか香り立つものがあります。近日中に必ずリピートさせていただきます』……」
小説を出版するには、原稿を完成させた後も、誤字脱字を確認する『校正』や、装画・装丁を含めた全体的な調整を行う『色校正』などの手順がある。
校了というのは、そのすべてが完了して、あとは印刷・配送するだけの段階になったということだ。
わざわざクローズした案件に、こうやって校了のメッセージをくれたのか。しかもオンラインなのに、律儀な人もいたもんだ。
オレはキーボードに手を置いた。
「『とんでもございません、過分な評価を……』と」
送信。
どうやら相手はメッセージ画面を開いていたようで、オレの返信はすぐに既読がついた。
トラブルじゃなくてよかった。絵に問題があったのなら直せばいいけど、権利関係で泥沼に陥ったら、最悪外に出なければいけなくなる。
そんなことになったら動悸じゃすまないぞ。
言葉を受けて初めて、オレは己の身の程を知った。オメガはヒエラルキーの最底辺……表通りで深く呼吸することすら、許されない存在なのだと。
すべてを受け入れて悟ったあと、オレは──。
──ひっくり返って、後頭部をしたたか打ちつけた。
ゴッという音が聞こえたかと思うと、全身に痛みが走る。
「いっ……!」
無意識にうなじを手で押さえて、飛び起きた。
息が上がっていた。心臓が壊れるほどドクドクと脈打って、うるさい。
どこだ、ここ?
カーテン越しに太陽の光が差し込んでいた。
キッチンのシンクには、空になったカップ麺がタワーを作っている。
床には積まれたスケッチブック。
本棚には大量の教本、中量の小説、少量のBL小説。
机にはパソコンと、トレース台と、ペンタブ。デッサン人形が一人。名前はまだない。
状況を確認して、やっと息を吐いた。恐る恐る、押さえていた手をうなじから離す。
オレは自分が作り上げた砦の中に、ちゃんといた。つまり、家に。
襲われたわけでも、物を壊されたわけでもない。悪夢を見て、ベットから床に転がり落ちただけだった。
「あー……寝落ちたんだっけか」
シーツごと床から這い上がって、とりあえずパソコンの前に座った。画面の右下にある時計を見ると、時刻は午後の一時。
とりあえず、SNSに回ってきた絵に『いいね』を送りつけよう……。
日坂部久斗、二十九歳。もうすぐ三十路。
オレの引きこもりライフは、控えめに言っても最強だ。
生きるために必要な食品や生活品はぜんぶECサイトで買えるし、食品配送サービスもある。
公共料金は二次元コードをスマホで読み込んで、決済サービスでペイ。
昼頃に起きても誰にも咎められず、運動はテレビゲームのフィットネスがある。
「この絵、尊い……これもエモい……やば」
趣味や他人との交流も……かくのごとし。
肝心要の絵の仕事は、今どきインターネット上ですべて解決できる。
仕事がネットで完結できるということは、何より、オメガ特有の悩みである発情期──いわゆる『ヒート』に予定を左右されないのが、一番のメリットだ。
体が苦しくたって、発熱したって、のたうち回ったって、苦しみさえ一人で乗り越えれば、誰にも迷惑はかからない。
家にさえいれば、誰彼かまわずフェロモンで誘惑して、アルファに襲われることもない。
つまりオレの生活は、この絶対安全な鉄壁の砦と、パソコンと、通信環境さえあれば最強というわけだ。
パソコンに合掌。ありがたや。
「……昔に比べれば、オメガにもずいぶん住みやすい世の中になったよな」
まあ、底辺絵師である以上、生活は地面スレスレの低空飛行なんだけど……。
そんなことを考えていると、パソコンのバナーからポップアップが出た。スキルサイトからのメッセージ通知だ。
ブラウザに飛んでメッセージを確認してみた。
送り主のアカウント名は『Seiji0812』。
「ん……?」
確かこの人、二ヶ月くらい前にBL小説の表紙(健全なやつ)を依頼してきた人だ。
本文は公開できないらしいから読んでいないけれど、小説が商業ベースだとかで、絵を納品したあとは著作権譲渡をした相手だった。いまだに初期のID名から名前を変えてすらいないのをみると、普段はスキルサイトを使わない人みたいだけど……。
何かトラブルかな。
「ええと……『以前納品いただいた表紙絵の小説が無事に校了したので、お知らせします』……『あなたの絵にはどこか香り立つものがあります。近日中に必ずリピートさせていただきます』……」
小説を出版するには、原稿を完成させた後も、誤字脱字を確認する『校正』や、装画・装丁を含めた全体的な調整を行う『色校正』などの手順がある。
校了というのは、そのすべてが完了して、あとは印刷・配送するだけの段階になったということだ。
わざわざクローズした案件に、こうやって校了のメッセージをくれたのか。しかもオンラインなのに、律儀な人もいたもんだ。
オレはキーボードに手を置いた。
「『とんでもございません、過分な評価を……』と」
送信。
どうやら相手はメッセージ画面を開いていたようで、オレの返信はすぐに既読がついた。
トラブルじゃなくてよかった。絵に問題があったのなら直せばいいけど、権利関係で泥沼に陥ったら、最悪外に出なければいけなくなる。
そんなことになったら動悸じゃすまないぞ。
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