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今の私にできること

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「えっ……戦争ですか?」

 思ってもみなかった内容と戦争という言葉で、ミアの顔が青ざめる。

「本格的な攻撃が始まった訳ではない。ただ、国境付近で小競り合いが起こっている」

 ミアの生まれたアルメリア王国という国は、漁業や農業が盛んで豊かな国だ。国土は海と山にかこまれており他国からも攻め辛く、長いこと大きな戦争もなかった。そのせいか王国軍はお飾りと化していたし、有力な騎士団などもない。豊かな反面、少々平和ボケした国と言っていいかもしれない。

 一方、グレンが騎士団長をしていたノラム公国は様々な国から商人が集まる貿易の国だが、土地が痩せて災害も多いため農業の難易度が高く、貴族や商人たちと平民の貧富の差が激しい国だ。内乱や戦争も多く、いうなれば軍事国家的な側面を持っている。

「そんな……なんで急にそんなことになったんでしょう。ノラム公国との関係が悪いという話も聞いたことがありませんでした」

 ミアの質問に、アインはやれやれというように首を振る。

「それは、グレン様がいなくなったからでしょうね。ノラム公国にはいくつか騎士団がありますが、その中でも最も有力な騎士団の団長として、グレン様は国の方針を決める一翼を担っていました。それが崩れたことによって強行派が動いたのでしょう」
「そうだったのですね。それで陛下はグレン様に協力を要請したということですか」
「そうです。今までグレン様に見合いしかさせなかったくせに、こうなった途端に頼ろうとするとは都合のいい話だ」

 見るからにイラついているアインをグレンは諫めた。

「そうは言うが、俺ほどノラム公国の内情や戦について熟知している者もこの国にはいないだろうからな。適材適所だ」

 ミアは不安げな顔で、
「でも、グレン様はノラム公国に長くいらっしゃったんですよね。アルメリア王国に手を貸していいんですか?」
「『仮にも』この国の王子だからな、協力できることはしよう」

 それにお前の居る国を戦火に巻き込みたくはない、という言外の言葉をグレンは飲み込む。

「そういう訳だ。これからは屋敷を空けることが多くなるかもしれない。しばらくしたら落ち着くだろうが……丁度お前が来たばかりなのに悪いな」

 何だったら実家に帰るといい、と言ったグレンの提案にミアは首を振った。

「……ご迷惑じゃなければ、もうしばらくこちらに居ようかと思います」

 これからグレンが忙しくなるのであれば、帰ってしまえばますますグレンを知る機会はなくなるだろう。解放されたい気持ちもゼロではないが、今は『グレンのことをもっと知る』という使命感が勝っていた。
 ――正直なところ、なんとなく離れがたいという気持ちも少しはある……ような気もする。

「迷惑をかけているのはこちらの方だ。そう言ってくれるのであれば止める道理はない」

 口では帰ってもいいと言いつつ、グレンとしても本心ではミアを手放すことは避けたかったため、嬉しい申し出に思わず顔がほころんだ。

「ええ、私もミア様には居て頂いたほうが良いかと。グレン様も出ずっぱりではなく夜はこちらに戻られるでしょうし、これから軍議や視察に出る機会も増えますから、サポートいただけるのは助かります」

 グレン様にとってミア様は信用できる数少ない人間なので、とアインも便乗する。

「でしたら、そうさせていただきますね」

 ノラム公国と戦争になるかもしれないという話は恐ろしいが、それを止めるためにグレンの力が必要なのは間違いないだろう。だとしたら、平和のためにも全力で応援したいと思う。自分ができること――食事や生活のサポートくらいならきっと役に立てるはずだ。

 グレンは屋敷を開けることが多くなるかもしれないと言ったが、逆にずっとこの屋敷で一緒に居るよりは気楽かもしれない。

 ミアは楽観的にそう思って、頷いた。
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