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虫の知らせとグレンの槍

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 そして、あっという間に出発の朝はやってきた。

 ミア、グレン、アインの三人は、胸いっぱいに清々しい朝の冷えた空気を吸い込みながら、荷馬車に荷物を積み込んでいた。

「アインさん、こっちの荷物もお願いできますか?」

「分かりました。荷馬車に乗せておきます」

「こっちは全て、積み終わったぞ。少し荷台が不安定だから、紐で固定したほうがいいかもしれん。アイン、手伝ってくれ」

 相変わらず、使用人の手も借りずにグレンはてきぱきと仕事を片付けていく。そんなグレンの王族らしくない所も、ミアは好ましかった。

「私は、戸締りの確認と、忘れ物がないか見てきますね」

 ミアは一人、最終確認の為に離宮に戻る。あの二人の前では、力仕事の面では戦力にならない。

「応接間、キッチン、食堂、それからお風呂場と……よし、一階の戸締りは大丈夫」

 ミアは、一階の部屋を一つ一つ確かめていく。
 離宮を離れる間は、図書館で会ったヘンリーの使用人、ルチルに管理を頼んでおいた。留守にするのは長くても一ヶ月程度だとグレンから聞いていたが、念のため見回って貰うようにお願いをさせてもらった。
 ヘンリーもルチルを信頼していたようだし、彼女ならば問題ないだろう。
 
「あとは、二階も見ておきましょうか」

 階段を上がって、二階の廊下を歩いていく。まずは自分の部屋から見ようと思っていた、その時。

 ゴトリ。

 何か重いの物が落ちるような音が、グレンの部屋の方から聞こえた。
 不審に思ったミアは、迷いながらもグレンの部屋の戸を開ける。

「お邪魔します……」

 グレンの部屋には掃除でたまに入るようになっていたが、何となく緊張してしまうのは毎度のことだ。相変わらず部屋はがらんとしていて、物が少ない。何かおかしなところがないか、室内を見回すと、グレンの槍が倒れていた。

「変ね。安定した場所に置いているし、倒れたところなんて見たことないけど……?」

 ミアは床に倒れた槍を手に取った。見た目よりは軽くて、ミアでも一応持てるくらいだ。改めて、槍をじっと見つめる。

 オスカー・アルバート。
 槍に掘られた知らない名前を読み上げた、その時。

「……あれ」

 今、柄の部分に彫ってある名前が、光らなかったか? 見間違いか、光の反射だろうか。
 気のせいだと切り捨てるのは簡単だったが、なんとなく、自分も連れて行ってくれと槍が言っているような気がした。自分でも下らない空想だと思いつつ、ひとまず槍を持っていって、グレンに必要かどうか聞いてみることにした。


 自分の身長ほどもある槍を、ぶつけないよう両手で慎重に外に運び出して、荷馬車の準備をしているグレンのもとに持って行った。

「グレンさん。これ……持っていかないですか?」

「ああ、それか。特に必要ないと思っていたが……どうかしたか」

 ミアは、先ほどのなんとなく胸騒ぎがしたという話をした。しかし、自分で言いながらもだんだん非現実的で恥ずかしくなってきてしまう。

「こんなの、おかしいですよね。やっぱり私、返してきます」

 槍を持ったまま踵を返そうとしたところを、グレンが呼び止めた。

「いや、いい。そういう直感は俺も大事にする方だ。それに、バドラー伯から兵士に稽古をつけて欲しいと言われていた。武具は借りようと思っていたが、どうせなら手に馴染んだ物の方が良いからな。ミア、ありがとう」

 グレンは槍を受け取ると、布を巻いて荷馬車に積み込んだ。

 ――気を使わせてしまっただろうか。

 グレンは、一見無骨に見えるけれど、相手の意見を尊重してくれる人間なのだ。一緒に居ればいるほど、グレンのそういった面を知ることができた。
 グレンが軍事関係の仕事を任されるようになってからは、少しずつ関わった人々にその内面を理解されるようになってきている。
 バドラー辺境伯も、その中の一人なのかもしれなかった。

「よし、これで準備はできた。早速向かおう」

 三人は馬車に乗り込む。そして、バドラー領へ向かう長い道のりが始まった。

 馬車は風を切って、広大な田畑といくつかの村や町を通り過ぎて進む。徐々に標高が高くなり、寒くなっていくのを肌で感じた。
 途中で馬を変えたり、しっかりと休憩も挟みつつ進む。そして離宮を出てから二日目の夕方、やっと辺境伯の屋敷にたどり着いた。

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