世界の終わりに咲く花を


2020年、3月。

この日、東京が消失した。

原因は未だわかっておらず、世界は混乱に包まれたままだった。

東京に住んでいたものたちは消息を絶ち、消失した都市部を中心に、何十キロにも及ぶ巨大な“クレーター”が出現していた。

消失したエリアに侵入することは、現在の科学では不可能だった。

そこは事象の境界面と言われ、異常な重力が働いている未知の領域だと、学会により発表されていた。

人々は、そこにあったものは全て、跡形もなく消えてしまったものだと思っていた。

そこに住んでいた人たちはもちろん、東京という街そのものが、完全に消失してしまったのだと。


東京都豊島区巣鴨一丁目のアパートに暮らしていた男子高校生、灰原ハジメは、世界から東京が消失してしまったことに気づいてはいなかった。

消失したはずの都市部では、人々は普段と変わらない生活を送っていた。

何も変わってはいなかった。

グラウンドに寝そべる午後の木陰も、街を行き交う電車の音も。

——空から、「月」が消えていることを除いては。



子供の頃、隣の家に住んでいた幼馴染が、なんの連絡もなく突然彼のアパートを訪れる。

幼馴染の名前は、伊藤詩織といった。

彼女とは長い間会っていなかった。

…会えるはずもなかった。

なぜなら彼女は、小学生の時に行方不明になっていたからだ。

もうすでに8年もの時が流れていた。

この世界にはもういない。

とっくに死んでいるんじゃないか?と、周りの人たちは囁いていた。


「私とキスしてくれる?」


唐突なその言葉に、彼の頭は凍りつく。

…お前、誰だ?

顔も声も、目の色も、あの“詩織”で間違いなかった。

ただ、何かが違っていた。

突然押し倒され、無理やり唇を奪われる最中、彼は彼女の胸から、心臓の音が消えていることに気づく。


これは、世界の終わりと始まりを紡ぐ、失われた記憶の中にある物語。
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