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Ⅲ キャノーラ国

6 入牢

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翌朝、どこから聞きつけて来たのか判らなかったが、店の階段の前に患者の行列が出来ていた。
仕方が無いので、昨夜同様再び通りの真ん中で治療を始める。
人数が多かったので、通りの外の店まで頭を下げに行ってトイレを借りた。
幸い昼は店を営業していなかったことと、周囲の男達にマリアの恐ろしさが伝わっていた様で、手揉みしながら喜んで貸してくれた。

マリアを手伝いながら患者を誘導していたら、昼過ぎ頃だっただろうか、突然大勢の兵隊と神官が怖い顔をしてやってきた。

「おいお前ら、昼間から堂々と何をしている。神殿以外での治療行為は禁止されているのを知らないのか。神殿屈辱罪で逮捕する」

捕まってしまった、この程度の数の兵隊なら、怪我を負わせず簡単に倒せるのだが、どうやら悪いのは俺達の方のようなので逆らわなかった。
後ろ手に縛られて連行されてしまった、通りの店から飛び出して来た女の子達が、兵隊に石を投げようとしたので慌てて止めさせた。

「直ぐに戻って来るから大丈夫だよ」

城とは逆方向、表門の警備所の地下の牢獄へ連れて行かれた。
数人のチンピラが俺同様に捕えられており、一緒に薄暗い牢へ放り込まれた。
大勢の人相の悪い男達が収容されており、石の床は汚れている。
気が付いたら、無意識の内に牢の隅に下がっていた雑巾で床を磨き上げていた。

「おー新入り、歳に似合わず良い心がけだが、その前にこっちに来て挨拶しろ」

牢名主?毛布を何枚も積み上げた上に座っているおっさんが声を掛けて来た。
見ると、俺と一緒にここへ放り込まれた連中が、震えながらそのおっさんの前に正座して並んでいる。

「狐横丁のガンマです。ヌキです」
「柳堤のゲンです。ムコイリです」
「西浦横丁のサブです。ハイダシです」
「赤壁横丁のニトスです。・・・です」
「こら!はっきり言え」
「へへへへ、ツッコミです」
「おう、可愛がってやれ」
「ひー、堪忍してください」

俺の横に座っていたツッコミの兄ちゃんは牢の隅に連れて行かれて、袋叩きにされている。
逮捕理由によって牢内の扱いが違うらしい。

「おう、雑巾。おめーが最後だ」
「へっへっへっ、雑巾か。そりゃは良いや」

雑巾を馬鹿にするな、磨術の恐ろしさを思い知らせてやろうかとも思ったが、大人気無いと思い止めておいた。

「聖女横丁のジョージです。神殿屈辱罪です」

牢内がしーんと静まり返った。

「兄さん、お見逸れしやした、どうぞこちらへ」

牢名主が毛布を一杯積んだ席を用意してくれた。
聖女横丁はこの世界では超有名な場所で、神殿屈辱罪は無茶苦茶重罪だったようだ。

ーーーーー
犯罪取調官 ドレイド

思ったとおり、聖女横丁に巣食っていた餓鬼共は強情だった、いくら叩いても白状しない。

宰相殿から詐欺行為に警戒せよとのお達しが来ていた。
人々の気持ちがまだ混乱している時期なので、怪しげな手品で人を騙そうとする連中が横行するのだ。

一番多いパターンは、無料の治療と称して人を集め、闇の中でさくら役の患者の腕に光苔の乾燥粉末を吹き付けて光らせる方法だ。
さくら役が大声で”治った、治った”と吹聴すれば、驚くほど簡単に人々は奇跡が起こっていると信じてしまう。
治療役を聖人と思い込ませ、その聖人の力が籠った聖品と称して、無価値な犬の置物を法外な値で売り付けるのが目的なのだ。

互いに合意の上の通常の商行為であると主張され、犯罪としての立証が難しかったのだが、昨年法事院で奇跡の詐称が重罪である神殿屈辱罪に該当するとの判例が示され、取り締まりが容易になった。

ノーラ神殿の神官が歓楽街で流れた奇跡の治療師の噂を聞き付け通報してくれた。
しかも驚いた事に、場所は幼女に売春させるという都一番の悪所、聖女横丁だった。

一小隊を率いて出向いたら、噂通りに行列が出来ていた。
治癒師役はたぶん店に出す餓鬼を使ったのだろう、祈祷らしき真似をしていた。
これも店の売り物の尻子なのだろう、男の餓鬼が慣れた様子で客を誘導している。
そしてお約束どおり、売り物の犬の置物が十体程並べられていた。

典型的なパターンだ、餓鬼が思い付く商売じゃない、やり口からして常習犯が裏で糸を引いている筈だ。
餓鬼共も洗脳されている可能性がある、堂々と自分達を聖女と勇者と称していた。

ーーーーー

「誰に雇われた、ロナかケロかロトなのか。白状しろ」

”ビシッ、バシッ、ガツン”

「ひー、痛い。勘弁して下さい」

堅い棒で叩かれながら尋問を受けているが、実は全然痛くない。
叩かれた瞬間、熱術で氷の盾を作っているからだ。
取り調べ室の奥に怪しげな道具が置いてあるので、これが使われないように演技している。
勿論俺は自分が勇者だと説明した、だが目を覚ませと、何遍も叩かれてしまった。
俺達を雇った奴がいると思い込んでいるようで、賢明に白状させようとしている。

「俺達お金は貰ってません。営業じゃないですから不当逮捕です」
「だからお前等にその言い訳を入れ知恵した奴の名を教えろと言ってるんだ」

”ビシッ、バシッ、ガツン、バシバシ”

勿論マリアの状況も同じで、隣の部屋で女性の取調官が担当している。
俺が氷の盾を作って痛く無い様しているが、俺よりもマリアの演技に熱が籠っていたから、隣の部屋にはもっと怪しげな道具が置いてあるのだろう。

それでも牢に戻れば俺達は優遇されていた。
牢内での序列は上の方で、食事も腹一杯食べられた。

マリアは女牢内で囚人を治療し感謝されている。
三食昼寝付きで、慣れればここの暮らしも悪く無い。

ーーーーー
犯罪取調官 ドレイド

「ドルイドさん」

囚人たちの治療をお願いしているノルン神殿のノノン神官だ、囚人たちの順診が終わった様だ。

「女牢に何で子犬が入り込んでいるんですか」
「マリアって餓鬼の飼い犬らしいんですが、追っ払っても気が付くと入ってるんです。何処から入るのか判らなくてねー、諦めて放ってあります。衛生上宜しくありませんか」
「いいえ、大丈夫ですが・・・」

ノノンさんが言葉を切って何か考えている、そして意を決した様に顔を上げた。


「マリアさんは本物ですよ」
「えっ!何がです」
「治療がですよ。本物の治癒師で力は私よりもずっと上です」
「あの餓鬼は詐欺の手先じゃないと仰るんで」
「ええたぶん。念のため本部へ照会した方が宜しいと思いますよ」

半信半疑で念のため皇都護衛隊本部に照会したら、その日の内に青い顔をして宰相が飛んで来た。
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