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39. 追及①
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そういえばこうして宏樹とガチで話し合うのは初めてかもしれない。
今までいつも二人きりの時に俺が婚約解消を切り出せば「婚約解消なんてしない」と逃げられたし、それじゃと実家の両親に言えば、父も母も「宏樹くんには困ったね」「彼もアルファ性が強いからなぁ」と言うだけで、真剣に俺の話を聞いてはもらえなかった。
多分、今思えば両親としては俺の疾患のせいで婚約を解消することはできなかった部分が大きかったんだろう。あの頃の俺のフェロモンに適合するのは宏樹だけだったから。
それに、両親の中で宏樹の行動はアルファとして当然という扱いだった。どう当然なのかの説明もされたけど、当時まだアルファを取り巻く環境がどうなっているのか知識に乏しかった俺はそれを信じてしまった部分もある。
俺の身近にいるアルファは、両親と兄、瀬尾家の五人だけで、まさか兄や瀬尾家の人たちにシモ系の話をするなんてできなかった。
兄さん見てると違うってわかったけども。
でも、実際父や母や、そういうアルファがいるのも事実で。
「――次男。お前、やってることと言ってることが矛盾してるのはわかってるのか」
兄がため息混じりに静かにそう尋ねる。
「どうして真緒と結婚したいんだ?」
「どうしてって、日下部長も変なことを聞きますね……」
「真緒と結婚しても、日下はお前のものにはならないぞ」
「……そんなもの、別に俺は欲しくないです」
そんなもの、と宏樹はすげなく答えた。
自分よりもさらに上位のアルファである兄には強く出られない。忌々しそうに兄をにらみつける様子に、俺は、俺を庇う兄と泰樹くんの腕をそっと押し戻した。
心配そうな目で俺を見る泰樹くんに、俺はそっと笑って首を横に振る。宏樹はラットになっていない限りは、俺を殴ったりだとか、そういう乱暴なことはしない。それは今までの経験からわかっている。だから何年も、何年も、このマンションで一緒に暮らすことができた。
俺の親の会社は日本でも大手のメーカーで、そう遠くない将来には兄が継ぐだろう。次男で瀬尾を継がない宏樹は、家同士の結び付きを強固にするために半ば無理やりそこへ入社させられたようなものだった。
兄の話では、入社当時は縁故のくせにと周りのアルファたちから揶揄もされたけれど、持ち前の負けず嫌いな性格と人あたりの良さ、それとやっぱり王子様な外見は良い武器になったらしい。五年もすれば揶揄も嫌がらせもなくなった――と聞く。
五年。五年も宏樹は頑張っていた。俺なんかと婚約してるから、五年も、しなくてもいい苦労をしていた。
俺はたまに宏樹から聞く仕事の話がすごく好きだった。寝る前、ソファーでウトウトしていると、デカフェのコーヒーを淹れた宏樹に呼ばれて、二人がけのダイニングテーブルで向かい合って飲む。本当はデカフェなんて嫌いなくせに、飲み終わった後は寝るだけの俺のための時間だ。
宏樹の手元にある持ち帰りの仕事の資料を手繰り寄せると「これは社外秘だから読むな」とか「今度オメガの病棟に導入する機材なんだけど」だとか、そういう色恋の絡まない話をする宏樹には、二十年前に俺が一目惚れした面影があふれている。
「もしかして、日下部長は俺が日下が欲しくて真緒と結婚したがってると思ってるんですか?」
「もしかしなくてもそうだな。瀬尾を継げないから、代わりに日下を欲しがってるんだと思っていた」
兄の答えを鼻で笑うと、抵抗を諦めた宏樹は尚樹さんの腕を振りほどいた。再度ラグの上で立て膝をついて座ると、すっかり冷めてしまったコーヒーをぐいと一息に飲み干す。
その姿には夜のダイニングで何度も見た二十年前の面影はなく、俺は悲しくなった。
「……真緒が好きだから結婚したい、じゃ答えにはなりませんか」
「ならないな。お前の態度からは真緒のことを好きだとは到底感じられない。昔から浮気ばかり繰り返しておいて、どの口が好きだと抜かすんだ?」
冷静なようでいて、兄の言葉の端々に怒りを感じる。無意識の威圧を察知して、泰樹くんが覆い被さるようにして俺を自分の方へ引き寄せた。
*この後しばらく宏樹の話が続きますのでご注意ください*
(宏樹視点じゃないです)
今までいつも二人きりの時に俺が婚約解消を切り出せば「婚約解消なんてしない」と逃げられたし、それじゃと実家の両親に言えば、父も母も「宏樹くんには困ったね」「彼もアルファ性が強いからなぁ」と言うだけで、真剣に俺の話を聞いてはもらえなかった。
多分、今思えば両親としては俺の疾患のせいで婚約を解消することはできなかった部分が大きかったんだろう。あの頃の俺のフェロモンに適合するのは宏樹だけだったから。
それに、両親の中で宏樹の行動はアルファとして当然という扱いだった。どう当然なのかの説明もされたけど、当時まだアルファを取り巻く環境がどうなっているのか知識に乏しかった俺はそれを信じてしまった部分もある。
俺の身近にいるアルファは、両親と兄、瀬尾家の五人だけで、まさか兄や瀬尾家の人たちにシモ系の話をするなんてできなかった。
兄さん見てると違うってわかったけども。
でも、実際父や母や、そういうアルファがいるのも事実で。
「――次男。お前、やってることと言ってることが矛盾してるのはわかってるのか」
兄がため息混じりに静かにそう尋ねる。
「どうして真緒と結婚したいんだ?」
「どうしてって、日下部長も変なことを聞きますね……」
「真緒と結婚しても、日下はお前のものにはならないぞ」
「……そんなもの、別に俺は欲しくないです」
そんなもの、と宏樹はすげなく答えた。
自分よりもさらに上位のアルファである兄には強く出られない。忌々しそうに兄をにらみつける様子に、俺は、俺を庇う兄と泰樹くんの腕をそっと押し戻した。
心配そうな目で俺を見る泰樹くんに、俺はそっと笑って首を横に振る。宏樹はラットになっていない限りは、俺を殴ったりだとか、そういう乱暴なことはしない。それは今までの経験からわかっている。だから何年も、何年も、このマンションで一緒に暮らすことができた。
俺の親の会社は日本でも大手のメーカーで、そう遠くない将来には兄が継ぐだろう。次男で瀬尾を継がない宏樹は、家同士の結び付きを強固にするために半ば無理やりそこへ入社させられたようなものだった。
兄の話では、入社当時は縁故のくせにと周りのアルファたちから揶揄もされたけれど、持ち前の負けず嫌いな性格と人あたりの良さ、それとやっぱり王子様な外見は良い武器になったらしい。五年もすれば揶揄も嫌がらせもなくなった――と聞く。
五年。五年も宏樹は頑張っていた。俺なんかと婚約してるから、五年も、しなくてもいい苦労をしていた。
俺はたまに宏樹から聞く仕事の話がすごく好きだった。寝る前、ソファーでウトウトしていると、デカフェのコーヒーを淹れた宏樹に呼ばれて、二人がけのダイニングテーブルで向かい合って飲む。本当はデカフェなんて嫌いなくせに、飲み終わった後は寝るだけの俺のための時間だ。
宏樹の手元にある持ち帰りの仕事の資料を手繰り寄せると「これは社外秘だから読むな」とか「今度オメガの病棟に導入する機材なんだけど」だとか、そういう色恋の絡まない話をする宏樹には、二十年前に俺が一目惚れした面影があふれている。
「もしかして、日下部長は俺が日下が欲しくて真緒と結婚したがってると思ってるんですか?」
「もしかしなくてもそうだな。瀬尾を継げないから、代わりに日下を欲しがってるんだと思っていた」
兄の答えを鼻で笑うと、抵抗を諦めた宏樹は尚樹さんの腕を振りほどいた。再度ラグの上で立て膝をついて座ると、すっかり冷めてしまったコーヒーをぐいと一息に飲み干す。
その姿には夜のダイニングで何度も見た二十年前の面影はなく、俺は悲しくなった。
「……真緒が好きだから結婚したい、じゃ答えにはなりませんか」
「ならないな。お前の態度からは真緒のことを好きだとは到底感じられない。昔から浮気ばかり繰り返しておいて、どの口が好きだと抜かすんだ?」
冷静なようでいて、兄の言葉の端々に怒りを感じる。無意識の威圧を察知して、泰樹くんが覆い被さるようにして俺を自分の方へ引き寄せた。
*この後しばらく宏樹の話が続きますのでご注意ください*
(宏樹視点じゃないです)
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