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100. 瀬尾の目的③
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俺から見て、瀬尾の三人は顔だけを見ればよく似ている。もちろん雰囲気なんかは別だ。
だけど、泰樹くんはわざと〝宏樹に見えないように〟髪や瞳の色を変えていると言っていたから、たとえば三人の人となりを知っていて見分けがつくという人じゃなかったら、ぱっと見て渦中の瀬尾の人間だと気づく人はいないだろう。
そこまで泰樹くんが計算していたわけではないんだろうけど……
「……俺は正直、父が真緒くんに固執している気持ちがわかるんですよね」
誰とも視線を合わさずに、ぽつりとそう零したのは尚樹さんだった。
「父はコンプレックスの塊なんですよね。昔から何度真都さんと比べられたかわからないです。……俺は父の期待どおりには育ちませんでしたけど、俺から見れば、父も上位アルファの中では上だと思うんですけどね。ただ、誰かと比較して上、なんていう評価じゃ満足できなかったんでしょう。身近に、規格外の日下父子がいましたから」
――おじさん。
瀬尾のおじさんは、俺の父親と違って、初めて会った時から威圧感のないアルファだった。宏樹や尚樹さんとよく似た顔なんだけど、何だかあまり印象に残らないというか……
俺の父親は、兄がもう少し年を取ったような外見で、というかまんま兄そっくりだ。筋肉ムキムキなところも同じ。ただ兄の方が少しだけ背が高くて、体が厚くて、父親より優秀だった。兄は俺には優しくて、父親は、俺には厳しかった。
いや、厳しいと言うのは少し違うのかもしれない。父親は多分俺になんて興味なかった。
俺が瀬尾家へ初めて訪問した日は、宏樹と初めて会った日と同じ。
母親は俺と宏樹が親しくなったこと、そして婚約したことを純粋に喜んでいたような気がするけれど、父親からは違う意図を感じた。
それが確信に変わったのは、宏樹との関係に悩んだ俺が婚約の解消を両親にお願いした時だ。
――宏樹くんがそんなことするなんて。
――婚約は解消しない。宏樹くんには私たちから話すから、真緒は待ちなさい。
宏樹の不実を嘆く母とは対照的に、父は至極冷静だった。俺と瀬尾の婚約をどうしても続けさせたかったのは、瀬尾のおじさんだけじゃなくて、俺の父親も、だったわけだ。
父親は俺のことを瀬尾と繋がるための駒としてしか見てなかったってことなのかな……と考えたら、少しだけ悲しくなった。
「規格外って、兄さんにコンプレックスがあるならわかるけど……おじさんは、父さんにもコンプレックスがあったってこと? 二人は親友でしょ?」
「真都さんが生まれるまでは、日下のおじさんが一番最上位に近いアルファとして有名だったんだよ」
「まぁ親友と思ってるのは日下のおじさんだけだろうけどな」
「でも、それがどうしておじさんが俺に固執する理由になるんだ……?」
俺の素朴な疑問に、それまで答えてくれていた泰樹くんと宏樹が同時に黙った。
兄は、指で俺の髪を一房すくってはくるくるねじったりして、完全に遊んでいる。まっすぐな黒髪の兄と違って、俺の髪はくすんだ金茶色で、まっすぐですらない。そんな俺の髪を一巻き、二巻き、と指に巻いてはほどいていく。
「三男。瀬尾の後継のお前なら、瀬尾斎樹が何を考えていたのかわかっているだろう?」
手慰みをやめて一言、兄がそう言うと、泰樹くんはめずらしく小さく舌打ちをした。それを見た兄が口角を上げたのが不気味で、俺は何となく、自然と姿勢を正した。
「……面白い話じゃないですよ」
「それは今更だろう。……逆に聞くが、何の話なら面白いと思うんだ? 俺は今こうしてお前たち三人と真緒を向かい合わせていることさえ、何もかもが面白くないんだが」
「それは、そうですが、」
……俺の隣からにじみ出ている威圧に、泰樹くんはわかりやすく口ごもって動揺している。威圧の出所である兄を見ると、さっきの不気味な顔のまま笑っている。
こういう笑顔の時の兄は逆らうべきじゃない。前回この笑顔を見たのは、確か……宏樹が職場のオメガと浮気したことがわかった時、だったような? あの時の宏樹はどうなった?
俺がふるふると顔を横に振ると、泰樹くんは、眉尻をもう下がらないという位置まで下げた。
「俺も……父からはっきりと聞いたわけじゃないです。今までの言動とか、父の秘書の話だとかで推測の域を出ませんが、それでもいいですか」
「もちろん。俺の持っている情報も、推測でしかないからな。答え合わせをしよう」
兄が悠然と微笑む。
「父は、……日下家の玄関に飾ってある肖像画のオメガのことが好きだったんですよ。真緒ちゃんにそっくりな、あの女性オメガに」
――
本編も100話になりました!
予定では瀬尾の目的…というか瀬尾パパの目的回が終わった後は、真緒を幸せにしたいです。
本編100話記念で近日中に泰樹の話を挟みたいと思います(^^)
だけど、泰樹くんはわざと〝宏樹に見えないように〟髪や瞳の色を変えていると言っていたから、たとえば三人の人となりを知っていて見分けがつくという人じゃなかったら、ぱっと見て渦中の瀬尾の人間だと気づく人はいないだろう。
そこまで泰樹くんが計算していたわけではないんだろうけど……
「……俺は正直、父が真緒くんに固執している気持ちがわかるんですよね」
誰とも視線を合わさずに、ぽつりとそう零したのは尚樹さんだった。
「父はコンプレックスの塊なんですよね。昔から何度真都さんと比べられたかわからないです。……俺は父の期待どおりには育ちませんでしたけど、俺から見れば、父も上位アルファの中では上だと思うんですけどね。ただ、誰かと比較して上、なんていう評価じゃ満足できなかったんでしょう。身近に、規格外の日下父子がいましたから」
――おじさん。
瀬尾のおじさんは、俺の父親と違って、初めて会った時から威圧感のないアルファだった。宏樹や尚樹さんとよく似た顔なんだけど、何だかあまり印象に残らないというか……
俺の父親は、兄がもう少し年を取ったような外見で、というかまんま兄そっくりだ。筋肉ムキムキなところも同じ。ただ兄の方が少しだけ背が高くて、体が厚くて、父親より優秀だった。兄は俺には優しくて、父親は、俺には厳しかった。
いや、厳しいと言うのは少し違うのかもしれない。父親は多分俺になんて興味なかった。
俺が瀬尾家へ初めて訪問した日は、宏樹と初めて会った日と同じ。
母親は俺と宏樹が親しくなったこと、そして婚約したことを純粋に喜んでいたような気がするけれど、父親からは違う意図を感じた。
それが確信に変わったのは、宏樹との関係に悩んだ俺が婚約の解消を両親にお願いした時だ。
――宏樹くんがそんなことするなんて。
――婚約は解消しない。宏樹くんには私たちから話すから、真緒は待ちなさい。
宏樹の不実を嘆く母とは対照的に、父は至極冷静だった。俺と瀬尾の婚約をどうしても続けさせたかったのは、瀬尾のおじさんだけじゃなくて、俺の父親も、だったわけだ。
父親は俺のことを瀬尾と繋がるための駒としてしか見てなかったってことなのかな……と考えたら、少しだけ悲しくなった。
「規格外って、兄さんにコンプレックスがあるならわかるけど……おじさんは、父さんにもコンプレックスがあったってこと? 二人は親友でしょ?」
「真都さんが生まれるまでは、日下のおじさんが一番最上位に近いアルファとして有名だったんだよ」
「まぁ親友と思ってるのは日下のおじさんだけだろうけどな」
「でも、それがどうしておじさんが俺に固執する理由になるんだ……?」
俺の素朴な疑問に、それまで答えてくれていた泰樹くんと宏樹が同時に黙った。
兄は、指で俺の髪を一房すくってはくるくるねじったりして、完全に遊んでいる。まっすぐな黒髪の兄と違って、俺の髪はくすんだ金茶色で、まっすぐですらない。そんな俺の髪を一巻き、二巻き、と指に巻いてはほどいていく。
「三男。瀬尾の後継のお前なら、瀬尾斎樹が何を考えていたのかわかっているだろう?」
手慰みをやめて一言、兄がそう言うと、泰樹くんはめずらしく小さく舌打ちをした。それを見た兄が口角を上げたのが不気味で、俺は何となく、自然と姿勢を正した。
「……面白い話じゃないですよ」
「それは今更だろう。……逆に聞くが、何の話なら面白いと思うんだ? 俺は今こうしてお前たち三人と真緒を向かい合わせていることさえ、何もかもが面白くないんだが」
「それは、そうですが、」
……俺の隣からにじみ出ている威圧に、泰樹くんはわかりやすく口ごもって動揺している。威圧の出所である兄を見ると、さっきの不気味な顔のまま笑っている。
こういう笑顔の時の兄は逆らうべきじゃない。前回この笑顔を見たのは、確か……宏樹が職場のオメガと浮気したことがわかった時、だったような? あの時の宏樹はどうなった?
俺がふるふると顔を横に振ると、泰樹くんは、眉尻をもう下がらないという位置まで下げた。
「俺も……父からはっきりと聞いたわけじゃないです。今までの言動とか、父の秘書の話だとかで推測の域を出ませんが、それでもいいですか」
「もちろん。俺の持っている情報も、推測でしかないからな。答え合わせをしよう」
兄が悠然と微笑む。
「父は、……日下家の玄関に飾ってある肖像画のオメガのことが好きだったんですよ。真緒ちゃんにそっくりな、あの女性オメガに」
――
本編も100話になりました!
予定では瀬尾の目的…というか瀬尾パパの目的回が終わった後は、真緒を幸せにしたいです。
本編100話記念で近日中に泰樹の話を挟みたいと思います(^^)
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