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第二章後半【いざ東方へ】

2-19.アルベルトの特技

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「なるほどね。だから“青海の真珠”なのね」
「少し前まではラグシウムは海からでないと行けなかったんだ。最近はようやく道が繋がって、陸からでも入れるようになったんだよ」

 ラグシウムの説明をしつつアルベルトは調理台に立つ。今日の昼はカルボナーラというパスタ料理だ。
 黒麦粉を塩と水とつなぎで溶いて練った生地を、細く切って伸ばした上で乾燥させた麺を茹で、里猪の頬肉の燻製を焼いたものと朝鳴鳥の生卵をトッピングし、粉になるまで挽いたチーズと黒胡椒をふんだんにふりかけてあって、見た目からもう食欲をそそる。

「なんだ今日はカルボナーラじゃない」
こらまたこれはまた旨そうやねえ。お店で出されるのとあんま変わらんばい」
「馴染みの料理が出てくると、なんだかホッとするわね」
「いい…匂い…」

 カルボナーラはエトルリア発祥と言われる麺料理だ。蒼薔薇騎士団はヴィオレを除いてエトルリア出身者で固められていて、だから彼女たちにとっては食べ慣れた馴染みの料理でもある。だがそれだけに、彼女たちの舌を満足させられるかが試される料理でもあった。
 早い段階でエトルリア料理を出してきたアルベルトは、それも自分の査定に繋がることをよく理解していた。彼女たちの郷土料理を後回しにすればするほど期待値が高まって採点が辛くなるので、早めに出してしまうのが正解なのだ。

 皿とともに出された銀のフォークを手に取り、4人はそれぞれパスタを巻き取って、しばし眺めたり香りを嗅いだりしてから口に運ぶ。だが口に入れるや否や、全員が感想も漏らさずに勢いよく食べ始めた。

「おかわり、いる?」

 その様子に笑みを浮かべつつ、まだ食べ終えてもないのにアルベルトが確認する。アルベルトを目で見ながら一人残らず無言で頷くのを見て、苦笑しながら彼は食べる手を止めて再び調理台に向かった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「うあ…もうお腹いっぱい…」
「姫ちゃん…こらいよいよ危険つまらんばい…」
「本当、気を付けないとダメね…」
「食べたい…けど入らない…」

 それぞれソファにもたれかかり、力なく寝そべり、あるいはテーブルに突っ伏して満足げな吐息を漏らす4人娘。全員がなんと二度もおかわりした結果がこの死屍累々の惨状である。
 もちろん彼女たちの腹具合も考慮してアルベルトはおかわりのたびに分量を減らしたのだが、結局のところ彼女たちは腹がはち切れそうになるまで食べるのを止めなかったので、もしかすると最初のおかわりを減らさない方がよかったのかも知れない。

「おいちゃん…もしかせんでも料理屋で働いた事のあるやろ…?」

 テーブルに突っ伏したまま、今使った食器を洗いに調理台の流しに立つアルベルトにミカエラが聞いてくる。

「いやあ、それが実はないんだよね」
「ないの!?」
「嘘やん!?」
「信じられないわね」
「プロだよぅ…!」

「いや最初は料理なんて全然興味もなくてね。でもユーリに拾ってもらった駆け出しの頃に雑用を買って出て、それから覚えたんだよね」


 当時すでに冒険者になって4年が過ぎようとしていた勇者候補のユーリと、まだ駆け出しの15歳のアルベルトとで、どちらが雑用をこなすかなど考えるまでもない事だった。だから彼はパーティの雑用係として、自然と炊事、洗濯、掃除と一通りの家事スキルを覚えることになったのだ。
 だがそのうちにアルベルトは美味しく食べてもらう楽しみを覚え、自分でも美味いものを食うのが好きだったこともあり、いつしか作ることのこだわりを持つようになっていった。そして今では、美味しく食べるためなら手間を惜しまない、そのための下準備は一切手を抜かない、というところまでレベルアップしていたのだ。
 なので誇張でも何でもなく、彼の炊事スキルはプロ並みである。すでに冒険者を辞めても料理人として充分食っていける腕前を備えていた。

 ただし、その彼の料理の腕を存分に味わうのはほとんど彼自身のみである。隠れた特技、というにはあまりにも勿体ないその腕前は、蒼薔薇騎士団に雇われたことでようやく陽の目を見たのであった。


「ねえ、あなた調理スキルのレベルどのくらいあるのよ?」
「スキル?[調理]も[下拵え]もどっちも5だよ」

「「「「プロじゃないやんか!! 」」」」
          だよ

 この世界の各種技能は“スキル”と称され、一般的には1から10までの10段階でレベル分けされる。ただしごく一部のスキルを除けばレベル10はいわゆる“神の領域”であり、レベル8以上に至るのもその道の頂点を極めたごく一部でしかなく、通常はどれほど頑張ってもレベル7までしか届かない。
 調理スキルなどの作業系、技能系スキルに関しては、知識を得ればレベル1、一通り過不足なくこなせればレベル3であり、通常はレベル3あれば充分な腕前と認められる。調理スキルに限定すれば、レベル4で職業料理人、レベル5あれば貴族の専属コックが務まるレベルである。
 それをアルベルトは[調理]だけでなく[下拵え]までレベル5で取得しているという。どこの料理屋でも引く手あまたなのは確実で、それどころかラグ辺境伯が召し抱えたっておかしくない。

「いやあ、ユーリにも同じ事言われるんだけど、自分じゃまだまだ全然だと思ってるんだけどね」
「ってまだレベルアップするつもりなの!?」
「ていうか、ユーリ様はあなたの腕前知ってるの?」
「うん、まあ、今でも時々会ってるからね。会うときは最低1回は振る舞うようにしてるよ」

「会ってるんだ…」
「そら間違いなくメシ目当てやんな…」

「ちなみに、最後に彼と会ったのはいつなのかしら?」
「最後は新年の挨拶に行った時かな。年明けてすぐは彼も忙しいから、少し間を開けて行ったんだよね」

 小国とはいえユーリは、アンドレウス公爵は一国の王であり、新年明けてすぐは各地の有力者や関係者などが続々と挨拶に訪れて多忙を極める。だからアルベルトはそれを避けて落ち着いた頃を見計らって会ってきたという。
 それはつまり、新年明けてやや日を置いて挨拶に行った蒼薔薇騎士団とほぼ同時期に彼を訪ねていたということになる。

「え、嘘。私たちその前の日までユーリ様のとこに居たんだけど」
「えっ、そうなのかい?」
「ウチらも新年すぐにお邪魔するとは遠慮したっちゃんね」
「でもファドゥーツの街ですれ違ってたかも知れないなんて、なんだか世の中って案外狭いのねえ」

「もしかしなくても“信頼できる情報筋”って…」
「ええ、そう。ユーリ様よ。彼があなたの名前を教えてくれたわ」
「やっぱり…。俺にはそんな話一言もしなかったのに…」

 そう。先に蒼薔薇騎士団と会ってアルベルトの存在を伝えたユーリは、その後にやってきたアルベルトには何も話していないのだ。
 それはユーリのいつものイタズラなのか、それともサプライズのつもりか、はたまたアルベルトを逃さないための策略なのか、何とも判断のしようがなかった。

 今考えても仕方ないとばかりにため息を吐きつつ、食器を洗い終えたアルベルトは雨具を纏ってスズに餌を与えるため外へと出ていく。

「ユーリ様、言うとらんやった言ってなかったとばいみたいね」
「言ってくれてれば話が早かったのに」
「何か思惑でもあったのかしらねぇ…?」
「分かんない…」

 そして蒼薔薇騎士団にも彼の思惑はようとして知れないのであった。



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