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25:シエナからの罰
しおりを挟む久しぶりに大泣きしたシエナは泣いてスッキリすると同時に、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
こんなに感情をむき出しにするなど、皇后にあるまじき行為だ。そう思うと居た堪れなくなった彼女は、頭だけ布団の中に突っ込んだまま出てこない。
まさに、頭隠して尻隠さずの状態である。
そんな彼女に対して、本当に数年ぶりに妻が取り乱している姿を見たアーノルドは不謹慎ながらも素直に嬉しかったようだ。
「何をニヤニヤしてるのよ…」
「何で見えてないのにわかるのさ」
「アーノルドのことなら大体わかるわ」
無意識に顔が緩んでしまうアーノルドに、シエナは不貞腐れたような口調でそう言った。
彼女は昔から、アーノルドのことなら大体わかる。だからこそ、相手にも同じ様にわかって欲しいと思ってしまうらしい。
シエナはもぞもぞと動き、足まで布団の中に入り込んだ。
そして体を丸くして、布団から頭だけをひょっこりと出した。
「何それ」
「みの虫」
「可愛い」
「うるさい」
「撫でていい?」
「やだ」
アーノルドは子どものように頬を膨らませているシエナの頭を撫でた。
嫌だと言いながらも大人しく撫でられている彼女が可愛くて、アーノルドはクスッと笑みをこぼす。
苦痛にならない沈黙。先程までとは違い、柔らかい空気と皇后らしくない妻の姿。
それが彼はどうしようもなく嬉しい。
「ねえ、シエナ」
「何?」
「俺は君とたくさん話がしたい。もっと君を理解したい」
「……うん」
「君がいつもそうしてくれるように、俺も君の事をちゃんと支えたいし、君に頼られたい。だから辛い時は辛いと言ってほしい。頼ってほしい」
シエナの髪を優しく撫でながら、アーノルドは懇願するように呟いた。
「ふふっ。そこで、『君の気持ちに気づけるように頑張る』と言わないあたりが貴方らしいわね」
「そこは…、努力します…。今まで本当にごめん」
「…私の方こそ、ごめんなさい。貴方が言われなきゃわからない事、知ってたのに。察してなんて無理があるのわかってたのに何も言わずにいた。こんなのただの八つ当たりだわ」
自嘲じみた笑みを浮かべたシエナは自分の頭を撫でるアーノルドの手を取ると、自分の指を絡めた。
「仲直りしてくれるの?シエナ」
「そうね。仕方がないからしてあげる」
「ありがとう」
2人はそう言うと、顔を見合わせてクスッと笑った。
先ほどまで雲に隠れていた月が顔を出し、ベッドの上で見つめ合う2人を照らした。
真夜中の静寂の中、サアッと風が木の葉を揺らす音が響く。
アーノルドは空いた片方の手でシエナの頬を撫でると、彼女の瞳を覗き込んだ。
対するシエナも、ジッと彼の目を見つめる。
「シエナ…」
「アーノルド…」
「.…」
「……」
「…………俺は何をすれば良いの?」
アーノルドが引き攣った笑顔でシエナにそう問いかけると、彼女はニコッと満面の笑みを見せた。
「仲直りはするけど、タダで許しはしないわよ?」
「…うん、知ってた」
本当は一ミリくらい『このまま雰囲気に流されてくれないだろうか』と期待したが無駄だったようだ。
仲直りすることと、アーノルドがシエナにくだらない嘘をついたことはまた別問題らしい。
「アーノルド。そこの上から2段目の引き出しを開けて」
「…ういっす」
アーノルドは大人しく、シエナが指差す先にあるチェストの2段目の引き出しを開けた。
その中身を見て、彼は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
中に入っていたのは長めの白い布が10枚ほど。
「これは…?」
その布を広げると、ちょうど真ん中あたりに『最後におねしょをしたのは10歳の時です アーノルド』という文字とともに、ゾウのイラストが書かれている。
「それは極東で昔からある下着らしいの」
「まさかフンドシと言われるものか!?」
「そうよ。使い方は後で教えてあげる」
ベッドにうつ伏せになった状態で、ニコニコと悪戯な笑みを浮かべながら足をパタパタとさせるシエナ。
その仕草はかわいいが、これから彼女の口から発されるであろう言葉はおそらく可愛くない。
アーノルド嫌な予感しかしなかった。
「私が良いと言うまで下着はそれね」
「…嘘だろ」
「大丈夫。無くさない様にちゃんと名前書いといたから」
「いや、そういう問題ではなく…」
何故最後におねしょした年齢を股間に書いて生活せねばならないのか。
しかもご丁寧に、一枚一枚文言が違う。
中にはシエナが知らないはずの寄宿学校での失態に関する文言もある。恐ろしい。
「別にいいじゃない。今後、愛人を作るわけじゃないんだから、誰かに見られることはないでしょ?それともやはり愛人を作る気なの?」
「いや、愛人は作る気ないけど…。あのさ、知ってると思うけど、来週の軍事演習は俺も共同風呂を使う予定なんだよね…」
「あら、それは大変ね」
「大変ねって…」
「頑張って。下着くらいで皇帝陛下の価値は下がらないわ」
「マジかぁ…」
拒否できないわけではないが、拒否したら多分、強制的にこのフンドシを履いて皇宮内を練り歩く事を強要される。
今ここでこの罰を受け入れておく方が傷は少ないかもしれない。
アーノルドはフンドシの巻き方を教えてくださいと小さな声でつぶやいた。
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