夢魔はじめました。

入海月子

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夢魔の習性

夢魔はじめました。

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「お嬢さん、遊ぼうよ?」

 顎を持ち上げられる。

「え? 嫌です」

 私が普通に答えると、彼は目を見開いた。

「魅了されてないのかい?」
「魅了?」

 意味がわからなくて、首を傾げる。
 それより、ライアンは?
 慌てて、周りを見回すと、すぐ後ろにライアンが悔しげな表情で立ち尽くしていた。

「ライアン!」

 私が呼ぶと、バチンと音にならない音が響いて、ライアンがつんのめった。

「なにっ!?」

 夢魔の彼が綺麗な顔を唖然とさせていた。

「エマ!」

 グイッと手が引かれて、ライアンの胸に抱き寄せられる。
 ライアンは口の中でなにか唱えていた。

「バインド!」

 彼が叫ぶと、まだ呆然としていた夢魔が身体を強張らせた。

「くっ。なんだ、君達は!」

 ライアンが放った魔法がどうやら夢魔を拘束しているらしい。
 夢魔が身をよじるけど、びくともしないようで、彼は瞳を妖しく煌めかせてライアンを睨んだ。

「もう魅了は効かないぞ?」
「くそっ。僕を捉えて、なにがしたいんだ!」

 憎々しげにライアンに食ってかかる夢魔に、私は声をかけた。

「あのー、いろいろ教えてほしくて……」
「はっ?なにを?」
「エマ、あんまり近づくな!」
「でも、ライアン、話を聞くにはもうちょっと友好的に……」
「いきなり襲われて、友好的になれるか!」
「でも……」

 ライアンと私のやり取りを不思議そうに眺めて、私をじっと目を眇めて見ると、夢魔は言った。

「君、もしかして同族か?それにしては処女の匂いがするけど」

 処女と言われて、私は顔を赤らめる。

「まさか、あの伝説を本気にしてるのかい?そんな夢魔がいるなんて思わなかったな」

 私の様子を見て、処女を確信したようで、夢魔はおかしそうに笑い出した。

「伝説ってなんですか?」
「はぁ?伝説も知らないで、処女を守ってるのかい?夢魔なのに?なんでまた?」
「え、だって、初めては好きな人と……」
「ハハハッ、これはいい!傑作だ。長い間、生きてみるもんだね。こんな愉快なことがあるなんて」

 夢魔が爆笑した。

「そこのお兄さんも気の毒にね。精を提供してるのに、ヤラせてもらえないのか!『好きな人』じゃないって? ハハッ」
「ほっとけ。お前だって、速攻断られてただろ!」

 ライアンがぶっきらぼうに吐き捨てた。
 散々笑うと、夢魔は笑みを残したまま言った。

「それで、なにを聞きたいんだい?」

 私はライアンと顔を見合わせて、彼に促されて、口を開いた。

「えっと、まずあなたのお名前は?私はエマで、こっちがライアン」
「ルシードだよ。ご丁寧にありがとう」

 彼がにっこり微笑む。
 とびきりの美形の笑みは破壊力があった。
 なんていうかキラキラオーラ全開。
 しかも、このルシードって、どことなく上品で王子様系だった。

 それにあてられて顔が赤らんだ。
 ライアンがおもしろくなさそうに、私のお腹に手を回して自分に引き寄せる。
 そんな警戒しなくても、大丈夫そうなのに。
 それを見たルシードはまた笑った。
 この人って笑い上戸なのかな?

「ルシード、伝説ってなんですか?」
「あぁ、夢魔の間で語られてる話で、一番最初に相思相愛で結ばれると、人間に戻れるって話だよ」
「人間に?」
「戻れる?」
「そうだよ。エマにはチャンスがあるね?伝説だから、本当に戻れるかどうかは知らないけど」

 人間に戻れるかも!

 いきなりの朗報に興奮して、私はライアンを見上げた。
 彼もまた目を煌めかせて私を見る。
 そして、ルシードに目を移すと尋ねた。

「人間に戻るっていうのは?」
「ああ、僕達、夢魔はみんな元は人間だったみたいなんだ。子どもの夢魔なんて聞いたことないだろ?」
「確かに……」
「僕も300年前は普通の人間だった。若くして死にかけた後、なぜか夢魔になってたんだよ」
「あなたも……」
「人間に戻れるかもって喜んでるところを見ると、エマも人間だったみたいだね」
「そうなんです。まだ夢魔になって、2週間くらいです」
「2週間!?どおりで処女が守れるはずだね」

 そんなに処女、処女と連発しないでほしい。

「それで他には?っていうか、もうなにもしないから、拘束を解いてもらえないかな?この体勢はきついんだけど」
「逃げないですか?」
「逃げない逃げない。僕も君達に興味津々だもん」

 そうルシードが言うので、私もライアンに頼む。

「こう言ってるし、解いてあげてもいいんじゃないですか?」
「いや、攻撃は撃退できるからいいが、逃げられたら二度と見つからないかもしれないぞ?」
「うっ、それは困ります……」
「だから、逃げないって!むしろ、君が逃げても、僕が追いかけて、結末を見届けたいくらいだし……。ああ、そうだ!君達の宿に連れていってくれないかい?こんなところでおしゃべりもなんだから。それだったらいいでしょ?」

 確かに、裏通りだけど、こんな道の真ん中で話していい内容じゃない。
 宿に来てまで逃げることはしなさそうだし。

「ライアン……」
「仕方ないな。拘束は一部に切り替える」

 彼がまたなにか唱えると、ルシードの拘束が解かれたようで、彼はこれみよがしに手首を振ったり伸びをしたりしていた。

「男に繋がれるとか、ゾッとしないね……」

 ルシードが恨めしそうに自分の手首を見やる。
 そこでライアンに繋がれてるの?

「俺だって迷惑だが、仕方ないだろ。ついてこい」

 ライアンは宿の方へ歩き出した。

「そういえば、宿に行く間にルシードを見られて、夢魔だって騒ぎになりませんか?」

 私がライアンに尋ねると、ルシードが代わりに答えた。

「大丈夫だよ。僕の魅了で、みんなそんなこと気にしないようになってるから」
「魅了って便利なんですね!」
「ハハッ 確かに便利だねー。例えば……」

 そう言って、ルシードは通りすがりのお姉さんの肩を叩き、声をかけた。

「お姉さん、綺麗だね。名前は?」
「え、あら、ありがと。ルチルよ」
「名前も綺麗だね。今は忙しいけど、今度遊ぼうね」

 お姉さんと握手をして、別れる。
 とってもナチュラル。

「ね?しっかり顔を見られてるけど、平気だったでしょ?」
「すごい!」

 私もその魅了ができるようになれば、いろいろできることも増えそう。
 私は目を輝かせた。

「エマって、かわいいねー!」

 突然、ルシードが言うから、私は赤くなった。
 ライアンが繋いでる手に力を入れた。
 なんだかライアンがピリピリしてる。
 そんな軽口で怒らなくてもいいのに。

「ライアン……?」
「なんでもない。アイツに同意するのは腹立たしいが、その通りだと思っただけだ」

 もう、ライアンもなに言ってるの!



 宿の部屋に戻ると、私達はベッドに座って、ルシードは椅子に座って向かい合った。

「へぇ、処女を奪ってないのに、ベッドは一つなんだ。君って本当に男?不能なの?」

 ルシードが部屋の中を見回して言った。

「ほっとけ!」

 ライアンは不機嫌そうに答えた。
 私は赤くなる。

 気を取り直して、ルシードにずっと聞きたかったことを尋ねた。

「あの……教えてほしいんですが、精の摂取の仕方を」
「え?君、すでにその男の精をもらってるんでしょ?」
「そう、ですけど、もう少し恥ずかしくない方法がないかな、って思って」
「え、なに、精なんて、なにしても吸えるでしょ?逆に恥ずかしい方法って一体なにをしてるの?」

 ルシードに尋ねられて、私は真っ赤になった。
 えぇー!なにしても吸えるって……?
 どういうこと?

「君って処女なのに、やらしいんだね。僕にも実践してよ。どんなことしてるのか」

 詳しく聞きたいのに、そんなことを言われて涙目になる。

「エマをからかうな!初心なんだから」
「その割にエロいよね?わざわざ聞くってことは、直接精をもらってるってことでしょ?やらしいなぁ」

 やっぱりやらしいよね?
 そうよね……。
 第三者から言われると本当に恥ずかしい。
 恥ずかしすぎて、涙が出てきた。

「わー、かわいい。泣いちゃった。エロくてかわいいって最高だよね?君、本当によく我慢してるよね?」

 もう言いたい放題言われてる。
 ライアンが私を胸に隠して、よしよしとなでてくれた。

「で、なにしても吸えるって、どういうことだ?」

 代わりにライアンが聞いてくれる。

「だから、そのままの意味だよ。接触してれば、好きなだけ吸える。だから、さっき声をかけたお姉さんからもいただいたよ。今日は時間がなさそうだったからね」
「え、うそ!私、ライアンに触れてるけど、そんなことできないわ!それに……」

 唾液じゃ足りなくて、直接精をもらってるくらいなのに!
 どういうこと?
 私は衝撃すぎて、ライアンの胸から顔を上げて、叫んだ。
 最後までは言えなかったけど。

「んー、あぁ、女性は与えられるから、吸うってことをしなくてもいいのか……。なるほどね。でも、意識したらできるようになるんじゃない?でも、気をつけないと、彼が老人になっちゃうけどね」
「どういうことですか?」
「与えられるものを受け取るだけだったら、問題ないけど、精を吸いすぎたら当然その人間は萎れるってこと。僕達、夢魔は実は接触してる限り、無敵なんだよ。相手の精を吸い上げれば一瞬にして枯らすことだってできるし、下手な怪我なんかすぐ治るし」
「そうなんですね……」

 それは怖くて試せない……。
 ライアンに害を与えることなんて絶対に嫌だ。
 ってことは、今まで通りにしないといけないってこと?
 私はガッカリする。
 でも、この際、いろいろ聞かないと!

「じゃあ、さっきの魅了について教えてください。どうやってやるんですか?」
「それも教えにくいなぁ。普通にできることじゃないの?強いて言えば、目力?」
「目力?」
「相手の目を見て、自分の思う通りになるように念じる。あーでも、目を合わせなくてもできるしなー。これも練習したら?そこの彼で」
「ライアンをそんな練習台になんてできません!」
「でも、見知らぬ男をじっと見つめてたら、勘違いされるよ?君だったら、ほいほい引っかかるだろうね。それもおもしろいか!」
「エマ……止めとけ」

 ライアンは首を横に振る。

 もー、せっかくいろいろ聞けると思ったのに、どれも使えないなんて……。

「あ、エマ。今使えないって思ったでしょ?失礼だなぁ。じゃあ、君でも試せることを教えてあげるよ」
「えっ、なんですか?」

 思わず、身を乗り出す。

「君、動物に変身できるって知らないでしょ?」
「えぇー!夢魔って動物になれるんですか!」
「俺も初耳だな」

 驚く私達に、ルシードは得意そうに言った。

「そう、あまり知られてないことだからね。夢魔が神出鬼没なのは、そのおかげでもあるんだよ。僕のを見せてあげようか?」
「はい、ぜひ!」

 ニヤッと笑ったルシードは、一瞬にして消えて、そこには小さな鳥がいた。

「ツバメ……?」
「そう、僕が化けられるのはこれなんだよね。どうしてかわからないけど」

 また元の姿に戻って、ルシードは言った。

「小さいし、飛べるから、いろんなところに行けて、便利でいいんだけどね」
「私にもできますか?」

 小さな動物になれれば、ライアンのポケットにでも入って、旅することもできる。
 目が赤くなるとか気にせずに済む。

「できると思うよ。なにか動物を思い浮かべて、変身したいと願ってごらん。例えば、好きな動物とか」
「好きな動物………」

 ボンッ

 私は突然、なにかの布で覆われた。
 え、なに?どうなったの?
 もがいて、布の中から必死で出る。

 そこには、驚いて私を凝視しているライアンとルシード。
 ずいぶん背が高く見える。
 っていうか、私、四つん這いになってる!?

 慌てて立ち上がろうとしたら、こてんと倒れた。
 ジタバタするのをライアンが抱き上げてくれた。

「かわいいけど、でかいな」
「うん、中途半端にでかいね」

 あ、私、なにかの動物になれたの?

「なんの動物になってるんですか?」
「あっ、しゃべった」
「しゃべれるんだな」
「僕も知らなかったよ」
「ねー、なんの動物なんですか?」
「あぁ、悪い。見たことない動物だ。強いて言えばネズミのでかいやつ?」
「かわいいよ」

 ネズミのでかいやつ?
 鏡が見たい。

「ライアン。窓に映してください」
「あぁ、見えるかな?」

 ライアンは私を抱き上げたまま、カーテンを開けて、窓に私を映した。
 ぼんやりと茶色い塊が映る。
 大きな黒い目と大きな鼻。

「カ、カピバラ?」
「かぴばら?」
「なにそれ」
「私の世界の動物ですけど……」

 私は答えながらショックを受けていた。
 よりによって、カピバラ!?
 そりゃあ、かわいくて好きだけど。
 微妙にでかいから、当然ポケットには入れないし、この世界の動物じゃないから目立つし、足も遅そうだし、飛べないし………変身する意味なくない!?

 うなだれてるとライアンが「でも、かわいいぞ?」と慰めてくれた。
「うん、なんだか癒やされるし」とルシードも。

 全然うれしくないです……。

「………どうやったら戻れるんですか?」
「普通に戻れって思えば。でも……」

 私は戻りたいと願った。

 ボンッ

 私はライアンの腕の中で元に戻った。
 全裸で。

「え、なんで、やだ、なんで?」

 私は混乱して、ライアンに抱きついた。
 ライアンも慌てて、上着をかけてくれる。

「エマってエロい身体してるねー。眼福眼福」

 のん気にルシードが言う。

「なんで?ルシードはちゃんと服着てたのに」
「だって、エマ、変身した時、服の中から出てきたでしょ?つまり全裸で変身してたってこと。変身する時に、服も意識しないといけないんだよ」
「早く言ってくださいよ!」
「だって、言いかけたのに君が先に戻っちゃうから」
「うぅ……。もう変身しない!」

 私はライアンの胸に顔をうずめた。


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