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お嬢、大興奮する
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少し考えるような間を置いてフードを取ったその下には天使が隠れていた。天使だ。紛れもなく天上から遣わされたみ使いである。間違いない。
さらさらの白い髪は腰まで伸ばされ、困惑しているのか髪と同じ白く長い睫毛に縁取られたルビーのごとき赤い瞳は頼りなく揺れている。中性的なその顔は愛らしく、少女と言われたら信じてしまいそう。陶器のように真っ白な肌は傷1つなく、紅をさしたかのように赤く色付く薄い唇が扇情的で、ローブから覗く華奢な手首は強く掴まれたら折れてしまいそうだ。
「て……天使……!」
小声で呟くと護衛のオーニュクスから軽く椅子を蹴られた。なんたる不敬。後で覚えてろ。そんな貴族令嬢らしからぬ言葉を笑顔の裏に押し込んでにっこりと振り向き様に睨んだオーニュクスは素知らぬ顔である。
(ハッ!ダメよ!アレクたんに鬼の形相を見られてしまうわ!)
未だ困惑している目の前の彼は間違いなくアレキサンドリートだ。彼見たさに何度もやったテオドールルートに出てきたアレキサンドリートの立ち絵そのままの姿である。
けれど当然ながら目の前の彼はゲームのキャラクターではない、血の通った本物の人間だ。アレキサンドリートの立ち絵はいつも気弱で穏やかな笑みを浮かべているか悲し気な顔をしているかしかなかったけれど、今目の前にいる彼は困惑しながらも決して隙を見せないよう僅かに厳しい眼差しをしている。
「それで、公女様が僕に何の御用でしょうか」
(声めちゃかわ……!!萌え……!!)
高すぎず低すぎず、耳に心地良い声は某有名声優の物だった筈だけれど画面越しではない肉声はこんなにも鼓膜を癒してくれる物なのか。マルガレートは脳内の煩悩が浄化される心地である。いや、浄化されてなるものか。アレクたんを幸せにする為にわたしはここに来たと言っても過言ではないわ、とキリリと表情を引き締めた。
「まず座ってくださらない?落ち着いてお話出来ないわ」
さあ、その麗しいお顔をもっと近くに寄せて頂戴、という邪な思いが溢れ出ている邪悪な笑みにまたオーニュクスから蹴りが入る。本当に嫌な男である。そもそも麗しい男性同士の恋愛を好むマルガレートと、麗しい女性同士の恋愛を好むオーニュクスとは思想の違いから衝突する仲なのだ。しかしながら彼ほど頼りになる護衛もいない為お互い仕方なしに一緒にいるのだが。
足元のやり取りに気付いているのかわからないけれど、未だ困惑した愛らしい顔のままアレキサンドリートが椅子に座った。
(ああ!でもこんな固い椅子に座らせてしまったらアレクたんの可愛いお尻が痛くなってしまうわ!!どうしましょう!)
どうもこうもない。余計なお世話である。
「公女様が何故僕をお捜しなんですか?」
「それをお話しする前に何点か伺いたい事があるの。アレキサンドリート様は、スマホはご存じ?」
「すまほ……?」
(んあああああ!!!!萌え!!!言い方!!可愛い!!!!!)
ん、まで声が出てしまったけれど、咳払いで誤魔化してニコリと微笑む。
「では、電車や車は聞いた事があるかしら?」
「……ないですが、一体それが僕と何の関係が?」
(うふふふふ困ってるわ眉毛が困った感じに下がってるわさっきまでの困惑しながらもキリっとした顔も愛らしかったけどこの困った顔の何て愛らしい事天使よまさしく天使だわ神の作った芸術よ!)
妙な間が出来て益々困惑しているらしいアレキサンドリートの顔を舐め回すように見つめているけれど、傍目には穏やかに微笑んでいるだけに見えるのがマルガレートの特技である。
「ならもう1つ、貴方にとって愉快ではない事を伺うわ」
「愉快ではない……?」
「もし何も心当たりがないのであれば、私の事を頭のおかしい者だと思ってこのお話は忘れてくださって結構よ。……貴方は一度、死んだのではないかしら?」
ひゅ、と息を飲んだのが答えだ。
(やっぱり!死に戻り系ね!!)
アレキサンドリートが突然先見の能力に目覚めたのでなければ、前世の世界が同じならば反応して然るべき名称に反応しなかった事から一度死んで過去に戻った、というのが有力だろうと思っていた。
「貴方の死因は……処刑、で間違いなくて?そして一度死んだ貴方は過去に戻った――」
「ど、して、それを……」
ただでさえ大きな瞳を零れ落ちそうな程見開いて、その瞳の赤の中に僅かに緑が混じる。感情の昂ぶりに合わせて変化する色変わりの宝石眼はそれだけでも価値がある珍しいものなのに、この美しい瞳を気持ち悪いと蔑んだテオドールを脳内で3回撲殺しておいてそっとテーブルの上で震えるアレキサンドリートの手に自分の手の平を重ねた。
(やだ、すべすべ!!)
さりげなく撫でまわしながらアレキサンドリートへと微笑みかける。
「私は未来を知っているわ。貴方が処刑され、シルヴェスター皇国は6大精霊王に攻められ滅亡を迎える――そんな未来」
「でも僕はもう貴族でもテオドールの婚約者でもない、ただの平民だ!そんな未来は……!」
思わず、と言った悲鳴のような叫びを聞きながらマルガレートは静かに首を振る。
「そんな未来は来ない、とおっしゃる?私の予想は違うわ。世界の強制力は必ず貴方を表舞台へと引きずり出す」
そう。ここが聖なる乙女と精霊の国という乙女ゲームの世界である以上、その死が重要な意味を持つアレキサンドリートが物語の強制力に巻き込まれるのは必然なのである。
さらさらの白い髪は腰まで伸ばされ、困惑しているのか髪と同じ白く長い睫毛に縁取られたルビーのごとき赤い瞳は頼りなく揺れている。中性的なその顔は愛らしく、少女と言われたら信じてしまいそう。陶器のように真っ白な肌は傷1つなく、紅をさしたかのように赤く色付く薄い唇が扇情的で、ローブから覗く華奢な手首は強く掴まれたら折れてしまいそうだ。
「て……天使……!」
小声で呟くと護衛のオーニュクスから軽く椅子を蹴られた。なんたる不敬。後で覚えてろ。そんな貴族令嬢らしからぬ言葉を笑顔の裏に押し込んでにっこりと振り向き様に睨んだオーニュクスは素知らぬ顔である。
(ハッ!ダメよ!アレクたんに鬼の形相を見られてしまうわ!)
未だ困惑している目の前の彼は間違いなくアレキサンドリートだ。彼見たさに何度もやったテオドールルートに出てきたアレキサンドリートの立ち絵そのままの姿である。
けれど当然ながら目の前の彼はゲームのキャラクターではない、血の通った本物の人間だ。アレキサンドリートの立ち絵はいつも気弱で穏やかな笑みを浮かべているか悲し気な顔をしているかしかなかったけれど、今目の前にいる彼は困惑しながらも決して隙を見せないよう僅かに厳しい眼差しをしている。
「それで、公女様が僕に何の御用でしょうか」
(声めちゃかわ……!!萌え……!!)
高すぎず低すぎず、耳に心地良い声は某有名声優の物だった筈だけれど画面越しではない肉声はこんなにも鼓膜を癒してくれる物なのか。マルガレートは脳内の煩悩が浄化される心地である。いや、浄化されてなるものか。アレクたんを幸せにする為にわたしはここに来たと言っても過言ではないわ、とキリリと表情を引き締めた。
「まず座ってくださらない?落ち着いてお話出来ないわ」
さあ、その麗しいお顔をもっと近くに寄せて頂戴、という邪な思いが溢れ出ている邪悪な笑みにまたオーニュクスから蹴りが入る。本当に嫌な男である。そもそも麗しい男性同士の恋愛を好むマルガレートと、麗しい女性同士の恋愛を好むオーニュクスとは思想の違いから衝突する仲なのだ。しかしながら彼ほど頼りになる護衛もいない為お互い仕方なしに一緒にいるのだが。
足元のやり取りに気付いているのかわからないけれど、未だ困惑した愛らしい顔のままアレキサンドリートが椅子に座った。
(ああ!でもこんな固い椅子に座らせてしまったらアレクたんの可愛いお尻が痛くなってしまうわ!!どうしましょう!)
どうもこうもない。余計なお世話である。
「公女様が何故僕をお捜しなんですか?」
「それをお話しする前に何点か伺いたい事があるの。アレキサンドリート様は、スマホはご存じ?」
「すまほ……?」
(んあああああ!!!!萌え!!!言い方!!可愛い!!!!!)
ん、まで声が出てしまったけれど、咳払いで誤魔化してニコリと微笑む。
「では、電車や車は聞いた事があるかしら?」
「……ないですが、一体それが僕と何の関係が?」
(うふふふふ困ってるわ眉毛が困った感じに下がってるわさっきまでの困惑しながらもキリっとした顔も愛らしかったけどこの困った顔の何て愛らしい事天使よまさしく天使だわ神の作った芸術よ!)
妙な間が出来て益々困惑しているらしいアレキサンドリートの顔を舐め回すように見つめているけれど、傍目には穏やかに微笑んでいるだけに見えるのがマルガレートの特技である。
「ならもう1つ、貴方にとって愉快ではない事を伺うわ」
「愉快ではない……?」
「もし何も心当たりがないのであれば、私の事を頭のおかしい者だと思ってこのお話は忘れてくださって結構よ。……貴方は一度、死んだのではないかしら?」
ひゅ、と息を飲んだのが答えだ。
(やっぱり!死に戻り系ね!!)
アレキサンドリートが突然先見の能力に目覚めたのでなければ、前世の世界が同じならば反応して然るべき名称に反応しなかった事から一度死んで過去に戻った、というのが有力だろうと思っていた。
「貴方の死因は……処刑、で間違いなくて?そして一度死んだ貴方は過去に戻った――」
「ど、して、それを……」
ただでさえ大きな瞳を零れ落ちそうな程見開いて、その瞳の赤の中に僅かに緑が混じる。感情の昂ぶりに合わせて変化する色変わりの宝石眼はそれだけでも価値がある珍しいものなのに、この美しい瞳を気持ち悪いと蔑んだテオドールを脳内で3回撲殺しておいてそっとテーブルの上で震えるアレキサンドリートの手に自分の手の平を重ねた。
(やだ、すべすべ!!)
さりげなく撫でまわしながらアレキサンドリートへと微笑みかける。
「私は未来を知っているわ。貴方が処刑され、シルヴェスター皇国は6大精霊王に攻められ滅亡を迎える――そんな未来」
「でも僕はもう貴族でもテオドールの婚約者でもない、ただの平民だ!そんな未来は……!」
思わず、と言った悲鳴のような叫びを聞きながらマルガレートは静かに首を振る。
「そんな未来は来ない、とおっしゃる?私の予想は違うわ。世界の強制力は必ず貴方を表舞台へと引きずり出す」
そう。ここが聖なる乙女と精霊の国という乙女ゲームの世界である以上、その死が重要な意味を持つアレキサンドリートが物語の強制力に巻き込まれるのは必然なのである。
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