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冒険しましょう
3人の王子と1人の王女
しおりを挟む大広間の奥、一段高くなった場所に据えられた、玉座。
その豪華な設えの椅子にだらしなく座り、片手に持った酒瓶を呷って、不機嫌な様子を隠しもせずにユージーン王子、いやユージーントゥーロン王国国王代理は目の前に立つ宰相を睨んでいた。
「なんで、俺様がヴィクトールの奴等の葬儀を、行わなければならないんだっ!」
ガチャンと空になった酒瓶を投げて割る。
宰相は、身動きもせずにその場に立ち、冷ややかな目でユージーンを見つめていた。
「国王陛下が病床にある今、国葬を執り行うのに相応しい身分の方が、ユージーン殿下しかいないからですよ」
「はぁ?俺様が殺した奴等の葬儀を俺様が行うなんて、そんな面倒なこと誰がするかっ!適当にお前が名代でやればいいだろうが!あー、ジジイでもいいぜ」
ユージーンが呼ぶジジイとは、ザンマルタン侯爵のことだ。
「失礼ながら、公爵家の血筋の殿下たちの葬儀を侯爵が仕切るのは、分不相応でしょう。なんだったら陛下の病気が快癒したことにして、陛下に執り行ってもらいますか?」
「ばあぁぁっか!オヤジが元気になったことにしたら、俺様がただの王子に戻っちまう。いいか、俺様は国王代理!この国で今、一番偉いんだよっ!」
ユージーンの子供のような言い分に、頭に僅かな痛みを感じて宰相は眉をひそめる。
「国葬が遅れれば喪中期間も長くなり、ユージーン殿下の戴冠が遅れますが?」
「ちっ!」
国王陛下は流行り病に罹り病床に沈み、王太子位を期待されていたヴィクトール第1王子と民の人気が高かった美しいリリアーヌ第2王女、まだ幼く可愛らしかったフランソワ第3王子の国葬だ。
ここにジェルメーヌ第1妃とジラール公爵、ノアイユ公爵も加わる。
時間が経てば、エルフに討たれた傷で意識が戻らないアデライド第2妃とジュリエット第3王女までが名前を連ねるかもしれない。
民の間では、元々人気の無かった王族でもさらに評判の悪いユージーン第2王子とエロイーズ第1王女とその母のベアトリス第3妃しか残っていないことに、不満があちらこちらから湧いている。
もしかしたら、亜人奴隷解放運動家たちの扇動かもしれないが。
この頭の悪いザンマルタン侯爵派どもは、手当たり次第に政敵を排除したために、まともに政治を行える人材がこの国にあまり残されていないことにも気づかない。
宰相としてもともと過労気味だったのに、さらに執務が増えたにもかかわらず、この馬鹿どもの面倒も見なければならない。
「分かった。国葬をしろよ。でも俺様は準備とかはやらねぇぞ。当日、教会に行って悲しそうな顔だけはしてやるよ。あとは、任せた」
言いたいことだけ言い放つとユージーンは玉座から立ち上がり、足早に大広間を出て行く。
このまま執務などを行わずに、自宮に戻り女たちと悪友と酒を飲んで騒ぐのだ。
「はあーっ。あの方を早く見つけなければ・・・」
あの殺戮が行われたパーティーには参加していなかった宰相。
ザンマルタン侯爵の命で、王都を離れていたのだ。
王宮に戻ってきた自分が知ったときには、最悪の形で全てが終わっていた。
「いや、陛下が殺されなかっただけ、まだ・・・」
陛下が生きているから、まだユージーンが戴冠するまでの時間稼ぎができる。
あの愚かな男が戴冠し玉座に就く前に、残された王族を探し出さなければならない。
忘れられていた王女を。
「クシー子爵の話では、ヴィクトール殿下の招待でパーティーに参加していたというが・・・」
しかし、遺体は見つからなかったし、住んでいた離宮は無人だった。
しかも、ベッドや調理器具、皿や日用品が根こそぎ無くなっており、水道の蛇口まで外されていた。
「王女は生きている。どうやってかは分からんが、あの惨状から逃げ出し、城を出ている。もう、国も脱出したかもしれん」
宰相はクッと唇を噛むと、パチンと指を鳴らした。
ふっと、後ろに人の気配。
「・・・例の少女だが、国外にも捜索の手を広げよ。風体も変わっていると思え。少女の他に男が4人と少女が1人。種族も無視してこの情報だけで捜索しろ」
パチンと再び指を鳴らすと、後ろにあった人の気配が煙のように消えた。
宰相も静かに歩き出し、仕事の詰まった自分の執務室へと向かう。
窓の外には、薔薇園が広がっている。
母親の趣味で作った庭の一角にそれはある。
彼女も随分と気に入っていた庭だ。
「・・・リリアーヌ」
まさか、正式に婚約を結び数年後にはここで一緒に人生を歩むはずだった女性が、ありもしない流行り病で死んでしまうなんて・・・。
ミュールズ国第2王子、アベルは深い溜息を吐き、憂いに沈む顔を窓の外に向け続ける。
「アデル。父上の許しは待っていても出ないぞ。このままだとトゥーロン王国を訪れる前に国内の女性と婚約させられるな」
「兄上・・・。リリアーヌの喪に服することも許されないのですか?」
「お前たちはまだ正式に婚約を結んでいなかったろう?」
アデルは恨めし気な目を後ろのソファセットで優雅に寛ぎ、紅茶を楽しんでいる兄のミュールズ国王太子ミシェルに向ける。
弟の打ちひしがれた姿を楽しそうに見やる兄に、ぐっと鼻にシワを寄せると、兄の対面にやや乱暴な動作で座る。
「リリアーヌの姿を最後にひと目会いたいだけなんですけどね。他の女性なんて今は考えられませんよ。兄上は私の味方をしてくれないんですか?」
「私は可愛い弟の味方だよ。ただ、トゥーロン王国に行ったとしてもザンマルタン侯爵のうっとおしい接待を受けるだけだよ?それよりも、身分を隠して市井の者から話を聞くほうが真実に近いと思うけどね」
「身分を隠して?」
兄王子のミシェルはニヤリと笑い、弟の耳に口を寄せてこそこそと悪巧みを吹き込んでいく。
アデルの顔は訝し気な面持ちから、徐々に驚きから決意を秘めた男の顔へと変貌していた。
その数日後。
ミュールズ国第2王子アデルは、婚約間近のトゥーロン王国リリアーヌ王女の死のショックを癒すため、直轄地でもある海辺の街へと旅立って行った。
その後、アデル王子とよく似た男が冒険者の形をして、トゥーロン王国の王都で見かけるようになる。
トゥーロン王国を追われたヴィクトール王子。
トゥーロン王国を手中に収めたと浮かれるユージーン王子。
愛した女性の死の真実を探し求めるミュールズ国のアデル王子。
そして、国を捨て新しい家族と新しい生活を始めているシルヴィー王女。
この4人が交わることが意味することを、まだ誰も知らない。
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第14回ファンタジー小説大賞にて、「すくすく人生やり直し賞」を受賞することができました。
応援してくださる皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!
これからも、頑張って更新していきますので、よろしくお願いいたします。
応援ありがとうございます!
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