王妃となったアンゼリカ

わらびもち

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謁見②

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「それに、陛下は何故ビット男爵令嬢を野放しにしておくのですか? あの方が原因でエドワード殿下の株が下がっているというのに、放置しておく意味が分かりません」

「あ、い、いや……それは……その……」

 痛い所を突かれた王は額に汗を流して口籠る。
 息子には好きな人と結ばれてほしい、などというくだらない本心を告げれば間違いなく軽蔑されてしまう。

「エドワード殿下を世継ぎとしたいのでしたら、まずビット男爵令嬢を引き離してください。それから殿下に財政学と一般常識を履修させるようをお願いいたします」

 有無を言わさぬアンゼリカの態度に気圧され国王は力なく「う、うむ……」と返した。

 おかしい。息子を馬鹿にされて怒っていたはずなのに、今は何故か震えが止まらない。
 自分の息子よりも年下の、しかも女を怖いと思ったことはこれが初めてだ。
 父親のグリフォン公爵と同等かそれ以上の怖れを感じ、国王は青い顔でアンゼリカに目を向ける。

「陛下はエドワード殿下に跡を継いでほしいと望むのですね?」

「あ、ああ……そうだ。余は血を分けた息子に玉座を渡したい……」

 アンゼリカは息子に何が何でも跡を継がせたいと願う国王の気持ちが理解できなかった。父であるグリフォン公爵は自分の血を分けた子であろうと能力がないのなら迷いなく切り捨てる。アンゼリカだって父の立場になれば同じことをする。

 国を統べる王に相応しい能力がない人間を息子というだけで玉座に座らせたいなんて、アンゼリカにとっては世迷言でしかない。

「さようでございます……。陛下の望みであれば臣下として応えねばなりませんね」

 ぞくりとするほど妖艶な笑みを浮かべたアンゼリカに国王は小さく「ひっ!」という声を漏らす。
 十数年生きただけの小娘がどうしてここまで凄みのある表情を造れるのかと心の底から恐ろしくなった。


「では、先ほどの再教育に加えてビット男爵令嬢へ“王太子殿下への接近禁止”を言い渡してください」

「接近禁止……!? いや、それはやり過ぎでは……」

「何処がやり過ぎなのでしょうか? 口で言っても分からぬ相手だからこその処置なのですよ。陛下はエドワード殿下を玉座に座らせたいのでしょう? でしたら、婚約者でもない女の尻を追うことを止めさせねば。みっともない恥知らずな真似を人の目に触れさせてはなりません」

「は? みっともない……?」

「ええ、みっともないです。所構わず発情して、人の目がある場所でも構わず女の体にベタベタ触れるなど気持ち悪い。逆の立場で考えてみてください。わたくしが婚約者以外の殿方に人目もはばからずしなだれかかっていたら、どう思われます?」

「それは……はしたないな……」

「そうでしょう? そういうことです。今後は一切エドワード殿下とビット男爵令嬢が接触せぬよう気を付けてください。万が一にでも接触している場面を再びわたくしが目撃した場合、予めご了承を。それは殿下にもお伝えくださいね」

 有無を言わさぬ態度に圧倒された国王は力なく頷き承諾の意を示した。
 それを確認したアンゼリカは、用件はこれで済んだとばかりにその場から退出する旨を告げる。

「それではそのようにお願い致します。では、御前失礼」

 アンゼリカが謁見の間から退出した後、国王は体中にどっと冷や汗が流れた。
 あの思わず従ってしまう圧力は何なのだろうか。
 そう考えているところに宰相が声をかける。

「陛下、すぐにビット男爵令嬢の登城禁止お呼びに王太子殿下への接近禁止命令をお出しください。それと王太子殿下への教育はこちらで手配させていただいてよろしいでしょうか?」

「あ、ああ……そうだな」

 額に流れる汗をハンカチで拭い、国王は深く息を吐いた。
 たかが小娘と侮っていた令嬢の底知れぬ圧力に、未だ震えが止まらない。

「宰相……、アンゼリカ嬢の望むようにすればエドワードは王太子のままでいられるだろうか?」

 傲慢なように聞こえるがアンゼリカの発言は全て正論だ。
 あんな小娘の言いなりになるのは悔しいが、国王はそうでもしないと息子が王位につくことは難しいと嫌でも理解した。

「ええ、陛下。アンゼリカ様がお味方であるならば、エドワード殿下は憂いなく王位につけるでしょう。……ですが、敵に回ればそれは難しい……いえ、不可能になるかと」

 アンゼリカが見限ればエドワードは王太子の椅子から降ろされる。
 ただの貴族令嬢にそんな力はないと侮るのは悪手だ。
 アンゼリカならばそれも可能だと、何の根拠もないがそう思わざるを得ない。
 
「そうだな……。つくづくとんでもない令嬢を倅の婚約者にしてしまった……」

 大人しそうな見た目をしているのに中身はとんでもない覇王だった。
 覇気といい風格といい、頂点に君臨するのはこういう人物なのだと嫌でも感じざるを得ない。

「いえ、アンゼリカ様こそ王妃となるに相応しい御方ですよ」

 国王から見ればアンゼリカは不敬を恐れない不遜な令嬢なのだろうが、臣下にとってはこの上なく頼もしい女傑に映る。

 責任感がなく私欲に溺れるエドワードが王になればこの国はどうなるかと憂いていたが、アンゼリカならばその手綱を握れる。

 握るどころか支配しそうだが、それはそれで構わなかった。
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