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ある女の後悔②
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「噂の出所は解雇したお前の元専属侍女だ……。お前……あの侍女の紹介状を破り捨てたそうだな? しかも頬を何度も平手打ちしたと……」
「え、あ……そ、それは……」
ファニイは自分が粗相をしても呑気に見ていただけの侍女に苛立ち、その日のうちに解雇を言い渡した。その際に侍女へと渡された紹介状も破り捨て、再就職が出来ないようにしてやり、苛立ちをぶつけるように何度も頬を打った。
侍女は何も悪くない。完全な八つ当たりなのだが、そうでもしないとファニイの気が済まなかったのだ。
「だ、だって……、あの子が鈍くさいせいで私が恥をかいたのよ? 主人に恥をかかせるなんて侍女失格だし……」
「……言い訳などいい。そんな事をすれば恨まれると思わなかったのか? お前の醜態という秘密を知る者のそんな仕打ちをすれば、仕返しされて当然じゃないか……! どうしてお前はそうやって詰めが甘いんだ!」
「あ……あ、だって……、だって……」
あの時はそうでもしないと気が治まらなかったから。
本当ならあの女(アンゼリカ)にそうしてやりたかったが、出来るわけもないので自分より弱い相手に怒りをぶつけてやった。
ただそれだけなのに……こんな目に遭うの?
なんで? 私が間違っていたの……?
「お前とケビンとの婚約も解消となる。醜聞に塗れたお前を嫁に貰いたいと思うわけもないし、ケビンもケビンで家から追い出されるそうだからな」
「え? ケビンが家から追い出される……? 何それ!? どういうこと?」
ファニイはケビンとの婚約解消よりも、彼が家から追い出されるということの方が気になった。貴族が家から追い出されるなどよっぽどのことだ、何をすればそうなるのかと。
「ケビンは王宮でグリフォン公爵令嬢に危害を加えようとしたらしい……。それに激高した騎士団長殿が罰としてケビンを内戦続きの砦に送ると決めたそうだ」
「は……? グリフォン公爵令嬢に危害を? それに砦に行くって……」
どちらも衝撃的な情報で頭が処理しきれない。
ファニイの知っているケビンは女性に暴力を振るうような人間ではなかったはずなのに……。それに砦って……。
「正直……そんな男にお前を嫁がせなくてすむのはよかったと思っている。変な女に引っかかってお前を蔑ろにしている辺りから思うところはあったが、令嬢に暴力を振るうような屑だったとは……。おまけに内戦続きの砦に向かうようではお前がいくら嫌がろうとも婚約は続けられん……」
「………………」
この話を聞く前のファニイならば「婚約を解消するなんて嫌!」と泣いて拒否したことだろう。だが、女性に暴力を振るおうとしたと聞いてケビンへの気持ちが冷めつつあった。
(え? え……? ケビンって女に暴力を振るうような奴だったの!? 騎士道精神はどうしたのよ……)
ファニイは騎士を目指すケビンが好きだった。弱い者には決して手を出さないとおう彼の高潔さに惚れぬいていた。
だが、その前提が崩れてしまい、不思議と気持ちが冷めていった。
他の女に現を抜かしても好きだったのに……。
それからファニイは以前と打って変わり抜け殻のように過ごした。
自分の醜態が知られてしまっているので外には出られない。
あれだけ好きだったケビンへの気持ちも、もうない。
カーテンを閉め切った部屋で考えるのは、自分が如何に愚かだったかということ。
(思い返せば、私は馬鹿なことばかりしていたわ……。他人を貶めて、見下して、仕えてくれた侍女に八つ当たりで暴力まで振るって……。こうなったのは自業自得ね……)
ミラージュに濡れ衣を着せなければ……。
いや、そもそもあの男爵令嬢に嫌がらせをしなければ……。
あの恐ろしいグリフォン公爵令嬢に近づかなければ……。
侍女をクビにして暴力を振るわなければ……。
後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。とにかくもう、自分を知らない人のいる場所へ逃げたかった。あれほど嫌がっていた修道院に早く行きたくて仕方なかった。
ふと、パメラはどうしているだろうかと手紙を出してみたが、返って来たのは『当家にそんな名の娘はいません』という当主からの返事のみ。それから察するにパメラは家族に見限られたのだろうということ。
数年ぶりにケビンが邸を訪れたが何の感情も湧かなかった。
あれほど好きだったのに、女は一度気持ちが冷めると再燃焼はしないのだと実感する。それどころか、砦に行きたくない為だけに薄っぺらな愛を囁くケビンに嫌悪感を覚えた。
部屋の扉を開けたら彼は既成事実を作るために襲い掛かってくる、と不思議とそれが分かった。強行突破されたらどうしようと怖かった。ケビンが平気で女性に暴力を振るうと分かった今、二度と会いたくないという気持ちしかない。
ようやく隣国の修道院へと行けた時は全てから解放された気分だった。
ここでは誰も自分を知らない。過去に犯した愚行を知る人もいない。
令嬢だった頃とは違い身の回り全てを自分でやらなければならない生活は大変だけど、心はとても落ち着いていた。
あの日、ミラージュがこの国の王太子妃になるという噂を聞くまでは……。
「え、あ……そ、それは……」
ファニイは自分が粗相をしても呑気に見ていただけの侍女に苛立ち、その日のうちに解雇を言い渡した。その際に侍女へと渡された紹介状も破り捨て、再就職が出来ないようにしてやり、苛立ちをぶつけるように何度も頬を打った。
侍女は何も悪くない。完全な八つ当たりなのだが、そうでもしないとファニイの気が済まなかったのだ。
「だ、だって……、あの子が鈍くさいせいで私が恥をかいたのよ? 主人に恥をかかせるなんて侍女失格だし……」
「……言い訳などいい。そんな事をすれば恨まれると思わなかったのか? お前の醜態という秘密を知る者のそんな仕打ちをすれば、仕返しされて当然じゃないか……! どうしてお前はそうやって詰めが甘いんだ!」
「あ……あ、だって……、だって……」
あの時はそうでもしないと気が治まらなかったから。
本当ならあの女(アンゼリカ)にそうしてやりたかったが、出来るわけもないので自分より弱い相手に怒りをぶつけてやった。
ただそれだけなのに……こんな目に遭うの?
なんで? 私が間違っていたの……?
「お前とケビンとの婚約も解消となる。醜聞に塗れたお前を嫁に貰いたいと思うわけもないし、ケビンもケビンで家から追い出されるそうだからな」
「え? ケビンが家から追い出される……? 何それ!? どういうこと?」
ファニイはケビンとの婚約解消よりも、彼が家から追い出されるということの方が気になった。貴族が家から追い出されるなどよっぽどのことだ、何をすればそうなるのかと。
「ケビンは王宮でグリフォン公爵令嬢に危害を加えようとしたらしい……。それに激高した騎士団長殿が罰としてケビンを内戦続きの砦に送ると決めたそうだ」
「は……? グリフォン公爵令嬢に危害を? それに砦に行くって……」
どちらも衝撃的な情報で頭が処理しきれない。
ファニイの知っているケビンは女性に暴力を振るうような人間ではなかったはずなのに……。それに砦って……。
「正直……そんな男にお前を嫁がせなくてすむのはよかったと思っている。変な女に引っかかってお前を蔑ろにしている辺りから思うところはあったが、令嬢に暴力を振るうような屑だったとは……。おまけに内戦続きの砦に向かうようではお前がいくら嫌がろうとも婚約は続けられん……」
「………………」
この話を聞く前のファニイならば「婚約を解消するなんて嫌!」と泣いて拒否したことだろう。だが、女性に暴力を振るおうとしたと聞いてケビンへの気持ちが冷めつつあった。
(え? え……? ケビンって女に暴力を振るうような奴だったの!? 騎士道精神はどうしたのよ……)
ファニイは騎士を目指すケビンが好きだった。弱い者には決して手を出さないとおう彼の高潔さに惚れぬいていた。
だが、その前提が崩れてしまい、不思議と気持ちが冷めていった。
他の女に現を抜かしても好きだったのに……。
それからファニイは以前と打って変わり抜け殻のように過ごした。
自分の醜態が知られてしまっているので外には出られない。
あれだけ好きだったケビンへの気持ちも、もうない。
カーテンを閉め切った部屋で考えるのは、自分が如何に愚かだったかということ。
(思い返せば、私は馬鹿なことばかりしていたわ……。他人を貶めて、見下して、仕えてくれた侍女に八つ当たりで暴力まで振るって……。こうなったのは自業自得ね……)
ミラージュに濡れ衣を着せなければ……。
いや、そもそもあの男爵令嬢に嫌がらせをしなければ……。
あの恐ろしいグリフォン公爵令嬢に近づかなければ……。
侍女をクビにして暴力を振るわなければ……。
後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。とにかくもう、自分を知らない人のいる場所へ逃げたかった。あれほど嫌がっていた修道院に早く行きたくて仕方なかった。
ふと、パメラはどうしているだろうかと手紙を出してみたが、返って来たのは『当家にそんな名の娘はいません』という当主からの返事のみ。それから察するにパメラは家族に見限られたのだろうということ。
数年ぶりにケビンが邸を訪れたが何の感情も湧かなかった。
あれほど好きだったのに、女は一度気持ちが冷めると再燃焼はしないのだと実感する。それどころか、砦に行きたくない為だけに薄っぺらな愛を囁くケビンに嫌悪感を覚えた。
部屋の扉を開けたら彼は既成事実を作るために襲い掛かってくる、と不思議とそれが分かった。強行突破されたらどうしようと怖かった。ケビンが平気で女性に暴力を振るうと分かった今、二度と会いたくないという気持ちしかない。
ようやく隣国の修道院へと行けた時は全てから解放された気分だった。
ここでは誰も自分を知らない。過去に犯した愚行を知る人もいない。
令嬢だった頃とは違い身の回り全てを自分でやらなければならない生活は大変だけど、心はとても落ち着いていた。
あの日、ミラージュがこの国の王太子妃になるという噂を聞くまでは……。
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