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第四章 公爵夫妻、欺く。

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※ほぼリーンハルト視点
 
 
 「ちょっ、ちょっと!まさか、母上はエミーリアにそれを言っちゃったの?!酷いよ、彼女が気にするじゃないか!」
 
 テーブルに身を乗り出して抗議する僕に、タオルを投げつけてきた母は、しれっとして言う。
 
 「悪意ある他人から聞くよりマシだと思って。そろそろ、周囲が煩くなってきたでしょう?」
 「何を言ってるの?こういうことは順序ってものがあるでしょ。こないだ子供の話をしたところなのに、今言う必要がどこにあったんです?」
 「あら、私が言わなくても、絶対に他の誰かが近いうちに彼女に教えたわよ。大勢の前でとり乱すよりいいでしょ。」
 
 自分と周囲をタオルで拭きながら、母を睨む。
 
 「やっぱりエミーリアはショックを受けたんですね?僕が側にいれば、そんな思いをさせずに済んだのに。」
 「あら、すごい自信ね。」
 「当たり前でしょう。他の誰でもない、僕が君だけと伝えないと彼女は安心できませんよ。」
 「はいはい、悪かったわ。後で貴方が慰めて安心させてあげて。ああそうだ、今夜泊まっていきなさいよ。」
 
 僕は母を黙って見つめる。
 ここへ泊まる?なんでまた。
 
 その表情を読んだ母は、ころころ笑って続けた。
 
 「二人とも明日の夜会に出るのでしょう?だったらこのまま、ここにいればいいじゃない。早朝の庭の散策もなかなか良いものよ?」
 
 なるほど。必要な物は屋敷から持ってきてもらえばいいし、彼女も馬車で移動するよりこのまま休むほうがいいだろう。
 
 「では、お言葉に甘えて、今日はこちらに泊まらせてもらいます。」
 「ぜひ、そうなさい。晩餐も一緒にとるわよね?誰か変更を厨房へ伝えてきて。そうそう、リーン。エミーリアの侍女はどうしたの?今日は誰も連れてこなかったじゃない。」
 「ああ、ミアは先日妻を助けてくれた礼に長期休暇中です。遠方の領地のシュプレーへ両親に会いに行っていますよ。」
 「では、明日の夜会の支度はどうするの?ロッテ一人では大変じゃない。数人派遣しましょうか?」
 「お気遣いありがとうございます。ですが、今回は義姉上がエミーリアのドレスを作ってくれたので、全てあちらでしてくれるそうですから。」
 「あら、そうなの?アルベルタがねえ。じゃあ、次の夜会のドレスは私が・・・」
 「いえ、次は僕がやりますから。」
 「リーンのケチ。」
 「母上は常に主役なのですから、ご自分のことに集中してください。」

 にっこり笑顔で丁重に断る。
 母の趣味は可愛い系なので、エミーリアに似合わない。
 
 「それにしても、公爵夫人が侍女を連れていないのは良くないわ。使用人が少なくて遣り繰りができないというなら、臨時ででも雇いなさい。」
 
 まあ、その通りなんだけど、人質未遂事件が解決するまで、見知らぬ他人を彼女の周囲に置きたくはない。
 でも、エミーリアに不便な思いをさせるのも良くないな・・・身元の確かな母の侍女を借りるか?
 いや、うん。
 
 「そうですね。アテはあるので近いうちに雇います。」
 「なるべく早くしなさいよ。」
 「はい。ところで母上、僕達は今夜どこの部屋を使えばいいですか?エミーリアを寝かせてきたいのですが。」
 「確か、貴方の使っていた部屋が、そのままにしてあるわ。」
 
 母が侍女をちらりと見て頷いた。
 あの部屋ね。じゃあ、直ぐそこだ。
 それならエミーリアをあまり人目につかずに運べる。ありがたい。
 
 僕は了解と頷き、抱きあげるために彼女の背中に手を添えた。
 その気配に彼女が目を開け、ぼんやりとした顔でこちらを見た。
 
 「りーん?」
 「エミィ、ゆっくり休める所に連れて行くから僕に掴まって。」
 「んー、りーん、だっ・・・」
 
 彼女がふにゃっと笑って、こちらへ手を伸ばしてくる。
 抱っこして、と言い終わらないうちに素早く抱き上げ、顔を僕の胸に押し付けた。
 そして、彼女はまた眠りに落ちた。
 
 母の前じゃなきゃ、存分に甘えてもらってキスするのに。
 
 僕は我慢して、母へ向き直り、にっこり笑って暇を告げ足早に部屋を立ち去った。

 ■■
 
 
 「・・・あらやだ。見た?リーンってば、エミーリアにはあんな甘い蕩けきった顔をするのねえ。」
 
 居並ぶ侍女達が一斉に頷いた。
 王妃は閉じた扇を口元にあてて、にやにやしている。
 
 「それに私達の前で、頑なに彼女にお酒を飲ませなかった理由も判ったわ。彼女、酔うとあんな風に甘えるのね。それは見せたくないでしょうよ、あの独占欲の塊なら。」
 
 再度頷く侍女達と目線を交わし、面白いものを見たわ、と呟いた。
 
 
 ■■
 ※エミーリア視点
 
 
 朝もやの残る城の庭園を、リーンに手を引かれて歩いている。
 
 どうしてこんなことに・・・。
 
 澄んだ空気の中にいるというのに、私の周りはどんよりとしていた。
 見かねた彼が、明るい調子で話かけてきた。
 
 「早朝に外を歩くって気持ちいいね。今度、うちでもやろうか。」
 「そうね。私は朝に走るといいながら、全く実行出来てないものね。」
 「いや、それは僕が悪いんだけど・・・。」
 
 藪蛇だった、という顔で首を竦めた彼をきっと睨む。
 
 私は昨夜から機嫌が悪い。
 
 チョコで酔った後に、私が義母の前で何をしでかしたか、彼が教えてくれないからだ。
 
 昨日の夕方に飛び起きて、義母に迷惑を掛けたことを謝った。
 自分が何をやらかしたかわからぬままに、相手に謝罪をするというのは難しかった。
 
 その際、義母からも無理やり酒入りチョコを食べさせたことを謝罪されたけれど、その間、彼女は笑いを抑えきれないという表情を浮かべていた。
 あれは、絶対に酔った私が何かやらかしたとしか思えない。
 
 ほら、酔うと人格が変わる人もいるらしいじゃない?
 暴力を振るうとか、泣いて愚痴るとか、笑い続けるとか。
 リーンは寝てただけだと言うけれど、それであんなにニヤニヤされるわけがない。
 きっと、とんでもなく、変なことをしてしまったんだ。
 
 それが気になって仕方なく、私は彼に正直に話してくれるよう頼んだのに、教えてもらえなかった。
 誰が、寝てただけなんて信じるのか。絶対に私は義母の前で何かやっちゃってる。
 
 
 リーンが大きな花壇の横で立ち止まる。季節的に花は咲いていない。その寒々しい感じが、今の私達にぴったりだと思った。
 
 「エミィ、いい加減に機嫌を直してよ。本当に君は寝てただけだし、母は多分違うことで面白がってただけ。そんなに僕が信じられない?僕は君に嘘はつかないって約束したよね?」
 
 機嫌の悪さ全開の私と一緒にいることが耐えられなくなったらしい彼は、正面に回り込んで悲しそうな声で訴えてきた。
 
 私だって彼を信じていないわけじゃない。
 でも、嘘を言わない代わりに、隠していることが多いんじゃないかと最近思う。
 
 それに、私はこの落ち着かない、たまらなく苛つく気持ちをどう処理していいか、既に分からなくなっていた。
 
 だから、そのまま口に出してしまう。
 
 「リーンは、嘘はついてないかもしれないけど、私に隠していることがいっぱいあるんじゃない?」
 
 彼の目が大きく見開かれた。
 その傷ついた表情に罪悪感を覚えつつも、私は続けて飛び出す言葉達を止められなかった。
 
 「子供のことも、前公爵閣下が五人も妻を持っていたことも、なんでもっと早く結婚した時にでも言ってくれなかったの?!」
 
 彼が口を開けてまた閉じる。
 
 本当は分かっている。彼が言わなかったのは全部、私を傷つけないため。
 でも、それは私の代わりに、彼が嫌なことを引き受けていることになるんじゃないの?
 
 そう気がついてしまった私の口は止まらない。
 
 「私達は夫婦なんでしょ?楽しい時も辛い時も一緒に協力して生きて行くって結婚式で誓ったわよね?なのに、貴方ばっかり辛い思いをして苦労して、私は屋敷でのほほんと守られていて、おかしいわよ。今回だって私のことなんだから、全部話して欲しいし、出来ることはやらせて欲しいの。」
 
 一気に言って、肩で息をする。
 
 ここ最近、溜まってたことを全部、言っちゃった・・・!
 
 さあ、どう出る?怒るかしら、愛想を尽かされるかしら?それとも・・・泣くかしら。
 
 私はぎゅっと目を閉じて彼の反応を待った。
 
 
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