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第四章 公爵夫妻、欺く。
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※エミーリア視点
夜なのに明るく照らされた空間にひしめき合う男女。
眩い程に輝く宝石類で飾り立てた女性達が、より良い相手を探して競い合っている。
さて、ここで問題です。
一番女性達に囲まれている男性は誰でしょう?
答え、私の夫です。
もう一度、言います。
あの一段と華美な人垣の中心にいるのは、リーンです。
ご令嬢方、その人、既婚者ですから!
・・・まあ、それはよくご存知ですよね!
「いやー、令嬢達がリーンに押し寄せている光景を久々に見たな!エミーリア、顔が引きつっているぞ。」
王太子である義兄に、楽しそうに指摘された私は扇をぱらりと開いて口元を隠す。
視線はリーンの方へ向けたまま、隣の義兄と会話を続ける。
「そんなにバレバレでしたか?」
「いや、ぱっと見はわからないと思うぞ。ただ、笑顔がやや固くなっていた。そんなに気にするな、リーンは全く楽しんでないから。」
最後の一言に驚いて、思わず横を向いて義兄の顔をまじまじと見つめてしまった。
「そうなのですか?!だって、リーンってば、あの事件の首謀者探しのためとはいえ、若いご令嬢方に囲まれてすごく嬉しそうで・・・。」
「ははっ嫉妬したか。それを聞いたらリーンが喜ぶな。あいつのあの笑顔は社交用だ。君と結婚するまで、いつもあの顔で令嬢達の相手をしていた。そうか、君は見たことなかったのか。」
楽しそうに笑う義兄に、私は首を傾げた。
「あの笑顔で楽しんでないのですか?私にはそう見えませんが。」
ちょっと拗ねて聞き返したら、義兄は意地悪そうに深緑の目を煌めかせた。
「それは君の目が嫉妬で曇ってるからだ。よく見ろ、笑顔は作り物だし、さっきから周囲の令嬢より君の方を気にしている。君と俺が仲良く話しているので苛立っているぞ。」
後が怖いが、たまにはあいつに嫉妬されるのも面白いな、と含み笑いをしている義兄の横で私は目を細めた。
そう言われれば、そのように見えなくもないけれど。
その時、曲が変わった。
リーンが近くにいた一人の令嬢に引きずられるようにダンスに連れて行かれている。
彼が振り解かなかったものだから、第二夫人か次の妻候補と勘違いしたのだろう。周りから小さく悲鳴が上がった。
リーンてば、『今日は別行動するけどちょっと話して来るだけで、ダンスはしないから』って言ってたのに。
彼の腕に絡みついている彼女は、得意そうに周りを見渡し、私へ挑戦的な視線を送ってきた。
私は妻としての意地で、ゆったりと余裕の笑みを彼女に返す。
動揺を見せなかった私に、彼女は一瞬だけ悔しそうな顔をして、直ぐにリーンへ笑顔を向けた。
なんであれ、結婚以来、私以外と踊ることが稀な彼に断わられなかったことは自慢になるのだろう。盛大に愛想を振りまきつつ、踊りはじめた。
私はその後ろ姿をじっと見詰める。
彼女は、艶やかな濃い金の髪の可愛らしい感じの令嬢で、今年社交界入りしたばかりの十八歳。
彼女とは、初めて会った時に定形の挨拶を交わした記憶しかない。
恨まれるようなことをした覚えは全くないのだけど。
でも、彼が断らず嫌々でも踊っているということは、彼女が私を人質にしようとした首謀者か、その関係者かもしれないのよね。
・・・すごく胸が大きくて雰囲気も女らしい人ね。まさか、リーンの好みというわけではないわよね?私とは正反対に見えるんだけど。
私に飽きたとか、ないわよね?!
彼が私のことを大事にしてくれて、愛してくれているとわかっているのに、なんで、私はいつもこう不安になってしまうのかしら・・・。
額に手をあてて、罪悪感に落ち込んでいると、
「エミーリア、そう思い詰めた顔をするな。リーンが相当心配しているぞ。よし、ここにただ立っているのがよくない、俺達も踊ろう。」
義兄が声を掛けてきて、私の手を引き、リーン達が踊っている場所まで連れて行った。
確かに、踊りだせば先程までの鬱々とした気分が消えて笑顔が作れるようになった。
身体を動かすって大事かもしれない。
目の前の義兄も安心したように微笑んだ。こうしてみると、やはり兄弟、柔らかく笑うとリーンと似ている気がする。
「今夜はアルベルタが不参加だから、リーンに君の相手を頼まれて助かった。そのドレスは彼女の見立てだろう?いつもの青も綺麗だが、その色もよく似合っている。」
私は動きに合わせて翻るドレスに、ちらりと目をやった。
■■
アルベルタお義姉様が用意してくれたドレスは、暗めの銀色に落ち着いた赤を差し色にしたものだった。対になるリーンは黒に銀の差し色で、初めてそれを見た彼は唸っていた。
『さすが義姉上。これを着たエミィが早く見たい。でも、僕の色が入ってないじゃないですか・・・!』
『金色は彼女には難しいし、仕方ないでしょ。いつも青ばっかりは勿体ないわ。』
『夜会こそ僕の色を着せておきたいのに・・・まあ、今回はちょうど良いかな。』
そう呟いた彼の予想は当たって、珍しく彼の色を着ていない私を見たご令嬢方は、勝手に邪推して色めき立った。
すなわち、ドレスから彼の色が消えたように、リーンの私への愛情が消えた、第二夫人もしくは次の妻を募集中と。
そんなわけない、私達は不仲になんてなってないと主張したかった。でもそこをぐっと我慢して、計画通り最初の曲だけ踊って別れた。
その後、私は臨月で欠席の義姉の代わりに義兄の所へ行き、リーンを自由にした。
いつも二曲、三曲踊って、その後もできる限り一緒にいた私達が一曲で別行動。これはもう、決定的と勝手に思い込んだ人達がリーンの所へ押し寄せた。
私はその光景をちょっと高い位置から義兄と眺めていた。
最初、罠にかかったのはご令嬢達のはずなのに、リーンの方が狼の群れに放り込まれた羊のように見えた。
が、彼の演技は上手過ぎたのか、段々ご令嬢方の相手をしていることを本当に楽しんでいるように見えてきて、私は苛立ちと不安で一杯になってしまっていた。
■■
大丈夫、リーンは私のために、本意でない行動をしてくれているのよ。
それに、せっかく義姉が作ってくれたドレスを着ているのに、笑顔で楽しまなくては。
そう自分に言い聞かせて、くるりとドレスの裾を翻す。
ふわりと回った瞬間に、離れた場所で踊るリーンと目があった。
周りに分からないよう彼は一瞬だけ、私に向かって微笑む。
それだけで私はほっとして、彼に微笑み返した。
私の中から不安が吹き飛ぶ。
「やれやれ、俺の千の言葉より、リーンの笑み一つの方が君には効果的だな。」
「そんなことは!」
苦笑する義兄に図星をさされて、顔が熱くなる。その顔を隠したくとも、踊っている最中だし、相手は義兄でリーンじゃないので、いつものようにしがみつくわけにもいかない。
顔の熱を冷ますべく、心を無にして踊り続けた。
「エミーリア、よかったな、随分と顔の赤みが引いたぞ。」
黙々と踊っていたら、義兄が教えてくれた。誰のせいだと思ってるんですか!
ちょうど曲が終わって動きが止まる。息を調えてリーンを探したら、もう令嬢方に囲まれていた。
そしてまた、次の相手に手を引かれている。
あれ、まだ踊るの?
いつもなら彼の隣は私の場所のはずなのに、今夜は綺麗な令嬢達がそこにいる。
「エミーリア、そう寂しがるな。ほら、俺はもういいから、いつものようにハーフェルト公爵夫人として社交をしてこい。」
リーン達をぼうっと眺めていたら、義兄にぽんと背中を押され、私は背筋を伸ばした。そうだ、私にも仕事がある。リーンに気を取られてばかりではいけない。
社交用の笑顔で武装し直して、義兄と挨拶をして別れる。
「いいか、君の価値はリーンに溺愛されているというだけではない。公爵夫人として立派にやっている。だから、もっと自信を持って堂々としていろ。」
最後に真っ直ぐ目を見て、義兄に言われた台詞。
フェリクスお義兄様、励まして下さろうというそのお気持ちは大変嬉しいのですが、恥ずかしいので溺愛って言わないで下さい!
夜なのに明るく照らされた空間にひしめき合う男女。
眩い程に輝く宝石類で飾り立てた女性達が、より良い相手を探して競い合っている。
さて、ここで問題です。
一番女性達に囲まれている男性は誰でしょう?
答え、私の夫です。
もう一度、言います。
あの一段と華美な人垣の中心にいるのは、リーンです。
ご令嬢方、その人、既婚者ですから!
・・・まあ、それはよくご存知ですよね!
「いやー、令嬢達がリーンに押し寄せている光景を久々に見たな!エミーリア、顔が引きつっているぞ。」
王太子である義兄に、楽しそうに指摘された私は扇をぱらりと開いて口元を隠す。
視線はリーンの方へ向けたまま、隣の義兄と会話を続ける。
「そんなにバレバレでしたか?」
「いや、ぱっと見はわからないと思うぞ。ただ、笑顔がやや固くなっていた。そんなに気にするな、リーンは全く楽しんでないから。」
最後の一言に驚いて、思わず横を向いて義兄の顔をまじまじと見つめてしまった。
「そうなのですか?!だって、リーンってば、あの事件の首謀者探しのためとはいえ、若いご令嬢方に囲まれてすごく嬉しそうで・・・。」
「ははっ嫉妬したか。それを聞いたらリーンが喜ぶな。あいつのあの笑顔は社交用だ。君と結婚するまで、いつもあの顔で令嬢達の相手をしていた。そうか、君は見たことなかったのか。」
楽しそうに笑う義兄に、私は首を傾げた。
「あの笑顔で楽しんでないのですか?私にはそう見えませんが。」
ちょっと拗ねて聞き返したら、義兄は意地悪そうに深緑の目を煌めかせた。
「それは君の目が嫉妬で曇ってるからだ。よく見ろ、笑顔は作り物だし、さっきから周囲の令嬢より君の方を気にしている。君と俺が仲良く話しているので苛立っているぞ。」
後が怖いが、たまにはあいつに嫉妬されるのも面白いな、と含み笑いをしている義兄の横で私は目を細めた。
そう言われれば、そのように見えなくもないけれど。
その時、曲が変わった。
リーンが近くにいた一人の令嬢に引きずられるようにダンスに連れて行かれている。
彼が振り解かなかったものだから、第二夫人か次の妻候補と勘違いしたのだろう。周りから小さく悲鳴が上がった。
リーンてば、『今日は別行動するけどちょっと話して来るだけで、ダンスはしないから』って言ってたのに。
彼の腕に絡みついている彼女は、得意そうに周りを見渡し、私へ挑戦的な視線を送ってきた。
私は妻としての意地で、ゆったりと余裕の笑みを彼女に返す。
動揺を見せなかった私に、彼女は一瞬だけ悔しそうな顔をして、直ぐにリーンへ笑顔を向けた。
なんであれ、結婚以来、私以外と踊ることが稀な彼に断わられなかったことは自慢になるのだろう。盛大に愛想を振りまきつつ、踊りはじめた。
私はその後ろ姿をじっと見詰める。
彼女は、艶やかな濃い金の髪の可愛らしい感じの令嬢で、今年社交界入りしたばかりの十八歳。
彼女とは、初めて会った時に定形の挨拶を交わした記憶しかない。
恨まれるようなことをした覚えは全くないのだけど。
でも、彼が断らず嫌々でも踊っているということは、彼女が私を人質にしようとした首謀者か、その関係者かもしれないのよね。
・・・すごく胸が大きくて雰囲気も女らしい人ね。まさか、リーンの好みというわけではないわよね?私とは正反対に見えるんだけど。
私に飽きたとか、ないわよね?!
彼が私のことを大事にしてくれて、愛してくれているとわかっているのに、なんで、私はいつもこう不安になってしまうのかしら・・・。
額に手をあてて、罪悪感に落ち込んでいると、
「エミーリア、そう思い詰めた顔をするな。リーンが相当心配しているぞ。よし、ここにただ立っているのがよくない、俺達も踊ろう。」
義兄が声を掛けてきて、私の手を引き、リーン達が踊っている場所まで連れて行った。
確かに、踊りだせば先程までの鬱々とした気分が消えて笑顔が作れるようになった。
身体を動かすって大事かもしれない。
目の前の義兄も安心したように微笑んだ。こうしてみると、やはり兄弟、柔らかく笑うとリーンと似ている気がする。
「今夜はアルベルタが不参加だから、リーンに君の相手を頼まれて助かった。そのドレスは彼女の見立てだろう?いつもの青も綺麗だが、その色もよく似合っている。」
私は動きに合わせて翻るドレスに、ちらりと目をやった。
■■
アルベルタお義姉様が用意してくれたドレスは、暗めの銀色に落ち着いた赤を差し色にしたものだった。対になるリーンは黒に銀の差し色で、初めてそれを見た彼は唸っていた。
『さすが義姉上。これを着たエミィが早く見たい。でも、僕の色が入ってないじゃないですか・・・!』
『金色は彼女には難しいし、仕方ないでしょ。いつも青ばっかりは勿体ないわ。』
『夜会こそ僕の色を着せておきたいのに・・・まあ、今回はちょうど良いかな。』
そう呟いた彼の予想は当たって、珍しく彼の色を着ていない私を見たご令嬢方は、勝手に邪推して色めき立った。
すなわち、ドレスから彼の色が消えたように、リーンの私への愛情が消えた、第二夫人もしくは次の妻を募集中と。
そんなわけない、私達は不仲になんてなってないと主張したかった。でもそこをぐっと我慢して、計画通り最初の曲だけ踊って別れた。
その後、私は臨月で欠席の義姉の代わりに義兄の所へ行き、リーンを自由にした。
いつも二曲、三曲踊って、その後もできる限り一緒にいた私達が一曲で別行動。これはもう、決定的と勝手に思い込んだ人達がリーンの所へ押し寄せた。
私はその光景をちょっと高い位置から義兄と眺めていた。
最初、罠にかかったのはご令嬢達のはずなのに、リーンの方が狼の群れに放り込まれた羊のように見えた。
が、彼の演技は上手過ぎたのか、段々ご令嬢方の相手をしていることを本当に楽しんでいるように見えてきて、私は苛立ちと不安で一杯になってしまっていた。
■■
大丈夫、リーンは私のために、本意でない行動をしてくれているのよ。
それに、せっかく義姉が作ってくれたドレスを着ているのに、笑顔で楽しまなくては。
そう自分に言い聞かせて、くるりとドレスの裾を翻す。
ふわりと回った瞬間に、離れた場所で踊るリーンと目があった。
周りに分からないよう彼は一瞬だけ、私に向かって微笑む。
それだけで私はほっとして、彼に微笑み返した。
私の中から不安が吹き飛ぶ。
「やれやれ、俺の千の言葉より、リーンの笑み一つの方が君には効果的だな。」
「そんなことは!」
苦笑する義兄に図星をさされて、顔が熱くなる。その顔を隠したくとも、踊っている最中だし、相手は義兄でリーンじゃないので、いつものようにしがみつくわけにもいかない。
顔の熱を冷ますべく、心を無にして踊り続けた。
「エミーリア、よかったな、随分と顔の赤みが引いたぞ。」
黙々と踊っていたら、義兄が教えてくれた。誰のせいだと思ってるんですか!
ちょうど曲が終わって動きが止まる。息を調えてリーンを探したら、もう令嬢方に囲まれていた。
そしてまた、次の相手に手を引かれている。
あれ、まだ踊るの?
いつもなら彼の隣は私の場所のはずなのに、今夜は綺麗な令嬢達がそこにいる。
「エミーリア、そう寂しがるな。ほら、俺はもういいから、いつものようにハーフェルト公爵夫人として社交をしてこい。」
リーン達をぼうっと眺めていたら、義兄にぽんと背中を押され、私は背筋を伸ばした。そうだ、私にも仕事がある。リーンに気を取られてばかりではいけない。
社交用の笑顔で武装し直して、義兄と挨拶をして別れる。
「いいか、君の価値はリーンに溺愛されているというだけではない。公爵夫人として立派にやっている。だから、もっと自信を持って堂々としていろ。」
最後に真っ直ぐ目を見て、義兄に言われた台詞。
フェリクスお義兄様、励まして下さろうというそのお気持ちは大変嬉しいのですが、恥ずかしいので溺愛って言わないで下さい!
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