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第四章 公爵夫妻、欺く。

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※エミーリア視点
 
 
 マルゴット嬢にいきなり宣戦布告されて驚いたものの、私は直ぐに落ち着いてカップを元に戻し微笑んだ。
 
 私が思ったように怯えないからか、彼女はテーブルを手のひらでばん、と叩いて大声をだした。
 
 「そんなことできるわけがないって思ってるんでしょ?!」
 「ええ、はい。どうやってなさるのかなと思ってます。」
 
 どう考えても非力そうな彼女には、自分より大きい人間二人を消すのは無理じゃないかしら。
 
 「貴方の!そのぽやぽやーっとした幸せそうな顔を見てると、イライラするのよ!」
 「それはどうも失礼しました。」
 「それ!その態度も!」
 「えええ・・・。」
 
 実は幸せそうといわれたことが嬉しい。
 他の人に私が幸せそうに見えてるなら、きっとリーンにも私が今幸せだ、ってことが伝わっているということだから。
 
 でも、それで彼女に不快感を与えているなら謝ろうと思っただけなのに、怒られた。
 ありがとうの方がよかった?
 
 結局、何を言っても彼女は怒るのだと結論づけた時、いつの間にか真後ろに来ていたリーゼルに手でそっと口を塞がれた。
 もう喋るなということらしい。
 
 私は分かったと頷いて、リーゼルの手を口元から外し、一瞬だけぎゅっと握った。
 リーゼルもそっと握り返してくれる。
 
 マルゴット嬢はそんな私達をじろりと見たが、自分の話を始めた。
 
 「あのね、私は生まれた時から、とても可愛かったの。だから、両親は王族に嫁がせようと考えたわけ。王太子殿下は年の差があるから、公爵になっちゃうけども、第二王子殿下ならちょうど釣り合いがとれると思ったのに。」
 
 そこで言葉を止めて、私へ指を突きつけた。
 
 「私がニ歳という、この美しさを使えないどうしようもないときに、貴方がリーンハルト様を奪ったから!」
 
 私はそれを知ってて彼と婚約したわけじゃない。
 ただの逆恨みじゃないの・・・。
 
 「それで仕方なく王太子殿下に狙いを絞ったのに、他国の人と婚約されて。でも何回か婚約破棄したから、その度にお見合いに行ったわ。私が一番可愛かったのに、何故か選ばれなかった。両親は選ばれなかった私に落胆して、もっと美しく可愛くなれと言い続けたの。そして世界中の美容法を試したわ。」
 
 確かに彼女は髪もつやつや、お肌もしっとりすべすべ。私もそれなりに美に気を使ってはいるのだけど、レベルが違う感じがする。
 
 私は自分の手をテーブルの陰で開いて眺めた。
 
 後ろのリーゼルがなにか言いたそうな気配を発したので、怒られては大変と慌ててマルゴット嬢に集中した。
 
 「そのうちに王太子殿下は結婚なさってしまったけれど、第二王子殿下も貴方が相手ではいつか婚約破棄するだろう、と皆が噂してたし、実際しかけてたわよね?」
 
 ええ、まあ、そうね。
 今度は顔には出さず、心の中だけで肯定する。
 
 私が無表情のまま反応しなかったので、彼女の表情が凄みを増した。
 
 話し方も表情もむかつくって言われたから、その二つをなくしたのに、それでも駄目ってどういうこと?!
 
 「それなのに!卒業と同時にさくっと結婚しちゃうなんて、どういうこと?!」
 
 さくっと・・・さくっと?!
 いや、本当は結婚するまで色々あったのだけど。
 
 「貴方が婚約破棄すると気をもたせるものだから、父は私に婚約者を作らなかったのよ?!おかげで令嬢仲間は次々に結婚するのに、私はこの年で婚約者も無し!終いには『高望みし過ぎるから』と陰で笑われる始末。」
 
 そこで心底悔しそうに顔を歪ませた彼女は、ドレスをぎゅっと両手で握りしめた。
 
 「もう、あの子達を見返すには、後妻でいいから貴族最高位のハーフェルト公爵夫人になるしかないのよ!分かるでしょ?第二夫人じゃだめなのよ。貴方はその醜い侍女を雇ったせいで、リーンハルト様に嫌われたんでしょ?諦めてその地位を私に譲って頂戴。」
 
 そんな自分勝手過ぎる話を終えて、肩で息をするマルゴット嬢へ、私は同情の眼差しを向けた。
 彼女も親の野望に振り回されてしまったのね。
 でも、これだけは聞いておかないと私の気が済まない。私は彼女をじっと見据えた。
 
 「マルゴット様は、リーンハルト様が好きだというわけではなくて、ハーフェルト公爵夫人になれれば結婚する相手はどなたでもよろしいのよね?」
 
 きつい口調で尋ねたら、マルゴット嬢の目が揺れた。考えたことがないのかしら?
 
 追撃しようと息を吸ったら、後ろのリーゼルが私の肩に手を乗せて止めようとした。
 それを手で払って席を立ち、マルゴット嬢の前まで歩いて行く。
 
 突然、私が目の前に仁王立ちしたので、座っていた彼女も立ち上がって負けじと睨んでくる。
 
 私だって一方的に言われたままで、引きさがれないわよ。
 
 「言っときますけど、侍女の雇用は私一人で決められるものではないのよ。だから、侍女の件で私が愛想尽かされているだの、嫌われて捨てられるだのというのはただの噂で、真実ではないの。」
 「まさか、嘘・・・。」
 
 青ざめて口元を手で覆うマルゴット嬢。そうよね、私が嫌われていないなら、公爵家から追い出すことは困難だもの。
 
 反対に私は噂を聞いて以来、ずっと言いたかったことをぶちまけてすっきりしていた。

 「噂って嘘も多いから気をつけたほうが良いわよ。私がいなくなったら、夫は必死で探すわ。仮に私が公爵家を自分から出て行ったとしても、彼もついてくるわよ。反対も同じね。」
 「反対・・・?」
 
 理解できないというように首を傾げる彼女に私も同じように首を傾げてみせた。
 
 「分からない?もし、リーンハルト様が公爵を辞めて出て行ったら、私もついていくってこと。私は彼がハーフェルト公爵家を継いだから公爵夫人になっただけだもの。彼がいないなら私は公爵夫人なんてやりたくないの。」
 
 彼女はぶんぶんと勢いよく首を振った。まるで耳に入った私の話を、振り落としているようだった。
 
 「そんなのお伽話よ、夢物語だわ。貴族の結婚に愛だの恋だの、身分を捨ててもついていくなんてないのよ!」
 
 「そうは言っても、私達にとってはそれが現実なのよね。だから、貴方が私を説得して公爵家から出て行かせようと、私を消そうと無駄なの。ハーフェルト公爵夫人になりたければ、まず、リーンハルト様を公爵位から引きずり下ろして、貴方と結婚してくれる人を代わりに当主にしないと。」
 
 「そんなことできるわけないじゃない!リーンハルト様だって、この間の城の夜会で私と一番に踊って下さったのだから満更じゃないはずよ。」
 
 思い出したように得意気に私を見上げてきた彼女に、冷ややかな視線を送る。
 
 「あら、何を言っているの?一番最初に踊ったのは私でしょう?貴方は私の次。しかも、貴方が強引に彼を引きずって行くところを、私は壇上から見てたのよ。」
 
 マルゴット嬢がぐっと詰まる。
 
 「第一、私と貴方では全然違うじゃないの。人の好みって可愛い、綺麗だけじゃないのよ?私がいなくなっても、貴方がリーンハルト様に選ばれる可能性って低くないかしら?」
 「じゃあ、私は、どうすればいいの・・・?」
 
 ついに両手で顔を覆って泣き出したマルゴット嬢を眺めながら、珍しく一気に話した私も肩で息をしていた。
 
 室内に彼女の泣き声だけが響く。
 
 リーゼルの差し出してくれた水を飲んで息を整えながら、ふと思う。
 
 あの誘拐未遂事件はこれが動機で彼女が首謀者なのかしら?
 
 親の言いなりに生きてきた伯爵令嬢が一人で行ったにしては、大掛かり過ぎる気がするのだけど。
 
 
 その時、部屋の中に風が吹いた。
 
 そして、庭に面したガラスの扉が開いて一人の青年が入ってきた。
 
 
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