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第四章 公爵夫妻、欺く。

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※リーンハルト視点
 
 
 「あー、疲れた!屋敷に帰ってエミーリアの横に潜り込みたい。」
 「こんな真夜中に戻ったら迷惑ですよ。今夜は城の執務室に泊まりです。」
 
 マルゴット嬢の牢を出て、伸びをしたらヘンリックに冷ややかに返された。
 
 「まあそうだよね。今夜はエミーリアと一緒に寝れないのか・・・寂しい。」
 「夕食後直ぐに、ここに来ていたら今頃ベッドで奥様と一緒に寝ておられたと思いますよ!」
 
 僕のぼやきに逆ギレ気味に声を上げた彼は眠そうだ。もう、とっくに日付変わってるもんね。
 ごめんね、エミーリアが可愛すぎて止められなかったんだ。
 でもマルゴット嬢とだけは、今夜中に話しておきたかったんだよね。
 
 
 無言のヘンリックを連れて城内の執務室へ行ってベッドに潜り込む。彼もあっという間にソファに倒れ込んで寝ていた。
 
 たまにここに泊まるけど、いつでも一人寝は寂しい・・・。
 僕は冷たい布団の中で身体を丸めて眠った。
 
 
 数時間後、ヘンリックに叩き起こされた。
 重いまぶたをこじ開けつつ、もう時間?と尋ねると同じように眠たそうな顔で首を横に振られた。
 
 「リーンハルト様、オーデル伯爵が至急でお目通りを願ってきております。」
 「あー、やっぱり来たか。まあ、予想より遅いくらいだよね。」
 
 もそもそと起き上がって服を着る。いつでも泊まれるように、ここには全て揃っているから不便はない。
 
 ヘンリックも同じで、さっさと身支度を整えて手伝ってくれる。
 
 エミーリアにもう一度ボタンを留めてもらいたいな。しばらくは警戒されるから難しいだろうけど、来月ぐらいにもう一度、試してみよう。
 
 ■■
 
 
 窓を開け放った執務室の応接テーブルに熱いお茶を置いてオーデル伯爵と向かいあう。
 
 早朝の冷たい空気が残っていた眠気を吹っ飛ばしてくれる。
 
 「オーデル伯爵、お茶が冷めないうちにどうぞ。・・・毒なんて入ってないですよ。」
 
 外用の笑顔で勧めながら、自分も飲む。
 
 朝一番のお茶を、こんなおじさんと飲まねばならないほど悪いことしたかな、僕。
 
 「お茶など、飲んでいる場合ではありません!娘を、マルゴットを返してください!何かの間違いです、私の天使が悪いことなどするはずがないではないですか!」
 
 ずずっとお茶を啜る。ヘンリックからお行儀が悪い!という視線を感じるが、見逃してほしい。僕は今から、この人の相手をしなきゃならないんだ。
 
 もう、何なの。親子揃って思い込みが激し過ぎる。
 
 
 それから約一時間後、涙ながらにオーデル伯爵が話す娘自慢に飽きた僕は、どんっと彼の前に事件に関する資料を積み上げ、告げた。
 
 「オーデル伯爵。これは今回の事件についての資料です。私もまだ全部目を通してないのですが、マルゴット嬢のことが気になるなら先に読んで貰って、それからもう一度お話しましょう。」
 
 資料を前に伯爵の目の色が変わり、恐る恐るそこから一枚取り出した彼は熱心に読み始めた。
 僕はその横でようやく朝食をとり、仕事を始めた。
 
 
 次々訪ねて来る人が、ぎょっとした顔で書類に埋もれるオーデル伯爵と僕を見比べて、何も突っ込まずに去って行く。
 
 
 昼過ぎに兄の王太子がやって来て、扉を開けるなり大声で、
 「ディルクが人身売買ルートを吐いたぞ、今度こそ一網打尽にしてやる。」
 と嬉しそうに宣言した。
 
 それを聞いたオーデル伯爵は突然立ち上がり、部屋を飛び出そうとしたが、あっさり王太子に捕まった。
 
 「オーデル伯爵、久しぶりだな。貴殿にも聞きたいことがある。ちょっと一緒に来てもらおうか。」
 「私は、王太子補佐殿に娘を返していただきたいだけで、殿下とお話するようなことは何も・・・!」
 「そちらにはなくても、俺は聞きたいことがたくさんあるんだ。補佐、足止めご苦労だった。」
 
 王太子の台詞に伯爵が目を見開く。僕はにこっと笑って首を傾げて見せた。
 
 「私の集めた資料に、自分に繋がるものがないか気になってしまったのが運のつきでしたね、オーデル伯爵?なかったでしょ、除けておいたから。」
 
 机の上の束を指して言えば、伯爵の顔が憤怒に塗り変わった。
 
 「最初から私のことを知ってて騙したんだな!」
 「騙したとは、人聞きの悪いことを仰る。のこのこやってきたのはそちらじゃないですか。しかし、娘の犯罪を見逃すだけでなく、それを利用してエミーリアを横取りし、私を操ろうなどとよくもまあ悪どいことを考えましたね?」
 
 「何の話だ、私は知らん!」
 
 耳まで真っ赤になって視線をそらすその姿に気色悪さを覚える。
 これがエミーリアなら可愛いの一言なんだけど、五十も過ぎたおじさんでは視覚の暴力にしかならない。
 
 「昨夜、マルゴット嬢と話しましたけど、彼女は貴族最高位の僕の妻という地位に執着してました。権力が大好きという点は親子で似てますね。」
 「私は権力になど興味はない!」
 「表向きはそう見せてますけど、実はすっごくお好きですよね、特に権力を振りかざすことが。」
 
 昨日見たオーデル伯爵の屋敷調度品や使用人の様子からそれは容易に窺えた。
 
 「ディルクは金のために他国にエミーリアを売ろうとし、マルゴット嬢はその後釜に入ってハーフェルト公爵夫人の地位を得ようとし、貴方はエミーリアを横取りして私を脅し、自分の思うままに政治を動かそうとした。」
 
 そこまで一気に言って、大きく息をつく。
 オーデル伯爵をにらみつければ、赤かった顔が青くなっていく。
 
 「もう本当に三人とも自分の欲望しか見えてなくって、ぐっちゃぐちゃで、おかげで全容がなかなか見えなくて、辿り着くのに時間が掛かりましたよ!」
 
 心の底から苦労を訴えれば、それまでのやり取りを黙って聞いていた兄が笑った。
 
 「リーンハルト、ご苦労だった。おかげで長年追いかけていた人身売買ルートも判明したし、大手柄だな。」
 「僕はエミーリアの為にやっただけだよ。」
 「理由は何でもいいさ。じゃあ、これ、売買ルートの書類。摘発は任せたぞ。」
 「もう、外に行くのはいつも私なんだから・・・。」
 「当たり前だ、それがお前の役目だろ。エミーリアのために頑張れよ。」
 
 貼り付けた笑顔で受け取りながらぼそりと呟いたら、朗らかに返された。
 兄上、ご機嫌過ぎ。
 
 
 ここまでバレている上に、偉丈夫の王太子に抵抗しても無駄と悟った伯爵は、大人しく引きずられて行った。それを見送って、僕はヘンリックに書類を渡す。
 
 「まあ、この際、徹底的にやろうか。逃げられる前に手配しないと。僕達も今日中に出発しよう。」
 
 頷いて書類に目を落としたヘンリックが青ざめた。
 これから僕達が行かねばならない場所が多岐に渡っていることに気がついたようだ。
 
 「リーンハルト様、これって当分屋敷に帰れないんじゃ・・・。」
 「そうだね。頑張れば十日くらいで片はつくんじゃない?」
 「そんな無茶な。・・・こうなるとご存知でしたね?!」
 「いや・・・なるかもなあ、と思ってたくらいで。」
 「知ってたら、私だって家族に別れくらい!」
 
 嘆くヘンリックにぽんと手紙を渡す。
 
 「うん、僕もエミーリアにしばらく留守にするかもしれないとしか言ってないから、それを今から屋敷に届けてきて。留守の間の注意事項とか色々書いてあるから。ついでに家族に会ってきたらいいよ。」
 
 手の中の分厚い手紙と僕を見比べ、ヘンリックが驚いた顔をした。
 
 「リーンハルト様はどうされるのですか?」
 「僕は王太子殿下と打ち合わせとか、出発までにやっておかねばならないことがあるから。さあ、ヘンリック、急いで行ってきて。夜になる前には出発するよ。」
 
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